アニメやマンガに登場する秘密基地を現実に作ろうとしたら、果たしてどのくらいの予算がかかるのか!? 高度経済成長期にダム、トンネル、発電所など数々のビッグプロジェクトに携わってきた企業が、そんな素朴な疑問(の見積もり)にガチで挑戦! 実在の企業をモデルに、その奮闘の日々を描いた映画『前田建設ファンタジー営業部』が現在公開中だ。

冷静かつドライな若きサラリーマン・ドイ(高杉真宙)や、広報グループの紅一点・エモト(岸井ゆきの)ら、個性的な面々が集まる前田建設工業株式会社・ファンタジー営業部。ここで彼らを束ねる情熱屋の広報グループ長・アサガワ(小木博明/おぎやはぎ)は、同社で「ファンタジー営業部」を立ち上げた人物がモデルになっている。

今回は、アサガワのモデルとなったその人=前田建設工業の岩坂照之氏にインタビューを敢行。ご本人もアサガワの役柄と同じく陽気で人当たりがよく、話の落としどころも絶妙。聴き惚れていたらアッという間に時間が経っていた。マジンガーZ格納庫を実際に作ったらいくらかかる? を本気で考える“積算エンターテインメント”、その原点には、かつて現場で実感した土木建築の面白味を伝えたいという岩坂氏の熱き思いがあった。

取材・文 / 平田真人 構成 / 柳 雄大

◆かつて少年を夢中にさせた『マジンガーZ』とその玩具こそが、「ファンタジー営業部」のルーツだった
ーー 創設メンバーの視点から、映画『前田建設ファンタジー営業部』とご自身がモデルとなったキャラクター・アサガワ(演:小木博明)をご覧になって、率直にどんなことを思われたのでしょうか?

【岩坂照之】 小木さんは、ご自身のラジオ番組で「今回の映画では演じた役のモデルを完全に真似て演技をしたので、いろいろな感想があると思うが、それはモデルの方がそういうキャラクターだから」と、おっしゃったんですよ。で、僕のことを知る人たちは「もう少し本人の方がおとなしい感じもするが、根っこはアサガワと一緒だよね」と、おおむね好評でしたから、小木さんに演じていただいて良かったなという思いを、さらに強めているところです。

実際の僕は、「こう思うんだけど、どうかな?」と協調型で場をつくっていくタイプですが、アサガワさんは「何言っているんだ、やるんだ!」と支配型で引っ張っていくタイプに描かれ、かなりデフォルメされていたりして。私見ですが、実際は双方のリーダーシップの真ん中をとると、ちょうどイイ感じになるのかなと(笑)。



ーー そもそもの話にもなりますが、「ファンタジー営業部」というものの誕生には、『マジンガーZ』をはじめとするアニメ作品に夢中になったというような幼少期の原体験が関わる部分もあるのでしょうか。

【岩坂】 それは極めて大きいと思います。『マジンガーZ』はリアルタイム1972年昭和47年)で見ていて、確か日曜の夜7時からフジテレビ系で放送されていたんですよ。6時半からは今と変わらず『サザエさん』で、その後が『マジンガーZ』で、7時半から「カルピスこども名作劇場」という流れで、当時4~5歳だった僕はテレビにかじりついて見ていました。

親からすると、『サザエさん』や『アルプスの少女ハイジ』を見ている僕が望ましいんですけど(笑)、自分としてはやっぱり『マジンガーZ』に心ときめくわけです。そういう原体験があったので、思い入れの深さも「ファンタジー営業部」には投影されていると思います。マジンガーのおもちゃも持っていましたしね。 

ーー 当時、ポピー(現・バンダイ)から発売されていた「超合金」と「ジャンボマシンダー」ですね! あれは憧れでした。

【岩坂】 まさに! 買ってもらった時は本当にうれしくて、大騒ぎしたものです。ただ、僕の家にあったおもちゃではロケットパンチが飛んだり、ギミックに凝ってはいたんですけど、足にミサイルが装備されていたのが不満だったんですよね。というのは、テレビのマジンガーZにはそんな装備がなくて、「実物と違うじゃないか」と。それと腹部に『マジンガーZ』のロゴがシールで貼ってあったり、実物との違いが幼いながらも腑に落ちなかったんですよ。

その時に抱いた違和感は、少なからず「ファンタジー営業部」における「作品のオリジナル設定に準ずる」というモットーに通じていると思います。「なんで、お腹に名前が入ってるのかなぁ」とか「足にミサイルなんかないのになぁ」っていう不満が潜在意識の中にあり、それが投影されたのかもしれないな……と、今しゃべりながら思ったりもしました(笑)。         

ーー ディテールに対するこだわりが、実は幼少期からあったというわけですね(笑)。

【岩坂】 そうかもしれません。オリジナルの設定にないことをするというのは、時にファンを裏切ることにもなりかねない。実際、自分がそれに近い体験をしたもので(笑)、知らず知らずにそういう意識が働いたのかな、と。

◆「つまり、ウチでマジンガーZをつくるのか?」「いえ、格納庫です」
ーー 実際に「ファンタジー営業部」を立ち上げて、前例のないプロジェクトを推し進めるにあたっては相当な労力を要したかと想像します。あらためて、あらましを振り返っていただけるでしょうか?

【岩坂】 僕自身に強烈なリーダーシップがなかったものですから、強烈に面白い企画を考えなければ……と思っていたのが、そもそもの始まりでした。話を聞いた人の誰もが「それは面白いね」と前のめりになるような発想でありつつ、建設業の真面目なPRというコアも突く変化球的な企画にしなければならないと、ある種の覚悟を決めてプロジェクトに臨んだところがあったんです。

で、いろいろなきっかけがあってアニメやゲーム、空想世界の中の構造物を弊社がつくることになったという仮定、という発想に行き着くわけですが、そこから先の見せ方、つまり凝り方と省き方の両立の塩梅で、本当に面白いものになるか否か決まるだろうという話になりました。その見せ方とページ体裁を考える段階が、もっとも知恵を絞ったかもしれません。

たとえば、「マジンガーZ格納庫の施工検討」のようなタイトルで、土木学会の論文風にまとめたとしても、まず読まれないだろうな、と。実際、そういうテイストでも書いてみたんですけど、周りの人に見せたところ、やはり反応が薄かったんですね。その反省も踏まえて、先生と生徒の会話調というスタイルに変えてみたんです。その方が格段に書きやすくなったんですが、2人だけの会話だとテンポが続かず広がりもないんです。ボケとツッコミのバリエーションも少ないので、4人ぐらいのクロストークにしてみよう、さらには先生と生徒じゃなくて「営業部のミーティング」にしてみようと思いつき、『前田建設ファンタジー営業部』のフォーマットが生まれた──というのが、あらましになります。

ーー 実際にウェブ連載が始まるまで、さらにいくつもの段階を経たわけですよね……?

【岩坂】 広く一般の方向けのウェブ上の読み物として面白いかどうか、というところを踏まえつつ、弊社のクライアントや、業務にご協力いただいている企業の方々、それから土木建築の先生方や、行政で携わっている方々にも楽しんでいただける内容にしなければ、というツボを押さえた上でコンテンツ化を進めていきました。

仮のホームページをつくって当時の上司たちに見せたところ、それでも「つまり何がしたいんだ?」という反応も返ってきまして。「ウチでマジンガーZをつくるのか?」「いえ、格納庫です」「それをウェブでやるというのは、どういうことだ?」といったやりとりをしつつ、中には完全に理解できないながらも、「まあ、面白そうだからやってみたらいいよ」とOKを出してくれた上司もいて、つくづく前田建設は良い会社だなぁと感じたことを覚えています(笑)。

そういったプロセスを経て、2003年の2月に「ファンタジー営業部」のホームページが開設されたわけですが、その時点では社内にアナウンスをしなかったんですよ。というのも、当時の広報グループ長が、僕らと会社上層部の間に挟まれる格好になってしまったんですね。岩坂たちが頑張っているからやらせてあげたい、でも上の人たちには「何か問題があったらどうするんだ?」と言われ(笑)。結果、社内には告知せず、ひっそりとスタートさせたという……。そんなふうに、『前田建設ファンタジー営業部』は誰にも知られることなく始まったんです。 

ーー 2003年というと、まだSNSというものがないに等しい状況でしたよね。ブログや掲示板にリンクが張られて広まっていくというのが主でしたが、どのように“拡散”されていったのでしょう?

【岩坂】 まだブログもほとんど浸透していなかったので、実際のところどういったリアクションがあるのかは読みとれなかったですね。わずかながらメールを送ってくださる方がいらっしゃいましたが、基本的にはサイトへのアクセスカウンターがあるぐらいで。その数の少なさに「これはちょっと……しくじったかな」と、正直やきもきする日々が何カ月も続きました。映画の中で、アサガワやドイ(演:高杉真宙)たちが居酒屋でアクセス数を語るシーンもありますが、あれはほぼ、本当にあった出来事なんですよ(笑)。

そんな感じで低空飛行が続いたので、最初に個人で「ファンタジー営業部」を紹介してくださった方のホームページを見つけた時には本当にうれしくて。それぐらい、当初は反応が薄かったので、部員(社内の協力者)たちには「こういうヘンテコなホームページをつくった第1号が前田建設だった、という事実が残ればいいんじゃないか」と言ったことを思い出します。

ーー レガシーを残しただけで十分だろうと。

【岩坂】 そうですね、今風に言うと(笑)。当時は企業がアニメのキャラクターをPRに起用することはほとんどなかったですし、あってもポスターに入れ込むくらいのニュアンスで、その世界観に深く入り込み考察するものは皆無でした。そういった未開拓領域を切り拓くというPR戦略もありましたけど、根底にあったのは「建設業はもっと楽しんでいただけることを発信した方がいいよね」という思いだったんです。

僕自身、会社に入ってからシールドトンネルという巨大な機械でトンネルを掘る技術の担当になり、東京湾アクアラインの現場へも行ったんですけど、技術で課題を解決していく現場の面白さを、広く知っていただく方法はないものかと考えるようになりまして。しかも、同期と飲んだりすると、彼らも似たようなことを言うんですよ。ダムを建設する時の緻密な計算と作業を、どれだけの人が知っているんだろう、と。

手前味噌ですが、その面白さを広く伝えたいという社員側の思いから『前田建設ファンタジー営業部』が生まれたところが、魅力のひとつになっている気がしていて。会社から「新しいプロモーションを考えてくれ」と言われたのがきっかけではなく、どうすれば土木建築の面白さを伝えられるかを本気で考えていく中で、アニメの構造物という宝物を見つけて、会社を説得してプロジェクトを走らせた、という“現場発信”だった点は、誇れることなのかなと思っています。

◆映画の世界の“ブルーオーシャン”を開拓する作品になるかも?
ーー そんなふうに夢と情熱を注いで立ち上げた『前田建設ファンタジー営業部』は、やがて陽の目を見てネット上で話題になるわけですが、その頃のことも振り返っていただけるでしょうか?

【岩坂】 映画でも描かれているとおりで、当時「Yahoo!」さんのコンテンツの一つだった「今日のオススメ」に選んでいただいたのが、ブレイクのきっかけでした。

細々とウェブ連載を進めていく中で、2003年の8月に初めて「72億円」という数字が積算されたわけですが……「前田建設、マジンガーZの汚水処理型地下格納庫建設にかかる費用を72億円と算出」と、非常にわかりやすいニュース的な見出しとともにピックアップしてくださって。それを目にした方々が「面白そうだ」とサイトを訪れてくださり、アクセスが集中して会社のサーバが落ちたという(笑)。

脚本の上田誠さんはそういうお話を事細かにお聞き下さるので、忠実に書いていただいて。舞台版(2013年上演)でもそうでしたけど、我々が言ったことはもちろん、計算の仕方や算出した数字をものすごく大事にしてくださったからこそ、リアルな描写の中にあれだけの笑いが生まれるという。そう考えると、上田さんご自身が理系だったというのも、すごく大きかったなと思いますね。

ーー 群像劇であり、コメディーとしても楽しめつつ、仕事に対する哲学や働くことの意義なども描かれているのが、素敵ですよね。

【岩坂】 ジャンルとしては……「お仕事コメディー」になるんでしょうけど、アニメも出てきますし、おっしゃるように群像劇でもあるので、確かにちょっと今までにない感じの映画ではありますよね。劇場へ足を運んでくださった方々、それぞれの仕事と立場に重ねて楽しんでいただける作品だと思います。

実は、ウェブ連載が単行本になった時も、うれしくて本屋に何度も見に行ったんです。そうしたら、書店によって置いてある棚のジャンルが全然違っていて。ある本屋では「アニメ/サブカルチャー」、違う本屋では「土木専門書」という具合で…(笑)。原作からしてジャンルレスなので、いい意味で風変わりな映画になったのではないかな、と。

ーー それこそ、映画の世界にブルーオーシャン(新たな市場)を開拓する作品であるようにも思います。

【岩坂】 実在する会社が舞台なのに、扱う題材は空想世界というところもそうですし、悪戦苦闘して積算するけど、「マジンガー格納庫を本当につくるわけではない」というのもユニークですよね。確かに、『前田建設ファンタジー営業部』という映画そのものがブルーオーシャンなのかもしれません(笑)。

(c)前田建設/Team F (c)ダイナミック企画・東映アニメーション

マジンガーZの地下格納庫建設にかかる費用」を本気で考えた男。『前田建設ファンタジー営業部』小木博明が演じた熱血上司は実在する!は、WHAT's IN? tokyoへ。
(WHAT's IN? tokyo)

掲載:M-ON! Press