『セイムタイム・ネクストイヤー』。一年に一度、25年間、同じ日同じ場所で逢瀬を重ねた男女、ジョージとドリス。七夕を彷彿とさせる大人のファンタジーは、心も温まる感動の物語だ。二人の会話から見えてくるのは、背後にある幸せなそれぞれ家族の姿だったりもする。確かに不倫の話であり、不謹慎なのは確かなのだが……。これまで小柳ルミ子・角野卓造、小川眞由美・橋爪功、高畑淳子加藤健一という錚々たる顔ぶれが演じてきた。これに「超」がいくつついても足りない個性派女優・野口かおるが挑む。相手役は劇団鹿殺し出身で、今では硬軟自在な作品に出演している山岸門人。そして、演出は早稲田大学演劇研究会、劇団双数姉妹で野口の先輩である明星真由美が務める。大人のファンタジーが今、生まれ変わる。稽古が行われていた野口邸に向かったーー

――この公演のチラシを発見して、うれしーと思いました。この作品がまた見られる、ありがとうございます。本当うれしいと思いました。ところが裏を見て、野口さんがやるとわかってそりゃもう驚きました。

野口 この作品を上演できること、私もとてもうれしく思っています。明星様の素晴らしいご指導のもとで、今はお花をイメージして役作りに取り組んでいます、小さいお花、可愛らしいお花。これからは気をつけて身体に優しいもの、いいもの、美味しいものを食べるようにしたいと思います。

――おー。まず、カオルノグチ現代演技について教えてください。

野口 前回『演劇部キャリー』という二人芝居が最初だったんですけど、本当はあるダンスカンパニーが好きだったので、野口・アール・カオスにしたかったんです。でも使わないでと言われ、しかもいろいろ案をいただいてこの名前になりました。日ごろから演技とはなんだろうと考えていまして、プロレスや落語なども含めて学んできたんですけど、それを深め、実践する場がカオルノグチ現代演技。私は早稲田の劇研出身ですが、いわば自身の劇研です。

野口かおる

野口かおる

――演出に明星真由美さん、共演者に山岸門人さんというチームはどんな経緯で?

野口 『アメリ』というミュージカルでお二人と共演しまして、門人様が調子が良い時期に、

山岸 僕、調子のいい人間なんです。

野口 「かおるさん、やりやしょーよ」と。まさか男性の側から「やりやしょーよ」だなんて言われるなんて、これは絶対逃がさないと思ったわけです。そのときに向かいに明星様がいらっしゃって、だったら私が演出したいなとおっしゃってくださった。今も忘れません、戸田公園の飲み屋で。えー、こんな最高なことがあるだろうかとすぐにメモしました。見ますか?  ただ演目は決まっていませんでした。そしたら門人様のマネージャー様が『セイムタイム』を紹介してくださって、これだ!これこれこれ、これがやりたかったんだと思ったところからゆっくり転がり始めたんです。夢のようです、本当に。死ぬほど贅沢な毎日です。

――明星さんは、

野口 私まだしゃべり足りないです!

一同 爆笑

明星真由美

明星真由美

――(無視して)明星さんは、双数姉妹時代に野口さんとは一緒だったんでしたっけ?

明星 いえ、被ってないんですよ。『アメリ』以前は共演はなかったんです。

野口 明星さんは劇団の死ぬほど先輩で、期もだいぶ離れているので、

明星 そこまで違わないでしょ、5年くらい?

野口 いえ、8年です。5年は堺雅人さんです。もはや伝説の女優さんでした。

明星 苦笑

野口 だから明星様の素晴らしく、懇切丁寧な演出を受けているのは夢のようです。本当に。今まで私はこんなにできなかったんだということが炙りだされているところです。

山岸 ほんと演出、すごいですよ。

野口 私の膿みが出てます。

明星 昨夜から、二人の気持ちになってみたんですよ。せりふ量もあるのに、私にこんなに言われ続けたら、そろそろ稽古に来なくなるかもって思いました。

野口 いえいえ、私は基本的にドMなんです。言われたいし、追い込まれたいし、そうやってできることが増えるのはうれしいんです。私はできなければできないほど燃えるんですけど、門人様はどんどん虚ろな目になって帰っていくんで、心配。

山岸 やりやしょう! って言ったときは調子が良かった(笑)。台本を読んだときも本当にイケると思ったんですよ。だけどだんだん精神状態が落ちてくると、できるかなって思う日もあったりして。今はそれさえ通り越して、解脱したような状態です。

野口 やっぱり二人芝居は8時間とかずっと二人で稽古しているので頭がおかしくなっていくんですよ。だから私は降板する?できる?って毎日のように確認しているんです。

山岸門人

山岸門人

山岸 それは大丈夫なんですけど、そのくらいタフな作品です。

明星 大変だろうとは思っていたんですけど、エベレストに登るような感じですよ。登っても登っても、まったく登っていないような。

野口 25年分が埋まっているわけですからね。その間のそれぞれの生活だったり書かれていないことを掘り起こしていかなければいけないんですから。

――明星さんが演出をというのも驚きの一つでした。

明星 正確には二度目なんですけどね。若いころはそれこそ目立てばいい、面白ければいいというマインドだったんですよ。ああいう芝居がしたい、どこのカンパニーに出たいという。それが氣志團のマネージャーになる前に一回燃え尽きたんです。そして舞台に戻ってきてもモチベーションがないめちゃめちゃ苦しい時期があって、でもそのうちに栗山民也さん(演出家)のおかげで作品をつくることが楽しいというマインドを教えていただいたんです。皆さんと一緒につくるために何が必要か考えるのがどんどん楽しくなっていったんですね。だから演出家に興味が湧いてきて。今回は、かおるが相手かとは思ったけれど、恐怖心はありませんでした。言葉を尽くして尽くして、それで言葉がなくなれば怒りに変わるだろうなとは想像できていたんですけど、今は伝えたいことがあるので大丈夫です。それに理解してくれている感じがあるので、まだ安心しています。ただ実際に演出してみると、作品にはちょっとビビっている毎日ですね。

明星真由美

明星真由美

野口 明星様も女優さんじゃないですか。明星様はこういうふうに考えているのかと知ると死ぬほど感動するし、最高に嫉妬してしまうんです。

明星 もちろん作品に描かれていることは忠実に再現したいとは思っているんです。とは言え、二人の個性はどうしたって出てきますから。最初はもしかしたら男女入れ替えた方がうまくいくのではと、頭をよぎりました。

野口 私はすごく強欲な人間なので、ドリスもやりたいんですけど、ジョージが最高に面白くて、せりふが言いたいんです。私がジョージのせりふを言うから聞いてくれる?と門人様にお願いすると、やめてくださいって言うんです。

明星 昔の男女の話ですから、男性が追いかけ女性が受け入れるという関係性ですけど、現代は逆だったりする。二人には草食男子に肉食女のイメージがあるから、そういう方向性も一瞬考えたんですけどね。

――門人さんはお稽古が始まっていかがです?

山岸 こんな大変な戯曲をどうして軽々しくやると言ってしまったのかなと。自分の課題を解決したくても稽古中ずっと出ているから、それも解決する時間がなくてどんどん虚ろな目になってしまうというか(と、ボソボソ)。

野口 私しゃべってもいいですか? 25年の時の流れがある中で、歳を重ねた後半のドリスの言葉の方がすごく自分に近くて理解できるんです。けれど20代の二人が出会ったころのドリスを成立させるのに苦労しているんです。でも門人様はお若いので、若いころのジョージに説得力があるんです。そして後半が難しいって。そういう違いが面白くもあります。ビール飲みながら俺はオヤジの気持ちはわかんねえよって言ったんですけどね。門人様はおいくつ?

山岸 37歳です。

山岸門人

山岸門人

野口 男の人は若いですよね。でも「オヤジの気持ちはわかんねえよ」というのには笑いました。男性と女性では考え方が違うし、女性が男性を見ているスタンスが明星様の演出ではあまりにも素敵で、泣きわめきたいくらいの感動があります。もう演出家になったらいいと思う、女優さんでもいてほしいけど。

明星 ありがとう。

――明星さん、どんな野口さんを見せたいと思っていらっしゃるんですか? 例えば観客が知らない、明星さんだけが知っている野口さんであるとか、、、

明星 舞台上で見せてないものなんかないよね(笑)。

野口 はい、舞台役者は心も体もストリッパーだと思っているので。

一同 笑い

明星 あえて言えば、女性らしさという言葉でいいのか、追うよりも追わせる側をやらなくてはいけないのですが、それは彼女が知らないところ。これまでは相手を追い込んで踏み潰してきたから。

野口 引きずり回してきたから、追いかけられるということが私の人生にはなかったんですよね。

野口かおる

野口かおる

明星 とはいえ、悪いかおるがいそうだということは私は感じてきたので、そういうものをふんだんに使ってほしいなと思いますね。

野口 悪いかおる? どうなのかしら? 人を信じては騙されてきた人生なんですよ、私。

明星 よく清水宏さんが、お前のその悪のパワーをいいことに使えって怒っているじゃない。

野口 清水さんとはすぐ喧嘩になるんですよ。お前と共演したおかげで、俺は殺されるかと思った。そのあと体調が悪くなってエディンバラに行かれなくなって、怪我もしてひどい目にあったと。その力を清水さんは、政治に絡めて●●政権のような芝居をするなって。

明星 でも私は、清水さんがどのことを言っているかはよくわかる。今回そんなことになったら、かおると戦うことになると思ったんですけど、それは今のところないんですよね。

野口 私は演出家の見たい世界を全力でつくろうとしているだけなんです。まあ、清水さんとは役者同士なんでバチバチやりましたけど、でも先日100回目くらいの仲直りをしましたから大丈夫です。なんか清水さんの話になってしまいましたね。

一同 笑い

明星 でも本番になってみたら●●政権だったというのは嫌だな。

野口 え、なりません!  私は今、この作品を難しいと思いながら、お花の感じで楽しんでやっております。

――門人さんの印象はいかがですか?

明星 まだ謎が多いんです。でもハートは弱いのか?と思わせつつも、いやいや結構強そうだと感じています。必ず言ったことはしっかり修正してきてくれるので安心しています。あとはゆっくり、確実に一個ずつ、時間の許す限り、ですかね。

――野口さんがお花だったら、門人さんはどういうイメージでやっているんですか?

野口 シーンごとにコンセプトはあるんでしょ? ブラピとか入江雅人さんとか。

山岸 不破万作さんとか。

野口 門人様は草食系ですかね? 私はそんなふうに思ったことはなく、セックスアピールがあるというか、男性の魅力が詰まっている俳優さんだと思っているんですよ。それはこの作品にとってはめちゃくちゃ重要。二人が出会った晩のベッドシーンから始まる話ですから、その説得力は大切だと思うんです。そういう意味で門人様のリビドー感が私にとっては大きなドライブになっており、信頼しているところです。私の演じるドリスにさらにドライブがかかり、ドリスを演じる上でのガソリンになってくださっているんです。

山岸 ありがとうございます。

――逆に野口さんの魅力は?

山岸 いやあ、こんなに野口かおるを見つめることがないですから、やっぱり、うーん、うーん……稽古を集中しているとジョージとしてかわいらしいというか、グッとくるところがあるんですね。

野口 門人様としてでもいいですよ。

山岸 (無視して)でもこれだけ稽古をやることが、25年を描くのに大事ですから。はい。

野口 稽古しかないです。もうジョージしかいないですから。

山岸 稽古しかない。もうドリスしかいないですから。

野口 二人しかいないですから、宇宙ですから。

山岸 宇宙になるしかないです。何を言ってるんだろう(苦笑)。

野口 うれしい。

――お話はもうこれくらいで十分です。楽しくなってしまいました。

野口 え、もういいんですか? もっとしゃべりたいこと、いっぱいあるよ! 

――大丈夫です!

野口 そうですか。でもまあ倫理とか不道徳とか、そういうものを超越したところで人間同士の深い付き合いが年に一度だけでもなし得たという奇跡を描きますので、ぜひ見にいらしてください。

山岸 明星さんの言葉ではないですけどジョージにはジョージの旅、ドリスにはドリスの旅があって、出会ってから25年を考えながら、生きながら稽古して頑張ります。

野口 今井さんが今まで二回ご覧になって素晴らしい、大好きだとおっしゃる『セイムタイム・ネクストイヤー』を上書きし、絶対にそれを超える作品にします。

明星 ふふふ

取材・文:いまいこういち

 

左から野口かおる、明星真由美、山岸門人