髙山若頭邸への銃撃前日には、群馬射殺事件(1月31日)で命を落とした弘道会系組員の通夜が、群馬県沼田市内の斎場で営まれた。被害者となった組員は、同県桐生市の自宅で何者かに襲われ、頭部と腹部に被弾。“抗争のキーマン”の一人である弘道会・野内正博若頭率いる野内組傘下で、群馬県内に本拠を置く二代目栗山組(栗山良成組長、弘道会直参で野内組若頭補佐を兼任)に所属していたことから、射殺事件は多くの組織関係者に衝撃を与えた。

 事件当日、野内若頭は現地に駆け付けており、この日も通夜は夕方から予定されていたにもかかわらず、早々に斎場に入っていた。午後2時すぎ、高級車が駐車場に到着すると、建物内から弘道会直参らと共に野内若頭が険しい表情で現れた。迎えた先には六代目山口組・薄葉政嘉若頭補佐(十一代目平井一家総裁=愛知)の姿があり、足早に中へと入る。一般弔問客に配慮してか、ものの数分で弔問を終えて退出した。

 約1時間後、再び野内若頭らが出入り口に立って出迎えの態勢を整えると、今度は六代目山口組若頭補佐であり弘道会トップの竹内会長が到着。やはり通夜が始まる前に引き揚げたが、栗山良成組長に対して励ましの言葉を掛ける場面もあり、弘道会としての手厚い対応が垣間見えた。

 しかし、凶行に及んだ実行犯の逮捕に至っておらず(締め切り2月3日時点)、事件には不可解な点も浮上しているのだ。

「栗山組には別の代紋の組織との間でトラブルが起きており、発生当初、それが事件の要因ともみられた。だが、その組織は否定したと聞くし、疑惑が晴れたという意味なのか、これ以上は派生しないということなのか、すでに業界内では『終わったこと』といわれている。一部では、他団体との揉め事や山口組の分裂抗争でもないとの見方をする関係者もいて、実行犯が逮捕されないことには、真相は分からないだろう」(関東の組織関係者)

 通夜には野内若頭をはじめ弘道会の執行部メンバーや野内組、栗山組の直参らが参列。その中には、一昨年に山健組から野内組に移籍した平山満・平山組組長や塩谷隆・二代目塩谷一家総長、任侠山口組(織田絆誠組長=現・絆會)から移籍した西川純史・二代目北村組組長の姿もあった。日が暮れた頃、通夜を終えた参列者は一斉に斎場をあとにしたのだった。

 しかし、先程まで関係者の高級車で埋め尽くされていた広大な駐車場に、1台だけ車両が残されていた。
「亡くなった組員は、栗山良成組長の兄である幸明・栗山組初代の舎弟分だった。一番悲しんでいるのは幸明初代のはずだ」(地元関係者)

 最期の別れを惜しみ、幸明初代は一人、斎場に留まったままだった。