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テレビ東京の公式LINEで「流出」が起きたのは、2020年1月23日のことだった。

「制作 小野」を名乗るスタッフから、「みなさんお疲れ様です!1月24日(金)、25日(土)のロケスケジュールになります」という文面と共に、『ザキヤマ旅特番!(仮)』という番組のロケ予定表が一斉送信されたのだ。

予定表には出演者、集合時間、何時にどこに行き、滞在は何分、と細かく記載されている。同様の内容はテレ東公式Twitterにも投稿され、計1350万人のフォロワーにロケの予定がバレてしまった。ネットでは中の人の誤爆だと大騒ぎに。これではロケに人が集まってしまう……!

みなさんお疲れ様です!
1月24日(金)、25日(土)のロケスケジュールになります。
※ロケスケ(添付のデータ)
詳細のちほどお送りいたします。
よろしくお願い致します!

制作 小野 pic.twitter.com/NmAdOA5YKj

テレビ東京 宣伝部 (@TVTOKYO_PR) January 23, 2020


しかし、この「流出」の目的が、まさに「人に集まってもらうこと」だった。番組の正式タイトルは『ザキヤマが◯時◯分、そこ行きます!ロケスケ流出ふれあい旅』(2月5日放送:テレビ東京系列)。あえてロケスケジュール(ロケスケ)を流出し、人を集め、ぶっつけ本番で旅番組を作る企画である。その「ガチ」っぷりが面白かった。

あいのり』みたいに人が待っている
「流出ふれあい旅」の舞台となったのは、栃木県福島県を結ぶ野岩鉄道。始発駅から終着駅まで電車に乗り、各駅で降りて住民とふれあうというもの。どの駅で何時に降りるのか、そのロケスケはネットだけでなく、野岩鉄道各駅の掲示板、沿線住民の回覧板、新聞折り込みチラシ5000枚に至るまで、きめ細かに流出されている。

旅人はザキヤマことアンタッチャブル山崎と、土屋アンナ寺脇康文(2日目は陣内孝則に交代)の3人。ロケスケは流出しているものの、各駅では滞在時間のみが決められているのみで、どこに行くかは全く決まっていない。そもそも誰も待っていないかもしれない。ドキドキしながら最初の駅、新藤原駅で降りると……駅前で20人ほどが待っている!

集まった人たちの中には、手書きのボードを掲げている人がいる。段ボールを掲げている人もいて、まるで『あいのり』の新メンバー登場時みたいになっているのだが、書いてあるのは名前ではない。

実は地元住民に流出したロケスケには、ネット流出のロケスケにはない記述がある。「最寄り駅での収録にご参加頂ける皆さまへ」というお願いがあり、段ボールなどの大きな紙に「自慢したいモノを太い字で大きく書いてお持ちよりください」と書いてあるのだ。

集まった人たちは、「足が速いです」という小学生、「パパがイケメンです」という奥さん、「家でお茶がしたい」というお年寄り、名所を案内したい人、自分の店で料理を食べてほしい人、うちの旅館に泊まってほしい女将たち(ロケスケ上では宿が決まってない!)、それぞれアピールはさまざま。手書きボードはそのまま地元住民たちのキャラクターを表していた。

ただただ人を集めただけでは、「その他大勢」として扱うことになる。「ロケスケ流出」は地域に住んでいる人、ひとりひとりにスポットを当たるよう考えられていた。番組プロデュサーは『家、ついて行ってイイですか?』の高橋弘樹で、番組スタッフも半分くらい同じ。一般の人をきちんとひとりの人として尊重する。その思いは通底している。

若者のピアノに「無」になる大人たち
さて、そんなわけで駅前では『ウチのガヤがすみません!』のガヤ芸人みたいに、地元の方がボードでアピールしている。ロケ地候補が向こうからやってくる仕組みなので、ここから気になったところを選べばロケは成立するのだが、事は簡単ではない。滞在時間の制限が厳しいのだ。

ロケスケが流出している以上、他の駅で待っている人がおり、予定を守らないわけにいかない(一応「守れなかったら即終了」というルールがある)。各駅の滞在時間は1時間ほどで、全ての人を巡るのは難しい。面白そうな人をピックアップし、移動距離を考え、臨機応変に予定を組む必要がある。ユルそうに見えて、実はかなりの瞬発力が求められる。

そこで輝いたのがザキヤマの対応力だった。とにかく誰とでも打ち解け合って話すのだ。「安産祈願をしてください」のような、その場で済むアピールにはすぐ対応し(元気な赤ちゃんが〜くる〜!)、1日に3度も温泉を勧められながら毎回新鮮に喜び、電車が遅延すれば駅前でスポットを探しあてる。

2日目に訪れた中三依温泉駅でのこと。

無人駅ということもあり、駅前に集まったのはこの旅で最も少ない8人。その中に1人だけ高校生がいた。離れた地域から電車で45分かけて来たという彼(杉山くん)のアピールは「独学でピアノを弾けるようになりました」。せっかくなんで弾いてもらおう、じゃぁこの近くでピアノがある家を探せばいいのね、とザキヤマは動き出す。

だがこの辺りは150人が暮らす小さな集落。集まったおじさんたちは「あるわけねぇ」と反応するが、とあるお母さんから「塩生さんのところにあるかも」と情報を得る。「塩生さんの家にみんなで行きましょう」と、おじさんおばさんたちを引き連れ、塩生さんにはアポを取らずズンズン進むザキヤマ。

運良く在宅していた塩生さんに事情を説明し、「お邪魔していいですか〜?」と全員であがりこむ。ピアノの存在を確認し、何も言われてないのに「すいませんお言葉に甘えて〜」と勝手にコタツにIN。塩生さんからおしるこを振る舞われ、駅前で会ったお母さんは家から豚汁を持ってきて、一同はすっかりご機嫌に。

さて、いよいよ杉山くんのピアノ披露である。コタツでほっこりしている大人たち。若者のピアノを温かく迎える準備は出来ている。鍵盤の前で構える杉山くんに、「お願いします!」とザキヤマ。そこで杉山くんが奏でたのは、ラフマニノフの「鐘」だった。

前奏曲嬰ハ短調の重苦しい響きが、民家のリビングにこだまする。「(あれ?)」と顔を見合わせる大人たち。悲しげな響きを紡ぎ出す杉山くんの指。どんどん真顔になっていくおじさんおばさんたち。カメラがとらえた「無」の顔のザキヤマ……。

演奏が終わったあとは「いやぁよかった!」と拍手で迎えたものの、あの日常に開いたエアポケットのような空間は狙って作り出せるようなものじゃなかった。ロケスケを流出させ、それぞれアピールしたいものを持ち寄り、その場でジャムセッションのように組み合わせたからこそ生まれた時間だった。

またうっかりロケスケが流出されますように。

『◯時◯分、そこ行きます!ロケスケ流出ふれあい旅』(見逃し配信:TVer
(井上マサキ タイトルデザイン/まつもとりえこ)
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