(PanAsiaNews:大塚 智彦)

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 東南アジアを代表する河川であるメコン川。周辺流域の住民は約6000万人とも言われ、彼らの生活に深く関わってきた。その命の川が、このところ大幅な水位低下に見舞われ、沿岸部住民の漁業や農業、流通や交通に深刻な影響が出始めている。

 メコン川は遠くチベット高原に源流を持ち、そこから中国、ミャンマーラオス、タイ、ベトナムを通って南シナ海に注ぐ全長4350キロメートルにも及ぶ大河で、世界で12番目に長い河川である。その恩恵を受ける州域の人々からは「母なるメコン」と呼ばれてきた。

 そのメコン川の水位低下の原因として最も疑われているのが、上流域にある中国やラオスが建設したダムの存在だ。特に中国が建設した水力発電用のダムにより、メコン川の流れが大きく変化したと指摘されている。

 そうした中、中国は、1月21日に突然、「メコン川の水位低下が周辺に与える影響を考慮した結果、近くダムからの放水を増量する」と通告した。これにより、低下していた水位が今後再び上昇する可能性も出てきている。

 いずれにしてもメコン川とその周辺住民の生活は、中国側のダムの貯水と放水に大きく左右される事態とになっており、いってみれば「生殺与奪の権」を中国に握られているようなもの。言うなれば、中国による「メコンの支配」が現実になっているのだ。

近年続く水位低下がさらに深刻に

 昨年後半から今年の初頭にかけて、タイやラオスでは「メコンの危機」が度々報じられている。

ラオス国境に近いタイのメコン川ではこの100年で最も水位が低くなった」

「タイ東北部ルーイ県では記録的な水位低下となった」

「タイ東北部ノンカイ県では例年の数分の一となる水深1メートルまで水位が下がった」

 などといった具合で、その水位低下の原因については、前述のように「上流に位置する中国国内のダム、さらにラオス国内のダムの影響もある」と指摘されている。もちろん水位低下は自然環境の変化ではなく、ダムという人為的な原因によるものであるのは誰の目にも明らかだ。

 例えばメコン川の中国の南部雲南省のタイ・ミャンマーラオス国境に近い2つを含めて7つの水力発電用ダムが稼働しているうえ、建設中のものが2つ、さらに建設計画があるものが3つとなっている。

 中国側は同省の電力需要を賄うためとしているのだが、上流にこれだけのダムが出来れば、下流地域の水位を大きく低下させ、雨期乾期や大雨、干ばつなどという自然環境や条件によるものとは全く無関係に、農業、漁業、水上交通、流通、観光といった分野に深刻な影響を与えるのは火を見るより明らか。長年、自然の法則に従って生活を営んできた約6000万人の流域の人々に大きな混乱を巻き起こしている。

メコン川委員会が問題提起へ

 さらに昨年10月29日には、ラオス国内にあるサヤブリ電力発電ダムが完成、稼働を開始した。発電量1285メガワットのダムだが、その発電量の95%をタイが買っていることから、タイ政府もサヤブリダムがメコン川の水位に与える影響については強く批判できない側面もある。

 メコン川流域国で構成する国際機関「メコン川委員会(MRC)」は、2019年6月~10月のメコン川の水位が過去30年で最低水準になったことを明らかにし、「農家などからの不満が高まっていることから2月にも問題提起をしたい」として中国に対して申し入れを行う方針を明らかにしている。

 このように対中国では足並みの揃うタイ、ラオスカンボジアベトナムなのだが、これがラオスのサバブリダムに関しては、ラオスとの利害関係の違いから、足並みが揃わず、MRCにとっては頭の痛い問題となっている。

突然の中国側の放水方針に戸惑い

 このように、水位低下が深刻化する中、1月21日にタイ・バンコクの中国大使館は「深刻な水位低下に対処するため放水量を増やす」との声明を発表した。

 24日のタイ紙「ネーション」の報道によると、その声明は「タイとの2国間関係の重要性に鑑みて、現在の下流域での緊急事態に対処するため、中国としては上流での放水量を増やすことに同意する。これは干ばつ被害の克服のための協力である」との内容だという。

 声明を額面通りに受け取れば、中国国内のダムからの放水量を増やして下流の水位の上昇を促すということだが、「具体的にいつからどのように放水量増加をするのかは明確に示されていない」と伝えている。

 ダムの放水量の変更について、中国側の姿勢はいつもこのような不明瞭なことが多い。例えば2019年12月に急激に水位が低下した際も「景洪ダムでの機器テスト開始によりそれまでの放水量毎秒1200~1400立方メートルから同500~800立方メートルへと40%削減」と伝えられたものの、具体的な機器テストの内容や時期などについては明示されなかった。中国側からの通達は常に「一方的で説明不足」(タイ紙)であるのが特徴で、今回の放水発表も戸惑いを招いているだけという。

 中国のこうした姿勢は、タイなど下流域国に一定の配慮をしたつもりなのだろうが、「中国は結局自国利益、都合を最優先しているに過ぎない。メコンの水位は中国が自在にコントロールしているかのようだ」(タイ環境団体関係者)との批判を招いている。

青色の水は、もはや「母なるメコン」に非ず

 2019年12月2日ラオス中部カムアン県ターケークでタイ国境を流れるメコン川の川水が青色に変色した、と地元「ラオスタイムズ」(電子版)が伝えた。本来、メコン川は土色をしているが、それが青く変わったというのだ。同じ青色への変化という現象はタイ東北部ナコーンパノン県のメコン川でも観測された。

 科学的な原因は不明だが、水位低下による川水内の微生物や川底の沈殿物などに変化が起き、それに起因する水質の変化が原因ではないかとみられている。

 微生物や沈殿物だけでなく、水位低下は川底の水生植物や魚類などの生物の生息環境にも影響を与えており、漁民からは「魚がいなくなった、漁獲量が激減した」などの訴えが続いているという。

 タイの流域農業者などからは「特にラオスのサバブリダムによる2019年10月29日の完成後の水位への影響が深刻だ」との声が高まっている。サバブリダムは環境や経済活動への影響が深刻だとしてメコン川流域4カ国の環境団体などが建設中止を求めていたプロジェクトだった。

 米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)の「ブナール・ニュース」は、多くの周辺住民が「サバブリダム完成後にメコンは大きくそして劇的に変化してしまった」としてもはや生活を支えてきた「母なるメコン」ではなくなってしまったとの認識を示していると伝えている。

米国の警告が現実に

 2019年8月にタイ・バンコクで開催された東南アジア諸国連合ASEAN)関連会議に出席したマイク・ポンペオ米国務長官は、「中国は上流でのダム建設ラッシュを通じてメコン川の流れを支配しようとしている」と警告した。

 メコン川の水位低下、水質の変化、水生植物・生物などへの影響などといった深刻なダメージが、メコンを母なる川として生活してきた流域住民の生活にまで大きな変化を与えている。その状況はポンペオ国務長官の「中国によるメコン支配」という警告が、早くも現実のものとなったことを示している。

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昨年7月、ラオス・ターケークから見たメコン川。対岸はタイになる。この時はまだ川面は青くはなっていなかったが・・・(筆者撮影)