(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

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 第43回日本アカデミー賞授賞式が3月6日にグランドプリンスホテル新高輪で行われる予定だが、それに先立って1月15日、各部門の優秀賞が発表された。ネットニュースで一番話題にのぼったのが、魔夜峰央のマンガが原作のハチャメチャ映画『翔んで埼玉』が、なんと作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞など最多12部門で優秀賞を受賞したということだった。正気か。

 映画の内容は「秘密のケンミンSHOW」や「月曜から夜ふかし」などでよくやるような、埼玉・千葉・茨城・栃木・群馬を田舎県民扱いするおちょくりネタである。この映画は主演のGACKT二階堂ふみを安っぽい華麗さで飾り立てて、埼玉県民をいじり倒すドタバタのチンドン屋的ギャグ映画である。

 隠れ埼玉県民をあぶりだすために、県鳥のシラコバトが描かれた大判の草加せんべいを踏み絵に使ったり、ライバルの千葉県と有名人対決をするなどちょっと笑える場面はあるものの、それだけの映画である。それが最多12部門で優秀賞(部門ごとに5作品が受賞する)を受賞したというのである。「マジか!?」と、だれよりも驚愕したのは、この映画をつくった監督と出演者とスタッフたちではないのか。

優秀賞はこの5作品

 最優秀作品賞の決定はまだだ。その他の優秀作品賞には、帚木蓬生原作で笑福亭鶴瓶が主演の『閉鎖病棟-それぞれの朝-』(11部門受賞)、原泰久のマンガが原作の『キングダム』(9部門受賞)、最近の日本映画には珍しい硬質の政治・報道ドラマである『新聞記者』(6部門受賞)、そして恩田陸原作の『蜜蜂と遠雷』(6部門受賞)の4作品が選ばれている。

 これに『翔んで埼玉』を加えた5作品のなかから、3月6日の授賞式で最優秀作品賞が決まるのである。しかし12部門も獲っているのだ。最優秀作品賞に選ばれなければ、逆におかしいくらいのものである。

 わたしは最近、偶然にも『翔んで埼玉』と『新聞記者』、それと優秀作品賞から漏れた(これが解せない)菅田将暉主演の『アルキメデスの大戦』を観たばかりである。ふだんはそんなに日本映画は観ないのだが、話題作が揃っていたこともあり、つい魔が差してこの3作を観てしまった。

『閉鎖病棟』は原作の小説は読んだが、映画は観るつもりがない。わたしには偏見があって、役者としての笑福亭鶴瓶(それとリリー・フランキーも)がどうも苦手なのである。

世界に向かって「優秀作」と宣言できるのか

 それはともかく、これらの5作品は2018年12月から2019年12月までに公開された全202作品のなかから選ばれたものである。各部門の優秀作は、3959名のアカデミー会員(俳優、マネージャー、監督、脚本家、技術関係のスタッフ、東宝、東映、松竹、日活の映画会社、その他賛助法人)の投票で決定されるようだ。しかし会員たちが全202作品を観たとは思われない。わたしの感想では、『アルキメデスの大戦』が優秀作品賞の選に漏れて、『翔んで埼玉』が受賞することは絶対にありえない。

 日本アカデミー賞が創設されたのは1978年。いまから42年前で、いまや日本映画界最大の祭典とされている。第1回の最優秀作品賞は『幸福の黄色いハンカチ』である。わたしは当時、なんで「日本アカデミー賞」というアホ名称にしたのかと情けなく、日本映画大賞ぐらいでいいではないかと思った。

 第1回か第2回の授賞式で、たしか武満徹もその名称に苦言を呈していたのを覚えている。宗主国へのへつらいに思えたのだろう。しかしいまさらこんなことを蒸し返してもしょうがない。

「日本アカデミー賞」の公式サイトには「日本映画人による日本映画人のための日本映画の祭典を」とある。だから日本には日本の価値観があり、それに基づく独自の判断があって当然である。ゆえに世界に向かって、昨年日本で公開された映画のなかで、『翔んで埼玉』が5本の指に入る優秀作である、と自信をもって宣言できるなら、なにもいうことはない。わたしの個人的な判断などどうでもよい。しかしそう自信をもって説明できる「日本映画人」がいるとは到底考えられない。

本家アカデミー賞ノミネートには韓国映画も

 それに日本アカデミー賞はなんの必要があってのことか、毎回優秀外国作品賞も選んでいる。たぶん本家に倣ったのだろうが、まったく余計なことである。今年も勝手に『イエスタデイ』『グリーンブック』『ジョーカー』『運び屋』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の無難な5作品を選んでいるが、その結果をいったいだれが注目しているのか。受賞して、喜ぶものはだれかいるのか。

 アメリカのアカデミー賞も、最近は優秀作の選考過程においていろいろと問題があるようだ(ちなみに投票権のある米アカデミー会員には渡辺謙、河瀨直美、北野武是枝裕和も含まれている)。アメリカの2020年(92回)アカデミー賞の授賞式は日本アカデミー賞の1カ月前、2月10日に行われる。

 作品賞にノミネートされているのは次の9作品である。『フォードvsフェラーリ』、マーティン・スコセッシの4時間半の大作『アイリッシュマン』、『ジョジョ・ラビット』、『ジョーカー』、『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』、『マリッジ・ストーリー』、クエンティン・タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、それに全編ワンカット撮影で話題になったサム・メンデス監督の『1917 命をかけた伝令』と韓国映画の『パラサイト 半地下の家族』である。韓国映画が外国語映画賞だけでなく、作品賞にもノミネートされたことは異例である。

 わたしは映画が好きで今でもよく観るのだが、ほとんど外国映画である。これらのノミネート作品はその概要を知るだけでも、企画の質と意欲とバリエーションにおいて、日本のそれとはやはり大人と子供の差があるといわざるをえない。『アイリッシュマン』『ジョジョ・ラビット』『1917 命をかけた伝令』『パラサイト 半地下の家族』は観てみたい。ただ期待外れということはあるもので、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』はすでに観たが、タランティーノにしては珍しく不発だった。

DVDレンタルショップに年寄りはいない

 近くのシネマコンプレックスで、わたしはシニア料金の1000円で観ることができる。しかしほとんどの場合はもっぱらレンタルのDVDである。新作も入れて5枚1000円で観ることができるからだ。5枚借りて1枚でもおもしろいのがあれば儲けもの、くらいの気持ちで観ている。

 しかしツタヤをぶらついている年寄りはわたしくらいのもので、他にはほとんど見ない。それでもじいさんはたまに見かけるが、ばあさんはまず見ない。佐野洋子が書いていたが、寂しいばあさんと思われるのが嫌なのか。それとも映画を全然観ないのか。

 国際政治学者の藤原帰一氏が2012年に『これは映画だ!』という本を出している。無類の映画好きらしい。かれは出版時56歳(現64歳)。日本映画をまったく観ないということではないと思うが、この本に紹介されている226作品全部が洋画である。最近の日本映画はおじさんが観るものがないということだ。

 べつにじいさんばあさん向けに映画をつくることはないが、いかんせん現在の役者の主力が若手俳優中心になり、その若手が男はイケメン、女は可愛い娘ばかりになってしまった。晩年の黒澤明は時代劇を撮れる役者がいなくなったと嘆いたが、もはやそれどころではない。俳優とタレントの差がなくなり、マンガの原作がやたらと増え、映画の謳い文句は「泣けます」である。だからといって「大人の恋愛」など観たくもないが。

 これでは年寄りが観るのが、ほとんど外国映画ばかりになってしまうのはしかたのないことだ。

ほとんどの日本映画は若い世代向け

 若い俳優たちが、映画が完成するたびに、テレビのバラエティ番組に出まくって、映画の宣伝をするというのがいまやあたりまえになっている。三谷幸喜など監督自ら宣伝に出ずっ張りなのだが、その宣伝ははたして効果あるのか。若い俳優に「大変おもしろい映画にできていると思いますので、ぜひ劇場でご覧ください」とかいわれても、まったく動かされない。ふだんテレビ番組やCMでしょっちゅう見ている連中が、一生懸命お芝居をしました、なんていったところで、観客は映画のなかに入りこめるわけがないのだ。

 もっとも最近の日本映画の大半は、若い世代に向けてつくられている。出演者たちのファンが観にきてくれればそれでいいわけで、じいさんばあさんは最初から対象外なのである。それでも観れるものはないかと、昨年の日本アカデミー賞最優秀作品賞を獲った『万引き家族』を観たが、これがびっくりするほどおもしろくなかった(これはカンヌ国際映画祭パルム・ドールも受賞している。外国の映画賞も大したことはない)。

 いずれにせよ3月6日には、日本アカデミー賞の最優秀作品賞が決まる。全然ワクワクはしていないが、一応結果だけは知りたいのでテレビで観るつもりである。

 一方1月22日には、第74回(2019年)毎日映画コンクールの結果が発表された。日本映画大賞は『蜜蜂と遠雷』、日本映画優秀賞は『新聞記者』である。監督賞は『蜜蜂と遠雷』の石川慶、男優主演賞は『カツベン!』の成田凌、女優主演賞は『新聞記者』のシム・ウンギョン。このコンクールは全部で22部門あるのだが、どこにも『翔んで埼玉』の「と」の字もない。かすりもしていない。どうなってんの?

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  ダ埼玉などもはや死語、埼玉の時代がやって来た!

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