(李 正宣:ソウル在住ジャーナリスト

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 総選挙を控えて北朝鮮との関係改善に全力を注いでいる文在寅ムン・ジェイン)政権が、北朝鮮に対する個別観光を全面許可しようとして米国側と対立している。

 北朝鮮観光事業を進めようとする文大統領の発言に対し、ハリス駐韓米国大使は「米国と協議すべき」と主張。するとハリス大使に向かって文政府と与党からの糾弾が殺到し、文政権支持者たちの間でにわかに「反米感情」が高まっているのだ。

北朝鮮個別観光を実現させたい文政権

 事の発端は、1月14日文在寅大統領は年頭記者会見で、米朝対話の進展とは別途に南北間の協力を模索する意思を明かし、具体的には「国際制裁に該当しない」として、「対北朝鮮の個別観光の許可」を取り上げたことだった。

 実は、2008年7月11日、金剛山(クムガンサン)観光に参加した主婦のパク・ワンジャ氏が、北朝鮮軍の射撃によって死亡するという事件があった。これを契機に、韓国政府は韓国人北朝鮮観光を全面禁止しているのだ。

 現在も北朝鮮はこの事件に対する一切の謝罪を拒否しており、韓国国民の間では金剛山観光再開に対する賛否が分かれている。だが、文在寅政権は北朝鮮の個別観光を推進する考えを明確にし、韓国国民とメディアに向けては「米国側も支持を表明した」と、あたかも国際社会からも理解を得られているように主張した。

「韓国と米国の間には異論はない」(文大統領

「米国側も、我々の意志と希望事項について十分理解している」(姜京和外交部長官)

 ところが、ハリス在韓米国大使がこの発言に水を差したのだ。ハリス大使は16日に開かれた外信記者懇談会で、文在寅政権の構想に対し、「制裁の枠組み内で旅行は認められる」と述べながらも、「旅行者が(北朝鮮に)持って行くものの一部が制裁にひっかかる恐れがある」「国連や米国の独自制裁に抵触する誤解を避けるためにも、米韓間のワーキンググループを通じて(協議を)進めなければならない」と主張した。米国側と協議しない個別観光はセカンダリーボイコットの対象になり得るとの警告とも受け取れる発言だ。

 韓国人による北朝鮮観光は、北側に大きな経済効果をもたらす可能性がある。そのカネが核やミサイル開発に費やされることを懸念するのは、米国大使として当然だろう。

自制呼びかける米大使に官民挙げて大反発

 だが、このハリス大使の発言に、大統領府や与党関係者は即座に反発した。

「大使が駐在国の大統領の発言についてマスコミの前で公開的に言及したことは非常に不適切だ。南北協力は(韓国)政府が決める事案だ」(大統領府)

「対北朝鮮政策は韓国の主権に当たるという点を改めて強調する」(統一部)

「同盟国に対する礼儀を守れ」(李在禎・共に民主党ポークスマン)

「内政干渉のような発言は同盟関係にも役に立たない」(薛勳・共に民主党の最高議員)

「(ハリス)大使は朝鮮総督なのか」(宋永吉・共に民主党の重鎮議員)

「このように険しいことを言って主権を侵害する行動をとれば、ペルソナ・ノン・グラータ(PNG=Persona Non Grata)、すなわち忌避人物に分類され、排斥の対象になりうる」(丁世鉉・元統一部長官)

 反発したのは大統領府や与党だけではない。政府寄りのメディアも社説を通じてハリス批判に乗り出した。

「ハリス大使の対北朝鮮個別観光に対する牽制発言は主権侵害だ」(京郷新聞)

「傲慢極まりないハリス大使の主権侵害発言」(ハンギョレ)

「度を越す駐韓米大使発言は、韓米同盟に何の役にも立たない」(韓国日報)

「ハリス大使の反外交的な言動が韓米同盟を害する」(ソウル新聞)

「母親が日本人だから」でハリス大使を批判

 これほどハリス大使および米国批判が高まった背景として、米国をはじめとする外国メディアは「韓国には、ハリス大使の母親が日本人であることを問題視する世論がある」と分析する。実際、韓国の「進歩系」と分類される議員たちがハリス大使の日系血統を問題視しているのだ。

 金大中(キム・デジュン)政府時代、大統領秘書室長と文化部長官を歴任した朴智元(パク・ジウォン)議員は、「ハリス大使は、韓日関係においても、いつも韓国が間違ったと話している。GSOMIA(日韓軍事情報保護協定)に関連しても、ハリス大使の見解は正確に日本と一致していた」と述べて、ハリス大使が日本側の肩を持っていると主張した。その上で、「彼の任命当時から、母親が日本人であることについていろんな話があった」と述べ、政治家の間で彼の血統に対する批判が少なからず存在したことを示唆している。

 朴範界(パク・ボムゲ)共に民主党議員は、自分のFacebookに「文大統領の個別観光提案に北朝鮮が応じる可能性が高い」という泰永鎬(テ・ヨンホ)元英国駐在北朝鮮公使の展望が掲載された記事を載せ、「それで自ら日系と称するハリス米大使の無礼が炸裂したのか?」というコメントを書き込んだ。つまり、日系人のハリス大使は南北関係の改善を好まない、という意味なのだろう。

 鄭在浩(チョン・ジェホ)共に民主党議員も、Facebookで「ハリス大使は1956年、日本で生まれた。母親が日本人だ。すなわち日系米国人だ」と強調している。

 いずれも、「ハリス大使は日本人とのハーフだから、日本政府の意を呈して文在寅政権を妨害しようとしているのだ」といったレベルの、根拠なき主張だ。

 だが問題なのは、国民の中にある反日感情を、ハリス大使や米国に対する批判に結びつけようとする点だろう。実際、政界のこのような雰囲気が、文在寅政権支持者たちの米国とハリス大使に対する反発心を強く刺激している。

大使館周辺で糾弾集会

 GSOMIAと在韓米軍の費用交渉をめぐって米韓の摩擦が激しくなった2019年10月には、青年団体会員の17人が「在韓米軍撤収」を主張し、ハリス大使の私邸に侵入する事件が起きている。12月には、「ハリス大使は、『文在寅大統領は従北左派に囲まれている』と発言した」というニュースが報じられた後、在韓米国大使館近くで、進歩団体による大使を糾弾する「ハリス斬首大会」が開催された。

 ハリス大使の今回の発言以来、文政権を支持する進歩系団体は連日のように反米集会を開催している。「朝鮮日報」によると、これらの団体は「21世紀の朝鮮総督、ハリー・ハリスを糾弾する」という声明文を出し、「(ハリスは)追放されたくなかったら、口をつぐんで過ごすのがいいだろう」などと叫びながら、ソウルの在韓米国大使館付近で毎日、朝と夕に反米集会を開催しているという。

 2015年3月、当時のマーク・リッパート元駐韓米国大使は、ソウル市内で白昼、左派団体の代表者が振り回した刃物で刺されるというテロに遭った。リパート大使に向かって刃物を振り回した人物は、「南北首脳会談を妨害する韓米軍事演習に反対する」と主張した。

 ハリス大使や米国に対する韓国民の反米感情をこれ以上刺激しないためにも、まずは、文在寅政権の関係者が感情を抑制する大人の対応を見せる必要があろう。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  ハリス大使への人種差別行為、米国が韓国糾弾

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