(李 正宣:ソウル在住ジャーナリスト)

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 中国・武漢で発生した新型肺炎が全世界に広がっているが、韓国も例外ではない。

 1月20日に初めて確認された韓国内の新型肺炎感染者は、31日現在で11人にのぼる。二次感染による感染者の他、中国以外の国では初めて三次感染者がでるなど事態は深刻化しており、中国と地理的に近い韓国国民の恐怖心も日増しに高まっている。それと同時に、文在寅ムン・ジェイン)政権が過度に中国のご機嫌を伺っているという批判も増えているのだ。

ネット上には「ノー・ジャパン」を模した「ノー・チャイナ」ポスターが出現

「中国発コロナウイルスが拡散しています。北朝鮮でさえ中国人の入国を禁止しており、春節期間だけでも一時的に(中国人の)入国禁止を要請します」

 1月23日大統領府の掲示板に掲載されたこの請願には、31日までに60万人を超える韓国国民が賛同した。大統領府側はまだ回答を出していないが、主務省庁である保健福祉部の朴淩厚(パク・ヌンフ)長官は29日、「特定の国家の国籍を基準に(入国を)禁止することは極めて大きな問題を引き起こす恐れがある」「国際法上に難しい」と説明している。

 しかし、すでに韓国社会のあちこちで、自発的(?)な「中国人立ち入り禁止」措置が行われだしている。中国人客を拒否するホテルやレストラン、中国人の乗車を拒否するタクシーなどが増えており、中国人密集地域への配達を拒否する配達労組も登場した。

 ネット上では昨年大流行した「ノー・ジャパン」ポスターを模した「ノー・チャイナ」ポスターが登場した。

 中国の五星紅旗が描かれたNOという文字の下には「ボイコット・チャイナ コロナウイルス」という掛け声とともに、「死にたくありません、受け入れたくありません」と書かれている。ノー・ジャパンのポスターの「行きません、買いません」をパロディーしたものである。

 他にもSNSでは「中国人はウイルスそのもの」「コウモリを食べる未開な人種」など、差別的な表現が溢れている。

K-POPアーティストの公演も続々中止に

 新型肺炎と中国人に対する恐怖はK-POP界にも影響を及ぼしている。

 海外コンサートに対する韓国ファンの不安が高まり、芸能プロダクションが所属アーティストたちの海外コンサートはもちろん、海外ファンの参加が予想される韓国内コンサートも相次いで取り消しているのだ。

 ハンギョレ新聞のインターネット版は、「最近、BTSの韓国ファンの間で、4月にソウルで開催されるコンサートに中国人の出入りを制限してほしいという内容の書き込みが増えている」と報じた。

 このように韓国社会で中国と中国人に対する嫌悪に近い忌避現象が拡散されていく中、文在寅政権は自制を要請するメッセージを連日のように発信している。

 例えば大統領府は、韓国メディアが新型肺炎を「武漢肺炎」と報道することに対し、対中感情の悪化につながる懸念があるとして、用語を変更するよう要請した。

「外交的波紋を考慮して武漢肺炎よりは新型コロナウイルス感染症という名称を使ってほしい」

 与党の共に民主党の李仁明(イ・インミョン)院内代表は、韓国メディアや国民に自制を求めた。

「こんな時であればあるほど韓中両国間の反感を煽る行動を自制しなければならない。中国は末永く、共に歩んでいかなければいけない大切な友だ」

 外交部は、中国にマスク200万枚と500万ドルの緊急支援を発表した。文在寅大統領はインターネットなどで広まっている新型肺炎関連のフェイクニュースを厳しく取り締まることを指示し、「国民は政府を信じて過度に不安がらないでほしい」という特別メッセージを繰り返し発表している。

 もちろん、文在寅政権のこのような態度は極めて常識的な行動と言えよう。だが一部では、文在寅政府と与党の人々が同盟国である日本に見せた行動と照らし合わせ、「あまりにも過度に中国の顔色を窺っている」と非難している。

「日本へはフェイクニュースで攻撃したのに・・・」

 韓国経済新聞は民主党ダブルスタンダードを次のように皮肉った。

民主党が同盟国である日本にはフェイクニュースを用いて攻撃し、実際に国民の安全に脅威になっている武漢肺炎には寛大な立場を見せているという批判が出ている」

「共に民主党は昨年の8月、日本の放射能問題と関連づけて『東京オリンピックボイコット』や『日本旅行規制』など強硬な主張をした」

「当時、崔宰誠(チェ・ジェソン)共に民主党の日本経済侵略対策特別委員会委員長は、ラジオのインタビューの中で、“それ(放射能)が基準値よりはるかに大きく検出されたため、(日本)全域へと旅行禁止地域を拡大すべきだ”と主張した。実際、特別委員会は外交部に“日本旅行規制措置を検討してほしい”と公式に要請した」

 中央日報も、文在寅政権の中国への“隷属”を批判している。

文在寅政権の習慣は分裂だ。それは外交にも適用される。その路線はずばり、親中・反日だ」

「このような疑いは病名問題に広がった。青瓦台大統領府)は"武漢肺炎"の名称を政府内から一掃し、公式名称"新型コロナウイルス感染症"を使用することにした。それに反発する世論も相当ある。『発源地が消された。中国を意識しているのか。日本脳炎や香港インフルエンザはそのままなのに』」

 韓国政府は4機のチャーター機を飛ばして武漢にいる韓国人を輸送すると発表したにも関わらず、実際に向かった輸送機は1機だけ。こうして半数以上の韓国人を武漢に残してしまった韓国政府の外交力に対する叱咤も目立つ。

「韓国政府は中国の立場を考慮して、大統領府が異例的に直接乗り出して、武漢肺炎を“新型のコロナウイルス”と命名し、マスクも日本の2倍の200万枚を送るなどの救援物資支援に積極的だった。30日には、朴淩厚長官が500万ドル規模の対中国人道的支援に乗り出すと発表した。それでもチャーター機の運行と関連して韓国側の要求事項が貫徹されなかったことなどから、外交力の限界が露出したと評価されている」(毎日経済新聞)

 一連の報道に対し、政権寄りのメディアは、「保守野党と保守メディアが国家的な災難事態を政治的に利用しようとしている」と非難している。

前政権時代には国家的危機を利用して政権攻撃をしたのに

 だが、朴槿恵パク・クネ大統領時代の民主党の行動を振り返って見たらどうだろうか。

 当時の民主党代表だった文在寅氏と野党だった民主党関係者らは、 中東呼吸器疾患MERSが韓国内で拡散した時、国会でピケを張るなど、連日のように政治攻勢に乗り出した。文氏は「MERSのスーパー伝染者は朴政権だ」「セウォル号惨事の次は MERS惨事か!」と朴政権を猛烈に攻撃した。朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長は真夜中に記者会見を開き、「準戦時状態」を宣布して韓国国民を不安にさせた。THAADの韓国内配置をめぐり、朴政権が国民世論の反発に遭って追い込まれた時は、民主党議員が先頭に立って、THAAD電磁波が人体に致命的だというフェイクニュースを拡散した。

 31日、韓国ギャラップが発表した文在寅大統領の支持率は41%と、曺国スキャンダルの真っ最中のときと同じような急激な下落を見せている。政権の生死がかかった総選挙を2カ月あまり先に控えたこの時期、突然の「中国発リスク」に文在寅政権の悩みは深まっている。

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