100年に1人の天才”“講談界の風雲児”“チケットが取れない講談師”など、さまざまな異名で呼ばれる神田松之丞。かつて文春オンラインに掲載したインタビュー「天才講談師・神田松之丞のビジョン『2年後には真打にさせろ!』」で、「2年後には真打にさせろ」と語ったが、あれからちょうど2年が経ち、言葉通り2月11日に真打昇進を果たした。

 六代目神田伯山を襲名する直前に行われた、神田松之丞としては“最後の”インタビュー。いま感じている苛立ちから、これからのビジョンまで、本音に迫った。

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今年1月から「本当に働きました」

――2月11日、松之丞さんは真打に昇進し、六代目神田伯山を襲名されます。

松之丞 今年はどんな年かというと、「東京オリンピック」、「十三代目市川團十郎襲名」、そして「六代目神田伯山襲名」、これが2020年のすべてです(笑)

――それにしても1月から怒涛の勢いで仕事をされてますね。

松之丞 本当に働きました。年が明けて、1月だけで80席もやりましたからね。異常です。精度を上げて今後は減らしたいですね。そういって毎年増えているんですけど(笑)。新春恒例の連続読みも東京と名古屋でやりましたし、テレビの方も『あさイチ』(NHK)、『おしゃれイズム』、『笑点』(ともに日本テレビ)にも呼んでいただいて。昔、EDで中学生時代悩んでいた自分に教えてあげたいですよ(笑)。でも本当にここまでこれたのは、皆様のおかげだと思います。EDが完治した事ではないですよ。私も今回真打になるにあたって、色々と人生を少し学びました。「運が良かったんでここまでこれました」とか言っている芸人とかタレントインタビュー、昔は大嫌いだったんですけど。最近、まんざら嘘でもないなと。結論はそれに尽きます。運が良かった(笑)。つまらないインタビューですけど。

売れた理由の9割は「師匠選び」

――私が初めて松之丞さんを聞いたのが2016年の7月。最初に文春オンラインで松之丞さんのインタビュー「チケットが取れない! 天才講談師・神田松之丞を知っていますか?」をしたのが2017年の2月でした。

松之丞 高座ではキャパシティ1000クラスホールであれば、ありがたいことに全国どこでも満席になっています。でも、メディアでここまでの露出があるとは3年前には想像できなかったですよね。まだ、ラジオ(『問わず語りの松之丞』TBSラジオ)も始まってない時期でしたし。

――改めてうかがいます。なぜ、売れたんでしょう?

松之丞 9割方は、師匠選びですね(笑)。本当にうちの師匠。人間国宝の、神田松鯉でなければ、すぐクビだったと思います。二ツ目になった直後は、「地道に黙々と講談を続けていこう」と思っていた時期もありました。でも、「いままでと同じことをやっていては、講談はしぼんでいくだけだ」と気づいたんです。今までの講談師も講談も素晴らしいけど、その魅力をもっと拡散させなくてはいけないと。だって、私の入門時、落語家さんは800人以上いるのに講談師は東京と大阪合わせて約80人しかいなかったんですから。

――「2年後には真打にさせろ」とか、他の人は言わないですもんね。

松之丞 野暮の骨頂ですよ。それくらいは僕も分かっているんです。演芸の世界は粋であることが素敵だし、特に講談には野暮な人は少ない。今回、真打昇進の披露目でも、一番丁寧にお手紙くれたりするのは、講談協会の先生方です。本当に感動しますよ。なんとありがたい文章を書いて頂けるんだと。感謝しかないです。そういう表に出ないところの素敵な所を、こういう媒体もそうですし、自分が野暮になって大きな声でいう。それは大事な事かなと思いました。

講談がきっかけで売れたというのが大事なポイント

――松之丞さんは今までの講談師が当たり前としてきたことをやらず、やってこなかったことをやって成功した。「逆目」でブレイクした感じです。これって、重要な気がするんです。

松之丞 僕は大学時代には弟子入りせず、歌舞伎、落語、浪曲など、様々な芸能を見ていた期間が長かったので、講談の常識だけではなく、一歩引いたところでの判断基準を持てたのが良かったかもしれませんね。

――業界関係者のなかには、松之丞さんはメディアでも、講談でも、より笑いに特化していれば、もっと爆発的に売れただろうという人もいます。

松之丞 いや僕はTV向きじゃないですよ、あきらかに。TVはトークというか、MCとの会話を重視しているので。私は会話出来ないんですよ、友達いないから(笑)人より喋っていないのが裏目に出て。でも方向性としては、自分のキャラクターを中心に売れるというより、講談きっかけで売れたということが大事なポイントかなと。実際はラジオきっかけだったり、TVでの露出で状況は加速度的に変わっていったのですが。私はラジオやTVに出る前から、少しだけ注目して頂いていたんですね。

 なので最初メディアの力は使わずに、あの時に浮上したのは本職の部分だという自負はあります。もっとも、まだまだ未熟な講談ですが。それは一番自分がよく分かっているんですね。今年の正月も『畔倉重四郎』という人殺しばかりが続く十九席の連続物をA日程、B日程、名古屋のC日程と合計15日間読みましたが、これは相撲にたとえるなら四股を踏み続ける地道な作業です。これこそ、僕は講談の本丸だと思うんですけど、そのあたりをおさえていながら、エンターテインメントとして機能しているのは、師匠の台本は凄いなと思いますね。講談の中でも「連続物は流行らない」と思っていた人が大勢を占めていたところを、師匠の神田松鯉が大切にしていて、それを形にしているので。

メディアにも出る芸人は批判もされやすい

――中には、今までの常識を覆す松之丞さんに、苦言を言う人もいますよね。長く演芸界にいる人からすると、1000人規模のホールを講談で満員にしたり、メディアでの露出が多い松之丞さんのことが“異物”に見えるのでしょうか。

松之丞 どうなんだろう……。我々がやっているのは大衆芸ですから、多くの人にそのジャンルを知って頂くのは大事な作業なので。それに関しては極めて真っ当な露出の仕方だと思います。色々な役割がありますから。メディアにも出る芸人というのは、同時に批判もされやすいんですね。それは、役割として受け止めるしかないかなと。聞きこんでいくと分かる芸というものは確かにあります。業界はそれと両輪なんですよね。なので、どちらかしかないような講談界は非常に危機的だと思うのですが、両輪というのは理想的だなと思います。なので個人で見るより業界全体で見る視野が必要かなと思いますね。そういう意味では、非常に講談界は風通しもよく良好だと思います。

明日のことを考えると酔えないんです

――松之丞さんはお酒も飲みませんね。寄席には打ち上げがつきものというイメージもありますけど。

松之丞 飲めなくはないのですが、明日のことを考えると酔えないんですよね。何か仕事が入っていたら差し支えますし。今の状況があるのは、お酒を飲まなかったことも大きかったと思いますね。前々から言ってますけど、僕は本当にダラダラした打ち上げが嫌いなんです(笑)。晴れの場のキリッとした打ち上げは好きなんですけどね。もっと若いころは、先輩方と時間を共有するのも大切なんだろうと思ってたんですけど、実は芸につながる時間ではないなと思うようになりました。それなら、新しいネタの稽古をした方がいい。この前もある飲み会で5、6杯くらい飲んだのかな。そしたら、楽しかったんですけど。翌日にどんよりしちゃって、もうダメ。細かい体調の変化が嫌なタイプなんですよ。真打昇進披露興行は40日間続きますが、毎日が打ち上げで、対策を練らないと。

――本当に毎日あるんですか。

松之丞 毎日です。

――大変ですね……。

松之丞 もう、ウーロン茶で乾杯ですよ。「お前、酒飲んでねえだろ」と言われても、「いえ、ウーロンハイです」と言い張ります(笑)。でもわざわざ集まって頂いている仲間に、失礼があってはいけないと思うんです。打ち上げに諸先輩や後輩に来てもらうのは、とても光栄なので、失礼がないように。それでいて自分に負荷をかけない。

――そういう態度を取っていると、「売れてるやつは付き合いが悪いな」とか言われてしまいそうです。

松之丞 売れてる人たちが付き合い悪いんじゃなくて、私が悪いんですよね(笑)。こういう事を記事に載せると、本当に誰も来なくなるし、誘われなくなるんですよ。もうね、みんな一つの記事をあんまり信じすぎないように。もっとも本当に好きではないんですが(笑)、我々は虚実の世界に生きているので。サラッとした江戸前の打ち上げをしたいですね。売れるなんて一時のもので、仲間内とは一生付き合うんですから。

「売れる」ことは重要なのか

――同世代の「同志」がいない。

松之丞 成金メンバーは仲間ですよね。ジャンルが落語と講談で違うので、同志とは違うかもしれないですけど。そうなると、先輩方に目が向いちゃいますよね。メディアという枠で括ると、今度(2月19日)、新宿末廣亭での披露目に立川志らく師匠に出ていただけることになったのですが、改めて志らく師匠のバイタリティってすごいなと気づきました。朝、帯でテレビ番組に出て、夜は夜で落語会をやって、しかもクオリティは保っているという噂です。ご病気も経験されたし、体調だって常には万全じゃないはずなのに一生懸命。これだけの仕事をこなされているのは、とんでもないことですよ。ツイッターだけはどうかと思う時はありますが(笑)

――「売れる」って、ものすごく重要なことだと改めて感じますか?

松之丞 僕は妄想するのが趣味なんですが(笑)、もう自分のテキストでは考えられないので、今後例えば弟子が出来たら、その売れるかどうかの基準で物事は考えないですよね。講談が好きで努力している人間であれば、売れていようがいまいが、両方良いなぁと思うんじゃないんですか。だって売れるなんて結果論ですから。プロは結果がすべてなのかもしれないですけど。ただ数は多いのに全員売れていない一門とかみると、寂しいなぁとは思いますよね(笑)

飛びながら、「伯山」という飛行機を仕上げていく

――六代目神田伯山は、どんな色合いの講談師になりそうですか。

 松之丞 五代目伯山は44年前に亡くなっているので、実際に聞いている人は少ないですし、伯山という名前にまつわるイメージはないですよね。だから、これまでの伯山が得意としてきた読物に敬意を持ちつつ、自分なりの伯山を歩んでいければと思います。ツイッターか何かでみたのですが、とある社長の話で、企業を経営していくというのは飛行機を飛ばしながら修理していくものだと。着陸すると止まってしまう。飛ばしながらちょっとずつ修理を重ねていくもんだと。なるほど、と思いました。自分も飛びながら、「伯山」という飛行機を仕上げていくんだと思います。

――伯山は一日にしてならず、という感じですね。でも、伯山に変わることで「あれっ?」と思う人はいますよね。

松之丞 ビジネス的には「松之丞」のままがいいし、真打昇進で一度花火を上げて、しばらく経ってから襲名でもう一度花火を上げるという戦略もあったんですが、伯山という名跡を継げるのは今のタイミングしかなかったんです。だから、知名度という点では松之丞より下降するとは思います。それでも下降するのはどうでもよくて、飛行しながらどこに照準を定めるのか、ということでしょうね。歌舞伎松本幸四郎さんが襲名初日の舞台を終えて、「幸四郎になったからと言って、芸が上がるわけじゃないんだな」と思ったそうです。でも、時間が経つにつれて幸四郎という看板が馴染んでいく。そういうものなんだろうと思います。これ、生島さんに聞いた話ですね(笑)

――ハイ(笑)

松之丞 地道にネタを増やしながら、路線を定めていくしかないでしょうね。その積み重ねです。

これから僕に何が出来るかというと……

――最初の独演会高田馬場喫茶店で8人からスタートしたわけですが、もう、興行的には行き着くところまで行きましたか?

松之丞 披露目が終わって、今年中に歌舞伎座での高座が出来たらうれしいな、という思いはあります。そこから先、僕の真価が問われることになるでしょうね。何十年か先に、講談の寄席を復活させるのが僕のプランですが、その何十年かの間に僕に何が出来るかというと……YouTubeしかないでしょうね(笑)

 真面目に言うと弟子を育てたりとか、本質的に大事な事はいっぱいあるんですが。大きくみて、YouTube一択です。

――あのYouTubeですか!?

松之丞 あのYouTubeです。題して「神田伯山ティービー

 まずは、披露目の模様を、その翌日に10分ほどのダイジェストにして出していこうと思っています。それを30日間続ける予定です。目指せチャンネル登録10万人、ですね。

演芸界の重要な話を、資料として残していく

――お披露目の後はどんな内容になっていくんですか。

松之丞 戦略的に何を出していくかって重要ですからね。最近、林家木久扇師匠がヒカキンさんにいろいろと教わってユーチューバーデビューしたんです。そしたらどえらい再生回数になっていて。木久扇師匠はビジネス感覚がある人で、ちょうどいいところをついて来てるんですよ。「かわいいおじいちゃんユーチューバーデビュー」みたいな感じで。本当に発想が柔軟ですよね。でも、僕が楽屋で弁当食べてるところをアップしても誰も見たくないでしょう。

――それ、ちょっと面白そうですけど。

松之丞 基本的に講談、演芸界に特化した内容にしていく予定です。たとえば、寄席芸人たちに僕がいろんなエピソードを聞いていくようなこともあるかな、と思ってます。演芸界の重要な話を、資料として残していくのも面白いんじゃないかと。

――松之丞さん、やっぱり寄席が好きなんですね。2月11日から新宿末廣亭を皮切りに、浅草演芸ホール、池袋演芸場、国立演芸場と40公演、真打昇進披露興行が続きますが、お体、お気をつけて。

松之丞 ありがとうございます。本当は40公演、全部違うネタにしたかったんですけど、それもどうなるか。なにせ、披露目では避けた方がいい、人殺しの話が得意なので、足りなくなりそうで。そして打ち上げは、ウーロンハイのようなウーロン茶で押し通します(笑)

写真=佐藤亘/文藝春秋

(生島 淳)

自宅で稽古に励む神田松之丞(2月11日からは六代目神田伯山)