「作戦変更」
「作戦変更、戦車を手に入れた!」
そう、彼らが手に入れたのは戦車であり、わたしはいまその戦車に乗って、Tanks-Alotという名のトレーニングセンターに広がる戦場を走り回っている。
いま操縦しているのは、まさにワイルド・スピードEURO MISSIONに登場したチーフテン戦車だ。
冒頭のセリフは、高速道路を横断するように打ち込まれた鋼鉄製のケーブルによって、行く手を阻まれたコンテナトラックからこの戦車が飛び出してきた瞬間に発せられたものだった。
衝撃的なシーンだったが、ノーサンプトシャー州ブラックリー近郊に広がる泥だらけの大地をわたしが操縦する様子はまったくドラマチックには見えない。
それよりも、膝まで埋まるようなこの泥のなか、わたしからは見えない場所にいるはずのカメラマンが心配だ。
120mm砲の真下、戦車の鼻先近くに深く設置されたシートからは、真正面とわずかな横方向だけしか確認することが出来ない。
この限られた視界のほかは、もしそこにいるとすればだが、すべてが指揮官の責任となる。だが、いまその頼りになるべき指揮官はいないのだ。
この戦車へと乗り込むのに使ったアルミニウム製ラダーは、70tもあるこのチーフテンMk.10戦車の下敷きとなって永遠に失われてしまった。
それに、チーフテンがこんなにも重いとは思いもしなかった。
カークラッシャー
標準仕様なら車重56tだが、ワイルド・スピードに出演したこの車両には、撮影スタッフの手によって14t分もの装甲が追加されており、そのコストは噂によれば24万ポンドにも達したと言う。
Mr.ビーンのミニが戦車に押しつぶされたシーンを覚えておいでだろうか?
映画ではカットされていたが、このシーンの後スタッフたちは戦車のキャタピラからミニの残骸を、まるで歯に挟まった食べカスを掃除するかのように撤去している。
もし、挟まった残骸をそのままにしておけば、キャタピラが回転するたびに、戦車のサイドスクリーンやサイドスカート、マッドガードがダメージを受けることになっただろう。
ワイルド・スピードでもそうだったように、わたしがいま操縦しているこの戦車はカークラッシャーとしてよく登場しているが、こうした理由から映画プロデューサーたちは、1台を押し潰すたびに撮影を止めるよりも、装甲によって戦車を保護したほうが安くつくと考えたのだ。
実際、この戦車はいまもクルマを押し潰し続けている。
深い泥の中でもがきながらも、40台ほどの押し潰された残骸が敷地の脇に置かれている様子を見れば、それは一目瞭然だ。
一瞬、思わずもし駐車場で操縦を誤ったらどうなるかが頭をよぎった…。
それでもチーフテン戦車の始動自体はまったく簡単だ。
興味深いエンジン
まず電力供給を担当する2.0Lディーゼル発電機に火を入れ、メインの燃料ポンプを起動するための3つのスイッチを操作してスターターボタンを押せば、19Lの排気量を持つ液冷2ストローク水平対向ディーゼルエンジンが目を覚ます。
このエンジンは気筒当りふたつの向い合うピストンを備えるという面白い構造をしている。それぞれのピストンには独立したクランクシャフトが与えられ、そのポジションに応じて排気ポートと吸気ポートの役割を果たす。
964psを発揮するこのエンジンでは、ハイオクからウォッカまで、その時入手可能なさまざまな燃料に対応している。
足元に目を向けると、アクセルとブレーキペダルは発見出来るが、クラッチとシフトレバーはどこにも見当たらない。
実際、バイク乗りであればチーフテン戦車を気に入るだろう。この戦車のシフトチェンジはバイク同様フットチェンジ式なのだ。そしてアップシフトはギアを押し下げることで行う。
だが、もしこうした操作に混乱しても大丈夫だ。ハッチの真下にあるダッシュボードのインストゥルメントパネルには、いま選択されているギアを表示する小さなメーターが設置されている。
チーフテン戦車には後進ギアがふたつあるのだから、このメーターの持つ意味は大きいだろう。
頼りは潜望鏡
ステアリング操作はドライバーの両サイドに設置されたレバーを押し引きして行う。右側のレバーを引けば、右側のキャタピラにブレーキが掛かることで右旋回を行い、左旋回はその逆だ。
だが、後進の際には行きたい方向の逆側のレバーを操作する必要があり、最初は頭を切り替えるのに苦労するだろう。
そして、レバーを引く際には思い切り力を込めて操作する必要がある。だが、どんなに強くレバーを引いても、巨大なブレーキディスクとパッドが焼き付きを起こすようなことはない。
いま乗っているこの車両のシートは一般的な形をしているが、標準仕様のチーフテン戦車の場合、ハッチが閉まった状態ではほとんど仰向けに寝ているような状態を強いられるとともに、視界は潜望鏡だけが頼りだ。
もしこの泥だらけのノーサンプトシャーの荒野が本物の戦場だったらと思うと、思わずゾッとする。
エンジンを始動させて1速ギアに入れてみたが何も起こらない。この戦車の巨体そのものが前進を阻んでいるのだ。
もう少しアクセルペダルを踏み込んでみると、この70tもの車重を誇るチーフテンMk.10戦車は、まるでここが練兵場であるかのように、ゆっくりと前進を始めた。
エンジン回転の上昇に伴い、少し足元のチェンジペダルに目を落としてから2速に入れてみた。すると、シフトメーターの表示も思い出したように2速へと切り替わる。
君子危うきに近寄らず
ブレーキを使った旋回を試してみる前に3速へとシフトアップしてみるが、戦車はこのアップシフトに正確かつ迅速に反応してみせる。
ニュートラルターンと呼ばれる、その場での旋回を試みたもののこの挑戦は失敗に終わっている。ニュートラルターンを成功させるには、チーフテンのフルパワーとほぼ完ぺきな条件が必要となるのだ。
この戦車の旋回性能はほとんどのクルマを凌駕している。敵の戦車からの砲弾を避けるには必要な能力だからだ。
だが、この能力を発揮させるには、わたしが敵を確認するとともに、アルミニウム製ラダーを失う様なマネをしないことが条件となる。
ほとんどの日々をこの荒地を歩くようなスピードで這いずり廻って、クルマを押し潰すことに費やしてきたにもかかわらず、この戦車のエンジンは完ぺきな状態を保っていた。
それでもこの戦車のオーナー、ニック・ミードの耳は常に異音がしないかチェックに余念がない。彼が特に警戒しているのがスーパーチャージャーのシール異状だ。
万一この異常が発生した場合、159Lものオイルがエンジンへと流れ込み、最終的には12個のピストンがクルーのいるキャビンへと飛び出すことになる。
決して想像したくない事態であり、君子危うきに近寄らずだ。
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