新型コロナウイルスの拡散は、中国と地理的に近く、様々な面で「中国依存度」が高い韓国でも衝撃を与えている。

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 政府は拡散防止と、国民の間で過度な不安が高まらないように必死の対応だ。

 韓国では多くのメディアが、新型コロナウイルスを「武漢肺炎」という名称で報じている。

 政府は、新型コロナウイルスと呼んでおり、政府系の通信社などもこの名称を使っているが、「武漢肺炎」の方が、一般的には広く使われている。

連休明けで一気に不安広まる

 韓国は、1月24日から27日まで、旧正月の連休だった。学校は長い冬休み期間中で、この間は、中国に出かけた人たちを除くと新型コロナウイルスに対しても比較的静かな反応だった。

 連休明け前日の27日、「連休中に中国を訪問した社員は、2週間、在宅勤務を認めるので申請するように」という連絡を送った韓国企業も少なくなかった。

 この頃から関心が急に高まったが、27日まではソウル市内を歩いていてもマスク姿はさほど見かけなかった。

 28日の朝の出勤時も、マスクを使用している地下鉄の乗客はそれほど多くなかった。朝7時過ぎに入ったスターバックスもいつもと変わらない様子だった。

 ところが、午後になると様子が一変した。マスク姿が急に増えた。地下鉄駅にはアルコール消毒液が置いてあった。

 夕方、知人とスターバックスに行ったら、従業員はマスク姿。ここにもアルコール消毒液がある。

 連休明けで社会活動が始まり、ニュースを見ると、どこも新型コロナウイルス関連で一色だったからだろう。

 ソウル中心部の明洞の薬局に行ってみると、大量のマスクを抱えた中国人観光客とみられる一団に会った。

 知人によると、「マスクを買おうと思ってインターネットのショッピングサイトを見たら1日で値上がりしていた」という。

マスク姿が急増

 29日の朝の出勤の様子を見ていたら、前日とは一変して6割以上がマスクを着用していた。

 韓国は、地理的にも経済社会的も中国への依存度が高い。だから、中国発の新型コロナウイルスのニュースには、日本以上に反応する。

 2019年1~11月までに韓国を訪問した外国人観光客は1605万人だったが、このうち中国人が551万人で34%を占めた。

 2019年の韓国の輸出額は5423億ドルで、このうち中国向けが1362億ドルで圧倒的な1位。輸出依存度は25%だった。

 韓国企業は連休明けに一斉に動き始めた。韓国メディアによると、LG電子は中国出張を禁止する措置をとった。

 サムスン電子などの他の大企業も「禁止」ではないが、「事実上、出張は当分見合わせることになった」(韓国紙デスク)。

 SK総合化学は武漢の駐在員10人中1人を残して帰国させることにした。ポスコは武漢駐在員全員を帰国させる。

 韓国企業は、中国内に大規模生産拠点を持っているが、今後、生産活動にも影響が出る可能性もあり、懸念が広がっている。

 連休明けの28日は、韓国でも感染者が出ていることが伝わり、軽いパニック状態だった。企業活動への影響を懸念して韓国の総合株価指数は70ポイント近く下落して2176になった。

偽ニュースが飛び交う

 特に26日に感染が確認された3人目の患者が、20日の韓国入国以後、ソウルの江南(カンナム)地域やソウル郊外をあちこち訪問していたことが報じられると、ネット上で様々な情報が飛び交った。

「チムジルパンに行った」「△△食堂にいた」・・・

 ほとんどが後に、「虚偽」であることが分かった情報があっという間に広がった。

 一方で、江南地区の整形外科病院やコンビニなど実際に立ち寄った場所も実名で報道され、恐怖感が広がってしまった。

「中国人の入国禁止要請」

 青瓦台大統領府)の「国民請願」サイトにはこんな要請があった。同意者が28日までに50万人を超える事態になった。

 韓国政府は29日現在では、輸入禁止措置は考えていないという立場だ。

 しかし、野党議員の中には「マレーシア、台湾、さらに北朝鮮も入国禁止措置をとった。対中弱腰政策だ」と批判している。

 これに同調する世論もあり、与党幹部からも「今はその段階ではない・・・」という含みを持たせた発言も出ている。

 ネットには「嫌中」感情をあおるような書き込みや虚偽のニュースが多く登場した。

「朝鮮日報」は29日付で「『武漢肺炎』反中はだめだが与党は国民の健康をまず心配すべきだ」との社説を掲げた。この社説は、かなり興味深い内容だ。

 与党院内代表が「困難な時の友人こそ本当の友人だ。こういう時こそ韓中両国の国民は憎悪を助長するような行動を自制すべきだ」という発言を紹介する。

 そのうえで、「武漢肺炎によって中国や中国人に対する無分別的な憎悪が出てくることは良くない。一部であってもネット上で『中国人の患者が無料の診療を受けるために韓国に押しかけている』というような偽ニュースも出ている。中国人も感染病の被害者だ。隣国として助けることがあるのなら助けるべきだ」と主張する。

 ここで批判の矛先は政府与党に向かう。

「しかし、政府・与党はわが国民の健康をまずは考える姿勢を示すべきだ。隣国への心配はその後だ。13~24日に武漢地域からの入国者だけで3000人だという。国内の感染者がさらに増える可能性があるという意味だ。政府は最初は、『政府を信じて不安にならなくてよい』と言ったのに、後になって武漢からの入国者をすべて調査するという」

 さらにこんな批判も展開する。

青瓦台が出てきて『武漢肺炎』ではなく『新型コロナウイルス』と表記すべきだというのはどういうことか」

「WHOは疾病の名称に特定の地名を使わないように求めているというが、すでに『日本脳炎』や『中東呼吸器症候群』などが広く使われている」

「中国でなく、米国や日本だったら青瓦台が出て来たか。この政権は『東京オリンピックは放射能オリンピック』だとボイコットまで言及した」

「与党は外交部に『日本への旅行を規制する措置を検討するように』と公式要請までしたのだ」

 嫌中感情を戒める内容と思って読んでいたら、政府与党批判の社説だったのだ。

春節後10万人が戻る?

 韓国では4月に総選挙を控えており、何でも政治問題になってしまうのだ。

 新型コロナウイルスについての反応は、29日になって多少は落ち着いてきた。29日の証券市場も上昇に転じた。それでも、昼食や夕食の席ではこの話題で持ちきりだ。

 韓国政府は、30日と31日に専用機を武漢に派遣し、700人の韓国人滞在者を帰国させる。

 金浦空港に到着した帰国者は、忠清南道の政府が保有する施設で一定期間過ごす方向で検討しているという。

 韓国メディアによると、29日に仁川空港に121便が中国から到着する。1万9000人が入国する予定だ。

 韓国当局は、一人ひとりに健康状態などを記入した書類を提出させ、体温を計測するなど水際措置をさらに強化している。

 また、航空会社は、中国路線の中断に相次いで乗り出す方針だ。この必死の措置がどこまで効果を上げるのか。

 韓国メディアによると、中国の春節の休暇を終えて韓国に戻る中国人は10万人もいるという。留学生や駐在員のほか、中国国籍の朝鮮族が多く含まれる。

 朝鮮族の中には、家政婦や飲食店従業員、介護関係の仕事についている場合も多い。

 韓国社会の一員として根深く定着している欠かせない存在だが、それだけ身近な存在でもあり、この点も、新型コロナウイルスに対する懸念を広げている一面もある。

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