『図説 北欧神話大全』(原書房) 著者:トム・バーケット


神話とヴァイキングの伝説は、人間の歴史のなかでもっとも劇的で忘れがたい物語のひとつだ。この魅力的で奇想天外な物語は、何百年にもわたって芸術、文化、文学にインスピレーションを与え続けてきた。たとえば、トールキンやニール・ゲイマンが書いた物語、ジョージ・R・R・マーティンの『ゲーム・オブ・スローンズ』、ワーグナーの『ニーベルングの指環』、そしてマーベル・コミックス
世界の創造に始まり、愛と裏切り、過酷で荘厳な神々の戦い……ファンタジーの原点、想像力をかきたてる豊穣な世界観を200点あまりの美しいフルカラー図版とともに集大成した『図説 北欧神話大全』の序章を特別公開する。

北欧神話のすべてを語り直す

本書は、中世から現在まで絶えることなく伝わった類まれな物語群のひとつを語り直したものである。
この豊かな神話の世界に登場するのは、トールや隻眼のオーディン、情熱的なフレイヤ、戦いに飢えたヴァルキュリー、霜の巨人、鍛冶の名人のドヴェルグ(ドワーフ)、神秘的なエルフ、そして迫り来るラグナロク(世界の終末)だ。

北欧神話は、中世アイスランドでいち早く文筆の文化が花開いたおかげで文書化された。しかも幸いなことに、数多くの資料が今に伝わっている。北欧神話の神々を語る資料だけでなく、伝説上の英雄や、その志を継いだノース人(古代スカンディナヴィア人)の探検についての資料もある。
これらの資料の一部は、詩の形で書かれており、この詩のなかには何かを暗示しているようなところや奇妙なところもあれば、読者がその話をすでによく知っていることを前提に語られているところもある。

ほかにも、伝説の時代を語る散文の作品群「サガ」、アイスランド人スノッリ・ストゥルルソンが中世に書いたノース人の神々の包括的な「手引書」、さらには、ヴァイキング時代の工芸品や碑文や遺物といった物語を裏付ける証拠も存在する。
かつては、息づかいさえ感じさせるような生き生きとした物語世界が、口伝えで語り継がれ、さまざまな形で―凝ったものもあれば陳腐なものもあっただろうが、いずれにせよ、詩や物語やパフォーマンスや儀式で―共有されていた。

今あるのは、そういった物語世界の名残だ。神話がまだ生きていることの証拠のひとつが、物語の改変や翻案だが、中世アイスランドで書かれた文献でさえ、同じ神話がまったく別物のように語られていることもある。

そうした物語すべてを語り直すことは、物語そのものが複雑で多彩で矛盾をはらんでいるだけに、喜びでもあり、たじろいでしまうような仕事でもあった。子供のころに初めて読んだ神話の世界をふたたび訪れ、研究のためのテクストとしてではなく、物語として見つめることができたのは、大きな喜びだったが、それでも、できるだけ広範に、知る機会の少ない神話も取り上げようと考えたので、大変なことになってしまった。

それ以上に厄介だったのは、北欧神話がこれまでさまざまな形で手を加えられていることだった。『エッダ』の詩の初期の翻訳(どちらかと言えば、原書以上に奇妙な詩になっている)から、最近大ヒットしたマーベルの「マイティ・ソー」のような翻案物(このおかげで、ソーのモデルになった北欧神話の神トールの姿は、割れた腹筋とマントが定番になってしまった)まで、数多くの形がある。

本書が目指したのは、神話を筋の通った形で伝えること、高尚すぎもせず重々しさを失ってもいない神話になるような言葉で語ること、そして、ノース人の文学と文化についての膨大な研究成果を考慮して神話を提示することだ。
本書にある北欧神話と伝説は、何かひとつの原書を翻訳したものではなく、神話をゆるく下敷きにした小説でもない。よく知られていることを潤色するのではなく、ひとつにまとめようとしたものだ。

ある意味では、北欧神話は定義しやすい。北欧神話とは、ノース人が信じていた神々についての物語だ。しかし、その神々は、「竜退治のシグルズ」や「毛羽立ちズボンラグナル」といった英雄の物語でも重要な役割を演じるので、こうした伝説の簡約版も入れた。

また本書は、ヴァイキング時代の歴史的人物の物語も含む。これらの人物の一部は、北欧神話の神々を崇拝し、自らの祖先をオーディンフレイだと考えていた。
また、海を渡り川をさかのぼって探検の旅に出たノース人―西方へは、はるかアメリカまで、東方へは、カリフイスラム国家の最高権威者)が統治する地域まで航海した―の話も取り上げたのは、ひとつには、ノース人の信仰の世界について述べるために、背景として人間の状況を書く必要があったからだが、結局のところ、そうした探検の物語が実におもしろいためでもある。
これら人間の努力を描いた物語のなかには、レイヴエイリークスソンのヴィーンランド発見のように、それ自体が伝説となったものもある。

ここに書いた神々の物語のほとんどは、中世のアイスランド人スノッリ・ストゥルルソンが書いた神話を資料にしているが、スノッリもすべてを網羅しているわけではない。
たとえばオーディンの犠牲を語る神話は書き留めておらず、フレイと女巨人との関係もごまかしている。またスノッリは、本書でも取り上げたスカンディナヴィアの初期の王たちについても詳しく書いたが、ほかの伝説上の英雄や、ノース人の北大西洋の探検、東方でのヴァイキングの冒険について知るには、別の資料(アイスランドの資料だけでなく、ほかの地域の資料も)にも当たる必要がある。

ヴァイキング時代の多彩な人物については、『エッダ』の詩とスカルド詩(宮廷詩)、「伝説的サガ」、そして、もっと史料に近い文献を参考にした。資料を少しばかり改変せずにすませるのは無理なことだが、今に伝わる資料がオリジナルの物語というわけではなく、「真正」のバージョンなどひとつも存在しない。神話とは語り直されるものなのである。

本書の最後では、北欧神話の資料がどのようにして残ったか、また、芸術や文学、政治やポップカルチャーの分野で神話がさまざまに利用され再解釈されてきたことについて少し論じた。
それもまた、今も語られ続けている物語の一側面であり、多くの点で、北欧神話そのものと同じくらい興味深い。巻末には、お勧めの参考文献を載せた。資料だけでなく、この豊かな世界についての研究の入門書となるものも含めてある。

探求を進めるためには何を含め、何を外すべきか、その判断は難しい。しかし少なくとも、出発点はすぐわかる。創造神話、万物のはじまりである。

[書き手]トム・バーケット(リーズ大学およびオスロ大学卒、オックスフォード大学で中世文学の博士号を取得。古英語や古ノルド語の詩をはじめ、ヴァイキングの歴史や遺産研究チームを主導したほか、数々のプロジェクトを指導。現在はアイルランド国立大学のユニバーシティー・カレッジ・コーク(UCC)で古英語および古ノルド語の講師)(井上廣美訳)

【書誌情報】

図説 北欧神話大全

著者:トム・バーケット
翻訳:井上 廣美
出版社:原書房
装丁:単行本(475ページ
発売日:2019-11-15
ISBN-10:4562057084
ISBN-13:978-4562057085
図説 北欧神話大全 / トム・バーケット
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