
近年のがん治療は、人間に元から備わった免疫力を強化する免疫療法の比重が増しています。
ですが、がん細胞は発生した臓器ごとに表面構造が異なっており、従来の免疫療法では全てのがん細胞を認識することができませんでした。
しかしイギリスのカーディフ大学の研究者たちによって、新たに広範囲のがん細胞を同時に認識できる「万能型」免疫細胞が発見され、免疫治療法の革新が起きようとしています。
研究の内容は1月20日に、学術雑誌「Nature Immunology」に掲載されました。
https://www.nature.com/articles/s41590-019-0578-8
既存の免疫療法の限界+幸運な発見=汎用的免疫療法

現在の免疫療法の主流は、1980年代半ばに開発されたCAR-T療法と呼ばれる方法です。
この方法では、免疫細胞を一度外に取り出して、がん細胞の表面構造を認識するように遺伝子を改変を行い、体内に戻します。
体内にもどった人工細胞は、がん細胞を認識して死滅させます。
人間に元々備わっていた免疫細胞の能力を活性化する免疫療法は、これまでの抗がん剤のような細胞毒性とは無縁な、副作用の少ない治療法でした。
しかし、既存のCAR-T療法は限られた臓器のがんにのみ有効であり、対象外の臓器に転移したがんに対しては無力でした。
そして全ての臓器のがん細胞を認識する免疫療法は、まだ夢の話でした。
今回の論文を発表したカーディフ大学の研究者たちも、元々は、細菌と戦う免疫細胞を探していたのです。
ですが、様々な免疫細胞とかかわっているうちに、ふとした偶然で、幅広いがん細胞を認識する免疫細胞を発見しました。
カーディフ大学医学部の研究の主執筆者であるアンドリュー・シーウェル教授は、
「このような広範ながん特異性を有する免疫能力を見つけることは非常に珍しい」
と述べています。
新しい免疫細胞は、がん細胞の共通構造を攻撃する

がん細胞は発症した臓器ごとに異なる表面構造をとります。
これまでのCAR-T療法は、この一つ一つ異なる表面構造に合わせて人工の免疫細胞を作り、患者の体に注いでいました。
しかし、新たに研究者により発見された免疫細胞は、幅広いがん細胞に共通する構造を攻撃対象にすることができました。
この基本構造は、正常な細胞では物質輸送にかかわるMR1と呼ばれるタンパク質ですが、がん化した細胞ではこのMR1が特定の変形を起こします。
この変形が、どういうわけか、どのがん細胞でも同じ形をした共通構造になっており、隠れた格好の標的になっていたのです。
この共通構造を認識する人工の免疫細胞を体外で大量に生産できれば、あらゆるがん細胞を同時攻撃することができます。
ただ無数の変異と表面構造の多様性を武器にしていたがん細胞が、なぜこんなわかりやすい弱点を残していたのか、その謎はまだ解けていません。
ただの偶然なのか、がん細胞が持つナリスマシ能力が裏目に出たのか、研究者は様々な推測を行っています。
変わるがん治療

研究では、体内で人間のがん細胞(メラノーマ)を増殖させられたマウスを用いて、この新しい治療法が実際に機能するか確かめられました。
結果は成功で、がん細胞は丸出しの弱点であるMR1を人工細胞にロックオンされ、破壊されました。
実用化にあたっては、人工の免疫細胞が正常な細胞を傷つけないかテストする必要がありますが、研究者は、テストが成功すれば、この新しい治療法が数年後に患者に使用されると期待をにじませています。
患者の体に入れられるものが、基本的には患者由来の細胞しかないというこの治療法は、免疫療法の完成形ともいえるものです。
多くの人々を救うために、少しでも早く治療が始まってほしいものです。

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