シンガーソングライターは数々いるけれど、これほど知性と創造性を兼ね備え、世界を横断し、時を超えて世に名曲を送り出してきた人は他にいないだろう。
サイモン&ガーファンクルとしてデビューして半世紀以上。その尽きることのない才能は、音楽そのものへの真っ直ぐな情熱に支えられている。
十代の志をいまも持ち続ける山口洋ならではの感性と、尖った筆で書き下ろす連載第76回。

ソニーの担当者氏が、ポール・サイモンが2012年にハイド・パークで行なったコンサートのライヴ・アルバムを送ってくださった。2CDとDVDの3枚組。僕はこのアルバムの存在を知らなかったのだが、以来車の中でずっとヘビー・ローテーション。あらためてポール・サイモンという人の破格の才能にのけぞっている。

サイモン&ガーファンクル時代の美しい旋律とハーモニー。そこに宿るみずみずしい切なさ。ソングライティングの圧倒的な才気。静けさの中に貫かれる芯の強さ。ヴェトナム戦争、アパルトヘイト、世界の情勢にアーティスト個人として静かに呼応すること。世界中のリズムに精通し、新しい形のワールド・ミュージックに僕らを誘ってくれたこと、エトセトラ、エトセトラ。

どの時代の音楽もエヴァーグリーン。決して色褪せることはない。混迷の今を生きる僕らに、音楽を通じてサヴァイヴするためのヒントを与えてくれる。尊大にではなく、とても個人的に。

コンサートは彼の50年に渡るキャリアを網羅する形で進行していく。特筆すべきは南アフリカで録音された名盤『グレイスランド』(1986年)をオリジナルメンバーで披露するあたり。

このアルバムを聴いたときの衝撃は忘れられない。僕は23歳でデビュー前だったが、イントロのアコーディオンから始まるシャッフルリズム。すべてのミュージシャンのリズムに独特な「訛り」があって、新しく、そして土着的でいてクール。スクエアではなく、たまらなくグルーヴィー。それまでに聴いたことがない類の音楽だった。そこに決して線が太くはないポール・サイモンの声がのっかって、こう歌われる。

The Boy In The Bubble(from “Graceland”) 意訳 : 山口洋

These are the days of miracle and wonder
今や奇跡と驚愕の日々

This is the long distance call
長距離電話

The way the camera follows us in slo-mo
スローモーションで捉えられるカメラ

The way we look to us all
己を見つめる視線

The way we look to a distant constellation
遠い星座を見つめる視線

That’s dying in a corner of the sky
空の片隅で死に瀕している

These are the days of miracle and wonder
今や奇跡と驚愕の日々

And don’t cry baby, don’t cry, Don’t cry
だから泣かないで、ベイビー、泣かないで

僕はパンクロッカー上がりだから、かなりの部分で音楽も見た目から入る。そんな意味で、決してルックスがいいとは言えない(失礼)彼の音楽にノックアウトされるには、随分と遠回りをしたけれど、今を生きるソングライターの中でもっとも知性と創造性を兼ね備えた人物だと思っている。

最近ともだちから1975年の名盤『Still Crazy After All These Years (邦題 : 時の流れに)』をアナログ盤でプレゼントされ、久しぶりに聴いてみたら、以前は気づかなかったその音楽の深さに驚いた。これはリビング・ルームでヘビロテ中。

最初の音。フェンダーローズが鳴った瞬間、部屋の空気が変わる。時空が少し歪む。そして中空にその日の自分の心象が映しだされる。よくも悪くも。そんな音楽なかなかない。それをどう生かすかは自分次第。

さて、Paul Simon / The Concert in Hyde Park。全キャリアを網羅しているゆえ、彼の音楽をこれから深く知りたい人にもこころからお勧めできる。

あなたの感性にひっかかった時代の曲から、深遠な彼の世界に入っていくのはどうだろうか?

僕もまだまだやり残したことがあると、毎日車の中で彼に励まされている。

感謝を込めて、今を生きる。

ポール・サイモン / The Concert in Hyde Parkは、【es】エンタメステーションへ。
(エンタメステーション

掲載:M-ON! Press