(佐藤 けんいち:著述家・経営コンサルタント、ケン・マネジメント代表)

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 昨年(2019年)12月の保守党の圧勝により、今年1月末の「EU離脱」がほぼ確実になったと思い込んでいた矢先、さらに衝撃的な「離脱」のニュースが世界を駆け巡った。

 英国王室で王位継承第6位のヘンリー王子(通称、ハリー王子)とメーガン妃の夫妻が、王室から半独立するという意向を一方的に表明したのだ。今年1月8日のことである。

 それからわずか10日後の1月18日電光石火の勢いでエリザベス女王が決断を下した。今年の春には、ヘンリー王子夫妻は一切の公務から退き、敬称(His & Her Royal Highness)は廃止、王室助成金も受け取らないことになったのだ。

 だが、ヘンリー王子とメーガン夫妻は、王族からは除籍されても、サセックス公爵夫妻の称号の使用は許されるようだ。夫妻はすでに「サセックスロイヤル」で商標登録を済ませており、この無形資産がカネを生みだすので経済的に自立することは十分に可能だと見られている。

 ヘンリー王子夫妻による一方的な「独立宣言」に対して、現在93歳の祖母エリザベス2世女王は、きわめて厳しい処断を下した。肉親として孫をかわいいと思うことと、家長として王室を守ることは別というメッセージが内外に示されたのだ。ヘンリー王子夫妻の王室からの「離脱」が決定的となった。

 女王としてはさぞかし苦渋の決断であっただろう。だがもし、この冷徹で果断な処置がなされなければ、それこそ「王室解体」の導火線となったことは容易に想像できる。中途半端な措置をとった場合、いいとこ取りで虫が良すぎるとして英国国民からの王室批判が増大し、ひいては王室不要論を噴出させかねないからだ。王室解体を絶対に防がなくてはならないという、強い意志の現れであったと評価すべきであろう。

 とはいえ、この決断が吉と出るか凶と出るか、結論を出すのは時期尚早だ。この件がどう展開していくのか、注視していく必要がある。

ヘンリー王子夫妻の「離脱」は他人事ではない

 今回のヘンリー王子とメーガン妃夫妻の行動にかんしては英国内でも賛否両論があり、それぞれもっともだと思われるが、興味深いのはともにアングロサクソンと見なされる英米で反応の違いが大きいことだろう。英国から独立して共和制として出発した米国と、一貫して立憲君主制を維持してきた英国との違いが反映したといっていい。

 そもそも米国は、英国からの「独立」(=離脱)によって成立した国家であり、独立以前から英国や欧州から「脱出」してきた移民が創った国である。トランプ政権になってから移民制限が厳しくなっているものの、基本は移民受け入れによって拡大してきた国だ。米国は王室も貴族制度も持たない共和制国家であり、米国人のマインドは、英国人とはかなり違いがある。

 英米間だけでなく、日米間でも見解の相違が見られるのは、日本国民の立場に立てば当然であろう。強固な関係とみなされがちな日米だが、ことロイヤルファミリーにかんしては温度差が大きい。皇室をもっているという点で英国と共通性がある日本は、英国王室に親近感を抱いているだけでなく、なにかと日英で比較してしまうのだ。

 そんな日本国民にとって、ヘンリー王子夫妻の「離脱」は他人事ではない。

 現行の皇室典範によって皇位継承が男子に限定されている日本では、女性皇族は結婚によって自動的に離脱することになってしまう。その点、日本の皇室とは違って、王位継承者の男子が多く、しかも女子も王位継承者である英国王室にとって、ヘンリー王子と夫妻の離脱は残念なことではあっても、日本と比べると致命的とは言い難い。

 しかも、王位継承が第6位で、国王になる可能性がほとんどない宙ぶらりん状態のヘンリー王子の立場に立てば、「独立」に至った事情に同情できないわけでもないのだ。英国王室の現状を考慮に入れれば、エリザベス女王も「離脱やむなし」との結論に達したのではないだろうか。

 今年5月にはエリザベス女王からの招待で天皇皇后両陛下が英国を公式訪問することになっている。日英双方のロイヤルファミリーの話題は、日英双方のメディアで蒸し返され盛り上がることだろう。“絶滅危惧種”ともいうべき皇室の場合は、「解体」というよりも「消滅」の危険さえ高いからだ。

 また、英国と同じく島国の日本にとって、「ブレグジット」は大陸とのスタンスの取り方として参照すべきケースでもある。日本と大陸の中国との関係は、英国と大陸のヨーロッパ諸国とは違いがあるとはいえ、英国と日本は地政学的に見ると似たようなポジションにあるからだ。

「ブレグジット第1幕」はようやく終了

 英国と同じくロイヤルファミリーをもつ日本国民にとって、「メグジット」(Mexit:メーガン妃の離脱を意味する造語)はワイドショー的な関心事項であるが、英国自身とEUにとってだけでなく世界全体にとって、「ブレグジット」(Brexit)こそが重要マターである。とくにビジネス関係者にとっては、最重要関心事項の1つであろう。

ブレグジット」は、現段階では「第1幕」が終了したに過ぎないのだが、とりあえず方向性が定まったことは評価すべきだろう。何ごとであれ、どっちつかずの中途半端な状態ほど精神衛生上悪いものはない。「第2幕」以降の波乱が予想されるが、それについては後述するとして、まずは3年半にも及んだ「ブレグジット」への道を簡単に振り返っておこう。

 英国がEUからの離脱を選択したのは、いまから約3年半前の2016年6月23日のことだ。「国民投票」で示された「民意」がその出発点にある。財政破綻状態にあったギリシアですら離脱しなかったのに、EUの主要メンバーである英国が離脱を選択したことは、世界に大きな衝撃を与えた。

 国民投票の結果を受けて保守党キャメロン首相は退陣、英国史上2人目の女性首相となった保守党のテレーザ・メイ氏が離脱に向けて指揮をとったが、成功に至ることなく退陣することになった。

 2年間で完了するとされていた離脱プロセスがスムーズに進まなかったのは、国民投票の結果が賛成52%、反対48%と僅差であっただけでなく、メイ首相が仕掛けた総選挙というギャンブルの大失敗、そして何よりもアイルランドと陸上で国境を接する英国領の北アイルランドの取り扱いがネックになっていたためだ。

 現在のところ英国もアイルランドもEUメンバーであり、EU域内である以上、ヒト・モノ・カネの移動が自由に行えるが、英国がEUから離脱すると、アイルランドと英領北アイルランドとあいだで不可能となってしまう。現在の北アイルランド問題の難しさがそこにある。

 だが、メイ首相の退陣後、満を持して首相となったボリス・ジョンソン氏の政治手腕によって、問題は一気に解決した。その解決策とは、英領北アイルランドだけEU単一市場に部分的にとどまるというものだ。この解決策はEU側も了承、これを受けて実施された総選挙保守党が大勝した結果、今月末の離脱がほぼ確実となったのである。1月22日には、EU離脱協定法案が上院も通過、23日にはエリザベス女王の裁可を得て成立した。これで英国側での法的手続きはすべて完了したことになる。

 予定では、英国とEU双方の批准を経て、今週末1月31日(金曜)の23時(UTC、日本との時差は9時間遅れ)にEUから離脱するスケジュールとなっている。ただし、移行期間として2020年末まで通商や規制などの面ではEU加盟国と同じ環境が維持されることになっている。

 ジョンソン首相としては、2020年内にEUとの自由貿易協定(FTA)を結び、日本や米国ともFTA交渉を急ぐ方針だ。このため、移行期間を予定通り2020年末で終えると宣言し、離脱関連法案にも延長禁止を明記しているが、移行期間中に通商交渉が妥結できなかった場合は「合意なき離脱」(ハードブレグジット)となりかねないと懸念されている。

 つまり「第2幕」は、現時点ですでに波乱含みのドラマになると予想されるのである。

第2幕の始まりは「解体」への一里塚か?

 一口に「離脱」といっても、「する側」と「される側」の双方を見る必要がある。これは個人であれ、国家であれ同じことだ。

 ここまで英国側からブレグジットについて見てきたが、「する側」の英国にとっては主体的な動きも、「される側」のEUからみれば、ある意味では被害者的な立場となる。EUから加盟メンバー国が抜けるのは、創設以来初めてのケースとなるだけでなく、主要メンバーである英国の離脱は、欧州の政治経済にとって大きなターニングポイントとなることは疑いないからだ。

 このコラムの連載第1回は、「英国のEU離脱の衝撃は何百年と語り継がれるだろう」(2017年6月6日)というタイトルであった。そこで指摘したように、歴史を振り返れば、「離脱」はしばしば「解体」の引き金になってきたのである。最近のケースでいえば、「イラン核合意」が、2018年の米国の「離脱」によって「解体」の危機にあることをあげることができるだろう。

 英国という経済大国が離脱することは、財政面での貢献がなくなることを意味しており、はたしてEUが今後も成り立ちうるのか疑問視されても不思議ではない。英国という有力なメンバー失って独仏連合に未来はあるのだろうか。外部から見ていても、疑問を感じないわけにいかない。

島国でも「解体」の可能性はある

「解体」の可能性があるのは離脱される側のEUだけではない。英国内部でも「解体」が進行する可能性もある。

 まず筆頭にあげるべきはスコットランドであろう。すでに「スコットランド独立運動」の再燃が始まっている。ジョンソン政権は、「投票は1世代に1度」としてスコットランド独立投票を拒否しているが、次の総選挙でどうなるかはまではわからない。日本と違って解散総選挙が容易ではなくなったとはいえ、英国の次の総選挙は5年後に実施されることになる。

「英国解体」について考える際には、歴史を振り返って英国の成り立ちについて整理しておく必要があろう。

 英国は「連合王国」(=United Kingdom略してUK)であり、ゲルマン系のイングランドを中核にして、先住民ケルト系のウェールズスコットランド、そして北アイルランドの連合体という政治形態をとっている。

 連合王国の中核をなすイングランドの人口は5300万人、スコットランド525万人、ウェールズは300万人、北アイルランドは180万人である。面積からいえばイングランドはグレートブリテン島の8分の5であるが、人口から見れば連合王国のなかでイングランドが圧倒的な存在であることは一目瞭然だ。

 とはいえ、人口比では小さいスコットランドが英国に果たしてきた貢献はきわめて大きい。たとえば、経済学者アダム・スミス、哲学者のデイヴィッドヒューム蒸気機関のジェームズ・ワットなど、産業革命時代の著名人はみなスコットランド人である。

 山地が中心で耕作地の少ないスコットランドに対して、平地が中心で放牧地の多いイングランドの人口が多いのは、ある意味では当然だろう。昨年12月の総選挙での保守党の圧勝は、労働党の牙城とされてきたイングランド北部の有権者が保守党に投票したことが大きいとされている。

 2016年の「国民投票」では、イングランドウェールズが「EU離脱」に傾いたのに対し、スコットランドと北アイルランドは「EU残留」を望んでいることが明らかになっていた。昨年12月の総選挙でも、スコットランド独立党は議席を増やしている。スコットランド独立運動は依然として支持されている。

 スコットランド王国は、3世紀前の1707年にイングランド王国と合併して国家としての独立を失ったが、スコットランド人が英国に帰属することにメリットを感じてきたからこそ現在に至っているわけだ。だが、スコットランドが独立して「連合王国」から「離脱」となれば、連合王国の「国の形」も変わることになる。「ユニオンジャック」という英国国旗の形も変わることになる。独立後のスコットランド英連邦に入るかどうかも不明だ。

 北アイルランドも連合王国から「離脱」する可能性がある。ジョンソン首相がEU離脱交渉をまとめ上げることができたのは、先に見たように英領北アイルランドの取り扱いにかんして妥協を行ったからだ。だが、この状態が長く続くと、北アイルランドの住民が地続きのアイルランドと合併した方がいいという考えにつながる可能性がある。プロテスタントが主流の北アイルランドの住民だが、たとえ合併によってカトリックアイルランドでマイノリティになるとしても、だ。

 スコットランドや北アイルランドで離脱の動きが活発化すれば、当然その影響はウェールズにも及ぶことだろう。もしウェールズが分離独立したら、英国皇太子を意味するプリンス・オブ・ウェールズという称号は使用できなくなる。

 最後に残るのはイングランドだけということも、可能性としてはゼロではない。

日本だって「解体」の可能性はゼロではない

 スコットランドウェールズも、北アイルランドも、みな「先住民」であるケルト人の土地である。同じく島国である日本に置き換えてみれば、古代には蝦夷(えみし)と呼ばれた東北や熊襲(くまそ)と呼ばれていた南九州、そして沖縄が「先住民」の縄文人の土地であることに該当するだろう。

 現在の日本人は縄文人と弥生人の混血であるが、北九州から瀬戸内海を経て関西に至る地域は、半島経由で大陸から移住した弥生人が優勢な地域である。日本もまた地域ごとの多様性に富んだ国だ。

 将軍の正式名称は征夷大将軍だが、「征夷」の対象であった東北は、幕末の戊辰戦争の際には「奥羽越列藩同盟」として独立国家となる可能性があった。江戸時代には蝦夷地であった北海道もまた、幕臣の榎本武揚五稜郭に立てこもった際、列強から独立国家として承認される可能性があった。もし明治新政府が西南戦争に敗れていたら、薩摩が独立国になった可能性もある。沖縄は言うまでもなく、「琉球処分」によって明治国家に編入されるまで琉球王国として独立国家であった。

 そう考えれば、あくまでも可能性レベルの話ではあるとはいえ、日本でも「離脱」の可能性はゼロではないのである。もしスコットランドが分離独立するような事態が発生すれば、その影響は日本にも及ぶと考えた方がいい。

 繰り返される大臣クラスの政治家の「妄言」は、無知に基づくものとしかいいようがないのである。つい75年前には、連合国によって北海道が分離されソ連領になる可能性もあったのだ(参照「あの抵抗がなければ日本は分断国家になっていた」)。

 周囲を海で囲まれた島国は一般的に同質性が高く、ネーションステート(=国民国家あるいは民族国家)の形成が容易と見なされてきたが、細かく見ていくと、地域ごとの差異は思っている以上に大きいのである。

 もちろん、多様性を維持しつつ統一が保たれるのがベストではあるが、いかに地域の自治の範囲を拡大させつつ、国家として統一を保ち続けるかという課題にかんして、「第2幕」以降のブレグジットの動向は注視していく必要がある。日本にも影響を与える可能性は、けっしてゼロではないのだ。

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左からエリザベス2世女王、メーガン妃、ヘンリー王子(2018年7月資料写真、写真:AP/アフロ)