(酒井 吉廣:中部大学経営情報学部教授)

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 2月2日海上自衛隊護衛艦たかなみ」が横須賀基地から出港した。これは、昨年(2019年12月に閣議決定した防衛省設置法に基づく「調査・研究」のために、オマーン湾(ホルムズ海峡のすぐそばまで)、アラビア海北部、バブ・エル・マンデブ海峡の3海域で活動することを目的としている。自衛隊が、1年間に何百回も往来する日本船籍の船の航行安全のために活動することは、日本国にはとても大切なことだ。

 ただ、筆者はこの判断の背景にある2つの事実を正しく認識しなければならないと考えている。

 1つは、自衛隊と言えば安倍首相憲法改正の主たる対象であり、今回の中東派遣はこの文脈の中でどう位置付けられるべきか。もう1つは、現実的に護衛艦たかなみ」の調査・研究活動はどれほどの危険に直面するのか。この2つである。

 もとより筆者は憲法の専門家ではなく、護憲・改憲の議論は現実に即して決めるべきと考える立場だ。また、筆者は米国生活が長く、今も国際的に活動をしているとはいえ一人の日本愛国者である。この立場から、「たかなみ」の安全を祈りつつ、今回だけにとどまらないであろうということを鑑みて、この2点を考えてみたい。

 なお、この現実論の先には、現在のイランがどのような状況にあるのか、またイスラム教が平和な宗教かどうかという最近の議論に触れる必要も出てくるが、それは次の機会に譲りたい。

3海域は戦争保険で考えればハイリスクゾーン

 日本は、湾岸戦争時の1991年、掃海母艦「はやせ」を旗艦とする掃海艇4隻と補給艦の掃海部隊を、機雷除去の目的でペルシャ湾に派遣した。遠洋航海練習艦を除けば、これが第2次大戦後、自衛隊所属艦艇によるインド洋の初横断だった。

 自衛隊の掃海力は質量ともにその高さには世界でも定評があるが、あの当時、遠洋への航海を想定して作られていたわけではない、わずか600トン程度の小型鑑が中東まで行くには様々な困難があったはずだ。その後、2009年からはソマリアの海賊対処のために自衛隊護衛艦が派遣されるようになった。今回の護衛艦たかなみ」も、実はこの海域への派遣は初めてではない。その意味で、30年前の掃海部隊の並々ならぬ苦労が「海上自衛隊力」強化の積み重ねに繋がり、現在に至っていることは確かだ。

 30年前の掃海部隊の指揮官、落合畯・1等海佐は、第2次大戦末期の沖縄戦で、海軍陸戦部隊を指揮した大田実中将のご子息だと聞く。筆者には、米国の優秀な学生は一定数が軍に行くという印象がある。彼らの父や祖父も軍人だったという話もよく耳にする。2018年に他界したジョン・マケイン元上院議員も海軍一家の生まれで、彼の息子も海軍にいる。そのような事が、日本でも続いていたのだ。

たかなみ」が活動を予定する3海域を海商法的な視点から見れば、ホルムズ海峡やペルシャ湾ほどコアな戦闘地域とは成り難いため、戦争保険の保険料(理論値)はホルムズ海峡やペルシャ湾ほど高くはならない。

 だが、2019年6月13日に日本の海運会社のタンカーがオマーン沖で攻撃されたことを考えると、今回の3海域も保険料が高額になる危険な場所、すなわち実質的な紛争海域なのも事実である(世界の常識からすれば、自国の商船が攻撃を受けた国の海軍が、紛争海域に隣接する場所に軍艦を派遣したことになる(紛争海域では戦争保険は適用されないのが通常だが、これをあえて使ってリスクがいかに高いかを表そうと考えた)。

たかなみ」は、速射砲、艦対空ミサイル、艦対艦ミサイル、魚雷などの武器を装備する、世界の海軍の物差しで見れば巡洋艦である。だが、河野防衛相は出発直前の国会で、現憲法下、現地での活動前の行動として想定されるのは、正当防衛としての攻撃よりも威嚇射撃だと答弁した。

 理論上、3海域における戦争保険の保険料が戦闘地域に次いで高くなるのは、日本のタンカーがオマーン湾で現実にドローンで攻撃を受けたというだけでなく、仮想敵イランなのか、イエメンなのか、またはこれらに協力する別の組織なのかが不確実で対象を絞れない点、サイバー攻撃の可能性を否定できない点などによる。

「たかなみ」が安全に任務を終えれば・・・

 ここで、3海域での「たかなみ」が日本国憲法上どう位置付けられるか見てみよう。

 日本国憲法第9条一項は、条文上、侵略か自衛か、単独か集団かの区別なく、国際紛争を解決する手段としての国権の発動たる戦争、武力による威嚇やその行使を禁止している。二項では、一項の目的達成のため、戦力を保持せず、交戦権も認めないとしている。これは、国連が、国連憲章第七章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」で、国連加盟国が軍隊の保有を前提として、個別的または集団的な自衛権を加盟国の固有の権利と認めていることとは大きく異なる。

 つまり、「たかなみ」は、9条一項で禁止された行為をしない艦船であり、研究・調査以外での行動としては、正当防衛の場合に武器を使うか、日本のタンカーの目前に迫る危機を回避するため相手方に武器を使って威嚇行動をとるか、の2つに限られると、筆者には読める。ここでの威嚇は(例えて言えば、相手国を特定できないような)目前の脅威に対するもので、憲法上の相手国に対する威嚇ではない。

 一方、日米安全保障条約(新安保)では、日米両国がこの国連憲章の固有の権利を有することを確認したうえで、日本国は、その施政の下にある領域に攻撃を受けた場合、日本国憲法上の規定に則って米国と共通の危険に対処するとしている。また、戦力については、「武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従うことを条件として、維持し発展させる」としている。

 ところが、この日米同盟は対象地域が限定されており、極東の国際平和と安全維持には触れているものの、日本経済の生命線である「中東からのシーレーン」の安全には触れていない。1981年に鈴木元首相が日本から1000カイリの海域における海上交通保護能力の整備について言及したが、これも法整備には至っていない。このため、たかなみ」が有志連合に参加すること、および3海域で米軍と共同活動をすることは、憲法上も日米安保上も難しい、となるはずだ。

 2月3日朝日新聞の記事によれば、ホージー米海軍少将(1月30日まで有志連合司令官)が「我々のチームに加わって欲しい」と述べているが、これは無理な話である。

 なお、3海域では、2015年に施行された平和安全関連2法制が規定する集団的自衛権の行使をする際の理由、「我が国と密接な関係にある密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」が発生するような事態も、なかなか起きにくい。

 結局、護衛艦たかなみ」は、憲法第9条一項の目的を達成するための戦力ではなく、防衛省設置法上の「調査・研究」をするために3海域で活動する艦船となる。

 しかし、その調査・研究にシーレーンを防衛するための情報収集を含めてもおかしくはない。有志連合が司令部を置くバーレーンに派遣された自衛隊員と情報交換し、万一、国際紛争の種となるようなリスクを感じた場合には、それを日本のタンカーに連絡し、また平和的な交渉で解決するための行動に資することはできる。

 従って、この「たかなみ」が安全に任務を終了できれば、日本国憲法は今のままでも良いという話が出るかもしれない。一方、逆に危険に晒されれば憲法改正が必要だとの意見が盛り上がるかもしれない。だがそれ以上に、憲法論議とは別のところで生命の危険を冒して活動する自衛隊員のためにも、憲法9条に三項を設けて自衛隊を日本を守る組織として明記するという、現在の案を認めることは間違いではないと感じる。

 あとは、この海域で日本を敵対視する国があるかどうかだ。

司令官暗殺に沈黙したイラン

 米軍は、1月3日イラクに駐在したイラン革命防衛隊(IRGC)のコッズ部隊のソレイマニ司令官とイラク民兵組織のアルムハンディス隊長を殺害した。これを、(1)米国防省が示した選択肢の中でトランプ大統領が選んだ気まぐれ的なものだった、(2)部下の死に際して、家族と共に涙を流す浪花節的な理想の上司の殺害に国民は怒り、復讐をする、(3)第3次大戦が起きるかも知れない──などと米メディアは批判した。日本の専門家たちもそうだったようだ。

 また、イスラム教は過激な宗教、イスラム教徒は全て原理主義者、「ジハード」とは聖戦のための自爆を恐れない攻撃を意味する言葉である、など極端な議論も出始めている。中東におけるイスラム教徒は「第3次大戦の火薬庫」に他ならない、といった論調にもなった。

 しかし米軍は、実はソレイマニ司令官を殺害した同夜、イエメンにいたシャーライIRGCコッズ部隊副司令官を殺害しようとドローン攻撃を行っていた。つまり、米軍はコッズ部隊の2人のトップをワンツーパンチで狙っていたのだ。同時に、万一に備えて、F-16戦闘機インド洋のディエゴガルシアに昨年末から配備していた。テヘラン空爆のためだ。

 シャーライ副司令官への攻撃は、イエメンのフーシ派の軍事力を弾道ミサイルドローン攻撃まで発展させた功績者の動きを止めることが目的だったが、同時に、コッズ部隊の新司令官に、イラン国内で活動するガアイ氏を指名する人事に追い込んだ。コッズ部隊のソレイマニ司令官は前線で兵士とともに戦い、部下を鼓舞してきた。その司令官の活動拠点が前線から国内に移るわけだ。これの同部隊への影響はこれから注目である。

3海域は危険なところとは言えなくなる?

 ソレイマニ司令官殺害から1カ月、確かにイランは散発的にミサイルを撃っているし、1月8日にはウクライナの民間旅客機を誤射して、多くの自国民を含む176人の乗員乗客全てを殺害してしまった。それは事実ながら、基本的に本格的な戦争に発展するような状況は見当たらない。

 もちろん、米国がテロ国家に指定したイランとIRGCには今後も注意する必要はある。テロは天災と同じで忘れたことにやってくるからだ。しかし、様々な米メディアの論調にもあった前線で指揮を執ったことでロウハニ大統領に次ぐ人気を得たソレイマニ司令官を失い、同様な活動をしていたシャーライ副司令官も行動を潜めざるを得なくなった今、米国とイランの本格的な衝突は当面なくなったと考えるのが妥当のように思う。

 IRGCとそのコッズ部隊の動きが鈍り続ければ、アラビア半島(その大半を占めるサウジ)をイランイエメンイラクシリアレバノンという三方から囲み、旧ペルシャ帝国の版図を超える地域の獲得というイランの戦略は壊れる。

 イランが静かになれば、紅海に面したシリアなどでのイスラム国、ISの活動が息を吹き返す可能性はあるものの、他のイスラム教国が過激な行動をとることは考え難く、護衛艦たかなみ」が活動する3海域は戦争保険が示すほどの危険なところとは言えなくなる

 なお、イラン1979年のホメイニ革命のあと、米国との関係が悪化、テヘランの米大使館員襲撃事件などがあり、2001年にはブッシュ大統領に悪の枢軸に数えられたものの、日本にいるイランからの留学生等をみても決して過激な人々ではない。むしろ、知的で勤勉な性格である。本国の問題があるとはいえ、米国にいるイランからの移民等の評判は悪くない。

 イランを過激な国、イスラム教イコール過激な人々というステレオタイプ的な見方は間違いで、河野防衛省による「護衛艦の活動海域におけるリスクは小さいと聞いている」旨の答弁は正しいと考えられる。

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イラン・テヘランの旧アメリカ大使館の前に掲げられた故ソレイマニ司令官の写真(2020年1月21日、写真:ロイター/アフロ)