PanAsiaNews:大塚智彦)

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 中国湖北省武漢を中心にして中国各地、そして日米韓など世界各地への飛び火が現実問題となっている新型コロナウイルスによる肺炎の懸念は、東南アジア諸国連合ASEAN)各国にも飛び火している。タイではすでに4人の感染者が確認され、フィリピンでは、セブ島を訪れていた中国人の男児が「感染の可能性濃厚」とされ、現在はオーストラリアの研究機関からの最終的な検体検査の結果を待っている状態。シンガポールでも、1月23日、同国初の感染者が確認、報告された。

 まだ感染者の公式報告がないインドネシアカンボジアラオスミャンマーなど他のASEAN各国も感染拡大を水際で食い止めようと必死の対応策、検査態勢をとっている。ただ、発熱を伴わない感染や潜伏期間が約2週間あることなどから、どこまで効果的な対応策が取れるのか、各国の医療、保健、入管当局は頭を悩ませている。

インドネシアは感染濃厚者情報を否定

 インドネシアでは、一部マスコミによって「感染の可能性が高い患者発生」という報道がなされていたが、インドネシア保健省は1月24日、これを否定するという一幕があった。同省は併せて、ネット上などに流れる感染症に関する信頼できない情報や偽ニュースに惑わされないように国民に改めて呼びかけた。

 同時に、感染対策には政府を挙げて取り組む姿勢を示しており、ジャカルタ市内の大手総合病院やウイルス検査機関もスタンバイの状態を整えている。

 たとえば水際対策だ。

 毎年の春節には多くの中国人観光客が訪れる国際的観光地バリ島のングラライ国際空港や首都ジャカルタの玄関口スカルノ・ハッタ国際空港、シンガポールに隣接して中国系インドネシア人やシンガポールの中華系市民が頻繁に往復するバタム島のハン・ナディム国際空港、国際フェリー港などで、サーモグラフィーや簡易体温測定器による到着客の体温検査の実施を強化しているという。

 検査・医療体制では、たとえばジャカルタの大手日系クリニックでは、23日にインドネシア人医師、看護師スタッフなどと「新型コロナウイルス対策」を協議し、少しでも疑いのある患者を診察した場合には近くにあるインドネシアの総合病院に搬送し、そこで詳細なウイルス検査を受けるという手順を再確認したという。

 年末年始の休暇で日本に一時帰国してインフルエンザに感染したとみられるジャカルタ在住日本人もいるが、「粘膜検査でインフルエンザかどうかは確認できるが、発熱などの症状がありながらインフルエンザでない可能性もあり、中国渡航歴があるようなケースインドネシアの病院での精密検査を勧める」としている。

際立つシンガポールの即応、徹底的対応

 シンガポールでは、23日午後に隔離して検査していた中国人男性(66)が新型コロナウイルス感染者と断定、同国初の感染者となった。

 保健省によると、さらに中国人女性(53)が感染の可能性が極めて高いとして対処しているほか、1歳から78歳までの28人が「感染の疑いが捨てきれない」として隔離して検査していることを明らかにするなど、国民への詳細な情報提供を適宜行っている。

 国営CNAテレビ局も毎正時のニュースでは、新型コロナウイルス関連の内外のニュースを時間をかけて丁寧に報道しており、国を挙げて取り組む姿勢を象徴している。

 国民に対してさまざまな呼びかけもなされている。

 軍の兵士に対しては、体温が37.5度以上ある場合は症状や理由を問わず医師の検査を受けるよう指示が出されているほか、幼稚園保育園の幼児に対しては、1日に数回の定期的な体温検査を実施して症状をチェックしたり、海外への渡航を計画している保護者には事前に渡航予定表を提出してもらったりなどして国民の健康管理に努めているという。

 もちろん水際への目配りも忘れない。シンガポールの格安航空便(LCC)のスクート航空は、23日から武漢便の全便運航停止を決めたし、チャンギ空港では22日から、中国から来る全ての旅客便の乗員乗客に対して、サーモグラフィーなどによる体温検査を実施するよう徹底的な措置を取り始めている。

 これらの対策も間に合わず、今月20日に武漢から観光で訪れていた60代の中国人男性が、新型肺炎を発症した。

 世界経済フォーラム(ダボス会議)出席のためスイスを訪問中のリー・シェンロン首相は、シンガポールCNAテレビインタビューに応じて「(シンガポールでの最初の感染者確認について)国民はパニックに陥ることなく冷静に対処してほしい、政府はできる限りのことを全力で実施している」と述べて国民に冷静な対応を呼びかけている。

SARSの教訓を生かした対応策

 現在まで1人の発症者を出したものの、シンガポールが国を挙げての即応態勢を取れているのは2002年~03年に世界的に感染が拡大した「重症急性呼吸器症候群SARS)」への対応から得た教訓に基づくものといえる。

 シンガポールではSARS感染者100人超、死者3人を出した。特別法を制定して感染患者と接触した全ての人を強制的に隔離したり、特定病院を感染者隔離用に指定したりして感染拡大に全力を挙げた結果の数字だった。

 このため今回の新型コロナウイルスに関しては中国・武漢での感染情報が流れると同時に各関係機関が一斉に動き出し、万全の態勢を取っている。

「発熱症状もないまま中国からシンガポールに入国した人の発症はある程度止むを得ないが、国内や病院内での感染拡大は断固防ぎ国民を感染から守り抜く」というシンガポール政府の方針を実施することに官民を挙げて取り組んでいる。

拭えない医療、検査水準への不安

 フィリピンの状況はどうか。

 フィリピン保健省は、1月12日に武漢からセブ島を訪れた中国人母子の男子(5)が入国前から発熱やのどの痛み、咳という症状を訴えていたことから病院で検査したところ新型コロナウイルスへの感染が濃厚との結果がでたことを、23日までに明らかにしている。

 その上でフィリピンの検査機関「熱帯医学研究所」では最終的な判定ができないことからオーストラリアの研究機関に男子の検体データを送ってその結果を待っているとしている。

 こうしたフィリピン政府のある意味で「正直な情報提供」は国民への説明責任を果たそうとする政府の姿勢を反映し、感染拡大を懸念するフィリピン社会には好意的に受け止められている。

 さらに報道によれば、フィリピンは、24日に武漢からカリボ国際空港に到着した中国人観光客464を送還することを決めたという。国内へのウイルスの侵入を食い止めようという断固たる意志の表れだ。

「感染者0」も、実は感染を特定する技術や設備がない可能性も

 まだ感染者の報告がない国も安穏としてはいられない。カンボジアは、多くの中国人労働者がインフラ整備や土木工事に従事しているし、そうした中国人労働者をあてこんだホテルカジノレストランを経営する中国人も多い。そうした中国人が春節で大移動する。ウイルスが国内に持ち込まれる可能性を否定できない。ラオスミャンマーにしても、中国企業の進出が著しく在住中国人も多くなっている。

 幸いにして現時点では、これらの国では「感染者や感染の可能性のある患者」に関する情報はない。

 だがインドネシアの医療関係者はこう指摘する。

「実際に感染に関する情報がないのか、感染者を特定することが医療技術や検査設備の面から難しいからなのかが判然としない。さらに感染に関する情報を公表することに積極的ではないのか、そうした各国の個別の事情も考慮しなくてはならないだろう」

 世界保健機構(WHO)は23日の緊急会議で新型コロナウイルスの感染が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」には至っていないとして「緊急事態宣言」を見送った。

 ASEAN加盟国の中にはWHOによる「緊急宣言」が出されていないことで、現状を深刻にとらえていない可能性もある。シンガポールが突出的に感染症対策に全力をあげているのとは対照的に、ASEAN加盟各国の間では対応に温度差が広がっているのが現状だ。

 25日からの春節で、国境を越えた中国人の大移動が始まる。コロナウイルス感染への対策は、待ったなしの状況となっている。

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