北朝鮮の首都、平壌郊外にある平安南道(ピョンアンナムド)の平城(ピョンソン)は、国内有数の卸売市場があり、全国各地から多くの商人が集まる商業都市だ。

そんな町に欠かせないのは宿泊施設。市内には平城旅館、駅前旅館、徳性(トクソン)旅館などの国営旅館がある。しかし、道党(朝鮮労働党平安南道委員会)関連の出張で来た人しか泊まれない。

また、長寿山(チャンスサン)旅館は2013年から受け入れが始まった、外国人観光客向けの施設だ。それ以外にもあるが、数が全く足りておらず、盗難も多発している。

それを補うのが「待機宿泊」と呼ばれる民泊だが、当局の取り締まりが厳しくなったと、現地のデイリーNK内部情報筋が伝えている。

当局が宿泊業を嫌うのは、国民の移動や他地域との「無駄な」繋がりを最小限に抑え、土地に縛り付けておくことが、体制の維持に繋がると考えているからだろう。また、様々な犯罪の温床となることも理由の一つだ。

待機宿泊が集中する地域の中には、風俗街となっているところもある。また、不倫の温床ともなる。

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デイリーNKのカン・ミジン記者は、2000年代中盤に平城市郊外の待機宿泊で起きた事件を紹介している。

とある民家に中年男性が現れ、その貧しい暮らし向きに同情を示した上で、自分が泊まって宿代を払うと申し出た。その家の主人は二つ返事で了解したが、あくる朝に娘が遺体となって発見された。つまり、殺されたのだ。

そのせいで、市内には恐怖心理が広がって、待機宿泊をやめる家が続出した。カン記者は当時、商売で平城を訪れたが、泊まるところがなく苦労したと当時の体験を語った。

このように犯罪に巻き込まれる可能性がある上に、もし待機宿泊が空き巣にやられて客の荷物が取られれれば、主人が弁償することになっているため、戸締まりにより一層気を使うなど、当事者は緊張を強いられてもいる。

北朝鮮では本来、他人の家に泊まるには人民班(町内会)の班長から確認書を受け取り、分駐所(交番)で宿泊登録をし、書類を班長に届ける流れで、宿泊登録が必要だ。それには国内用パスポートの旅行証が必要となるなど、かなり面倒だ。

一方で待機宿泊の場合は、主人が地元の保安署(警察署)幹部にワイロを掴ませ、取り締まりを免除してもらっていることが多く、その場合は面倒な手続きが不要だ。また、摘発されれば罰金を宿代に上乗せする場合もあるとのことだ。一部屋をまるまる使えることもあり、宿代は平城の場合1泊2万北朝鮮ウォン(約260円)が相場で、国営旅館より安い。代金を払えば食事も出してもらえる。

駅やバスターミナル、市場周辺に住む人にとっては手頃な収入源となるため、ほとんどの人が待機宿泊を営んでいる。日暮れ時になれば、待機宿泊の客引きが数多く現れる。

その由来は、1990年後半の大飢饉「苦難の行軍」を前後して電力事情が悪化、鉄道が長時間立ち往生するようになったため、駅周辺に住む人が自宅を休憩所として使わせるようになったことにある。

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このような営業形態は、2000年代初頭から全国に広がり、今では鉄道利用とは関係なく、一般の民泊となった。特に、市場経済が発展したこの10年で、待機宿泊への需要も供給もさらに増えた。

しかし、これは違法行為で、「宿泊検閲」という名での取り締まりは以前から行われていたが、最近になってその頻度が高まったとのことだ。その目的は、治安対策よりは別のところにあると情報筋は説明した。

「違法に待機宿泊を営む人々は、国に正式な登録をせずに営業しているので、公共のコスト(実質的な税金)を負担しない。人々は政府が宿泊検閲を厳しくしていることについて『国に登録させて税金を払わせると個人宿泊業を認めることになる、だからといって税金を取りはぐれるのは妬ましいのであんなことをしている』とブーブー言っている」

当局は、制裁で深刻化する財政難に対処するため、税収を増やす目的で、未登録業者を摘発し、登録を誘導している。繰り返される宿泊検閲もその一環だが、そもそも自宅での宿泊業は認めていないため、登録させるわけにも行かない。それで、単なる嫌がらせになっているということだ。

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金正恩夫妻とモランボン楽団(右から2人目が李雪主氏)