“──畜生! 人類がかぜをひいてほろびるなんて、なんて人を小馬鹿にした結末だ。アーメン

 こちらは日本SF界の巨匠・小松左京1964年に発表した『復活の日』に登場する一節だ。イギリス陸軍細菌戦研究所から漏れた新型ウイルス「MM-88」が全世界に拡大する物語を描いた名作である。

「MM-88」は3月ごろから世界に広まり、当初は「チベットかぜ」という新型インフルエンザだと思われていたが、強力な感染力と高い致死率、完治後も再発する、発熱症状がない者も突然コロリと死亡する――といった特徴を持っていた。やがて5月下旬にソ連首相が病死したころから、各国の医療体制やインフラの崩壊がはじまる。

 日本でも6月中旬から主要交通網や電気・水道網が寸断され、同月末には日本国民の8割が死亡する。事態の悪化は止まらず、7月第3週には大統領を含めたホワイトハウススタッフが全滅してアメリカ合衆国が崩壊。そして9月上旬までに、南極の基地にいた約1万人をのぞいて、全人類と陸上哺乳類の大部分が死滅してしまう。

新型コロナウイルスが「ウイルス研究所から流出」というデマ

 良質なパニック小説を読むと、大事件が起きたときに大局的な視点を保つ訓練ができる。ゆえに『復活の日』は私の座右の書のひとつで、過去にもSARS2003年)やH1N1インフルエンザ2009年)の流行のたびに読み返してきた。もちろん現在も再読中である。

 2019年12月に中国武漢市で発生した新型コロナウイルスCOVID-192019-nCoV)も、都市封鎖にともなう中国国内の深刻な混乱を招いている。ほぼ陰謀論とみていい話とはいえ、今回はウイルスが中国武漢市のウイルス研究所から流出したというデマも流れている。過去の再読時と比較しても、『復活の日』の内容にかなりのリアリティを感じる事態だ。

 人類にとってさいわいなことに、今回の新型コロナウイルスCOVID-19は『復活の日』のMM-88と違って、各報道を読む限りは致死率が2%程度にとどまる。おそらく今年夏までに、ウイルスの流行自体も収束するだろう。

 ただし、ウイルス禍が今後の中国社会に与える影響は甚大だ。今回の記事では、主に庶民層の動きと政治的な事情についてまとめつつ、今後の見通しを考察してみたい。

SARS当時よりも「のんき」に見えた庶民層

 新型コロナウイルスの流行は、昨年12月の時点から中国に詳しい外国人の間では知られていた。ただ、多くの中国人が深刻になるのは、1月20日習近平が「重要指示」を出して情報公開にゴーサインを出し、さらに同月23日に武漢市が封鎖されてからである。

 それ以前、中国国内の報道はゼロではなかったが、報道統制によりかなり小さな扱いだった。医療関係者たちが現場レベルでは認識していたヒト・ヒト感染の発生も隠蔽されていた。ゆえに大部分の中国人は新型肺炎に注意を払わず、リスクにも鈍感だった。

 これは17年前にSARSが流行したとき、公的なアナウンスがごく少ない時点から、庶民層でも口コミで危うさがジワジワ語られていたのとは大きな違いだ。「酢に予防効果がある」と謎の対策が噂されて商店の酢が品切れになったり、それなのに多くの人が公衆衛生にあまり気を使わなかったりと、突っ込みどころは多かったとはいえ、さておき中国人の危機意識自体は高かった。

 SARS当時の中国はよくも悪くも発展途上国で、政府や社会に対する庶民の信頼度がかなり低かった時代だ。新聞記事を含めたあらゆる公的情報は信用されておらず、国家権力が真相の隠蔽や捏造をおこなうのは常識以前の話。大事な話は口コミで共有された。これはデマが生じやすい社会環境だったのだが、反面で当時の中国人は、情報面では当局にコントロールされにくかったともいえる。

 いっぽう、今回は公的なアナウンスが出るまで、中国の庶民の反応はかなりのんきに見えた。理由のひとつは、現代の中国人が往年と比べて、報道や政府発表を信じやすい傾向が圧倒的に強まっていたからだろう。

自称「情強」になった中国人

 近年、中国ではスマホの普及によって、従来はしっかり新聞を読まなかった層の庶民まで気軽にニュースに触れるようになった。彼らがなんとなくダウンロードしたニュースアプリの今日頭条や新浪新聞、チャットアプリの微信(WeChat)、ショート動画アプリの抖音(海外市場では「TikTok」)などを通じて、大量の情報が流れ込んでくるようになったからだ。

 本来、中国の国内報道は2003~2013年胡錦濤時代にかなりの自由度があり、対して習近平時代には大幅に制限された。だが庶民レベルの主観では、スマホ時代の習近平時代のほうが、自分たちが「情強」(情報強者)になったと考えられている。

 理由は彼らが触れるニュースの分量が往年の数十倍以上に増加したからだ。しかも新聞と違い、アプリを通じて配信されるネット記事は圧倒的に読みやすく、娯楽性も高くて頭に入りやすい。

 結果、統制下にある膨大なニュースを通じて当局的な価値観が庶民の頭に無意識に刷り込まれ、報道を信頼する人がぐっと増えた。いわば官製のエコーチェンバーが起こされていたと言ってもいい。

習近平の「中国の夢」に染まる人民

 また、中国経済の発展や中国人の海外旅行の拡大、スマホ普及と軌を一にした国内社会のスマート化などによって、「貧しい祖国を強くて豊かにした中国共産党」という当局のプロパガンダを、中国人自身がある程度は事実だと実感してしまったことも大きい。

 たいていの人は、祖国が「偉大」で「富強」(強くて豊か)だと嬉しい。これも当局への信頼度が向上する理由になった。ネット世論においても、投稿内容の厳しい検閲も理由とはいえ、一昔前とちがって体制擁護的な意見が多数派になった。現代の中国を、漢や唐の絶頂期とならぶ「盛世」だと呼ぶ声も少なからず聞かれた。

 習近平政権の発足以来のスローガンである「中国の夢」(中国夢 Zhōng guó mèng)は、中国人民が当局のコントロール下にある情報を素直に信じ、体制を疑わないことでハッピーな幻想に酔える状態を出現させた点において、ある意味で実現していたのである。

 ……だが、2020年1月20日以降、こうした従来のムードは大きく崩れている。

メディアSNSが異例の活発化

 これまで習近平体制下の中国では、重大ニュースは「新華社」などの中央メディアの報道を他のメディアが転載する形式が推奨され、またあらゆるニュース内容が体制にポジティヴなメッセージを含む内容(「正能量」)に変換されてきた。

 だが、いまや各メディアによる独自報道や、不都合な事実を指摘する内容の報道が少なからず見られはじめている。当局側の情報統制や摘発が間に合わないのか、これまでは鳴りを潜めていた、ネットを通じた問題告発や政治主張の発表も活発化している。

 特に武漢市内や湖北省内からは、病院内で錯乱する医師・看護師の姿や数多くの遺体を映したとみられる現地の動画や、体制批判の演説動画などをSNSに投稿する例がかなり多く見られるようになった。

 保護者が強引な隔離を受けたことで1人残された脳性まひの少年が死亡した例や、病院の手が回らず治療が受けられない老人が死亡した例など、社会的弱者が犠牲になったことへの怒りを、遺族らがSNSに投稿する事例も増えた。

 2月7日にある医師の死亡が報じられたことで、同様の傾向はより強まった。この33歳の李文亮医師は、昨年12月末にいちはやく新型コロナウイルスの流行に警鐘を鳴らしたことで「デマを流した」と処罰され、やがて本人もウイルスに感染して死亡した人物だ。

 彼の理不尽な処罰と感染死はウイルスの流行の発生当初の当局の隠蔽体質を象徴するものと言ってよく、中国のネット上では(従来は反体制的ではなかった人も含めて)「李医師にノーベル平和賞を」という声まで出ている。

 中国のSNS・微博には言論の自由を求めるスレッドが立てられて多くの反応を集め、名門大学の教授や弁護士らが情報隠蔽の停止や言論の自由の実現を求める公開書簡を発表する例が複数出ている。いずれも昨年までの中国では、かなりの勇気を要した行動である。

すでに「都市封鎖」は70以上――「偉大な祖国」はダメダメだった

 武漢市内や湖北省内では、ウイルス禍による医療体制の崩壊と社会混乱、当局に対する不信感の強烈な高まりのなかで、他にも一般市民が従来の禁忌をあえておかすケースがあらわれている。

 たとえば2月11日付けの『朝日新聞』は、武漢市内の「隔離ポイント」の残酷な実態を告発する記事を当事者の実名入りで掲載している。習近平体制下の中国では、当局に目を付けられそうな問題を一般市民が実名で外国メディアに告発する事例が激減していたが、そのタブーが破られた形だ。

「偉大」で「富強」なはずの祖国は、いざ自分や家族が本当にヤバい状況になると頼りにならない存在だった――。武漢市をいちはやく封鎖した習政権のウイルス対策は、客観的にはそう悪くないとみる専門家の声もある。だが、庶民レベルの感覚では、体制への強い不満と不信感を生むものになっている。

 ウイルスの広がりとともに、中国の言論状況はさながら7年前までの比較的自由な胡錦濤時代に逆戻りした感すらある。現在、「外出禁止」を含めた都市封鎖は70都市近くに拡大した。結果、不満や不安を持つ人は全国規模でどんどん増えており、おそらく新型コロナウイルス感染者の数十倍以上の規模に膨れあがっている。

 この傾向は短期的にはより強まっていくだろう。タブーの赤信号はみんなで渡れば怖くないのだ。

GDP成長率0%」から逃げる習近平

 対して習近平政権は、初動段階での情報隠蔽を口実に、ウイルス流行が拡大した責任を湖北省や武漢市などの地方幹部に押し付ける方針をとっている。

 たとえば湖北省黄岡市では、2月2日までになんと現地の党幹部ら337人が処分された。政権は庶民の怒りが中央政府や党体制の全体に向かないように懸命だ。

 そもそも、ウイルス禍が予想以上の規模で広がってからの習近平存在感が薄い。彼は1月28日WHOのテドロス・アダノム事務局長と会談後、2月5日まで1週間にわたり表舞台に顔を出さなかった。2月10日には北京市内の病院視察が報じられたが、いまだに武漢入りはしていない。

 1月末に新設された国務院の新型コロナウイルス感染肺炎対策指導特別チーム(指導小組)の組長も、総理の李克強となっている。習近平2013年の政権の発足以来、金融やネットセキュリティなどの大量の指導小組を作ってその組長を兼任し、李克強ら他の高官の権力を削いで独裁体制を固めてきたのだが、ウイルス問題だけは李克強に仕事を投げている形だ。

 2月7日、著名なエコノミストとして知られるアメリカISIグループ会長のエド・ハイマンは、CNBCインタビューに応える形で、2020年第1四半期の中国のGDP成長率が0%であると予測するコメントを出した。この数字の真偽はさておき、ウイルス禍が中国経済に天文学的な規模の損害を与えるのは間違いない。

 中国の中央銀行である中国人民銀行は、経済テコ入れのために1兆2000億元(約19兆円)を金融市場に供給すると発表したが、これは体調不良を覚せい剤で無理やり回復させるようなもので、副作用も大きいだろう。

 今回のウイルス流行は、もはや中国政府が何をやっても中国に巨大なダメージと民心の動揺を残すことが確実だ。習近平の顔の見えなさが、責任問題から逃げる目的ゆえだと推測するのは容易である。

 過去の台湾のヒマワリ学運(2014年)や香港の反政府デモ(2019年)への対処のまずさを見ても、習近平は突発的な大規模トラブルへの対処を苦手とする政治家ではないかとも思える。

ウイルス収束後、“大量処罰”が待っている

 新型コロナウイルス発生以来の習近平の動きは、中長期的にはすくなからぬ禍根を残すはずである。普段は大いばりをしていながら、本物のピンチの際には部下に責任をなすりつけて前線から逃亡する指揮官は人心を得られないからだ。

 習近平は政権の成立以来、従来の中国ではながらくタブー視されてきた個人崇拝や個人独裁を積極的に推し進め、毛沢東並みともいわれる強大な権力を手にした。結果、中国の官僚たちは保身と習近平への忖度が最優先課題になり、失点を犯さないために最低限の仕事しかしなくなったり(「不作為」)、まずい情報を上にあげる行為をためらう傾向が常態化した。

 ウイルス流行の初期段階で地方政府が情報隠蔽をおこなったことや、問題に言及した医師らへの処分は、習近平体制の負の側面が要因だとみていい。すくなくとも当局内部の常識的な人間や、知識人・メディア関係者、さらにネットユーザーにはそうした考えを抱いた人がかなり多い。

 おそらく数カ月後、ウイルス流行が収束したあとは習近平からの巻き返しがある。現在、必死で問題告発の声をあげている一部の武漢市民に対する大規模な処罰や、習近平に対して批判的な動きをみせた当局関係者やメディア関係者に対する猛烈なパージがおこなわれるはずだ(中国語で「秋後算賬」という)。

習近平失脚の可能性は?

 ただ、現在のウイルス禍が、これまで習近平の方針にいやいや従っていた一部の官僚やメディア関係者の心をさらに冷めさせているのは確実だ。今後の「秋後算賬」に対する庶民の反発もかなり強いだろう。これまで社会を包んでいた「中国夢」の甘い時代は、今回の事態によっておそらく終わる。

 もちろん今回の件だけで習政権は倒れない。ただ、数年後あたりに再びなんらかの大規模な突発的事件(地震やデモなど)が起こった場合、現在のウイルス対応問題が習近平失脚の伏線になる可能性も、それなりに高くなったように思える。

 毛沢東死後の1976年10月、実権を握る四人組を打倒した華国鋒や葉剣英らのクーデターは、庶民から支持された。中国人価値観では、反乱には天下万民に対するなんらかの大義名分が重視される。今回、習近平は彼を引きずり下ろしたい勢力に対して、「民を苦しめた疫病蔓延の責任者」という非常にわかりやすい大義名分を与えてしまった。

「災厄が終わった時――」

 禍福はあざなえる縄のごとしだ。たとえば前回のSARSの流行は結果的にアリババの台頭を生み、近年の中国社会のスマート化のきっかけを作った。人々が屋内にいたままで商品を購入するニーズが高まり、従来は不信感が強かったオンラインショッピング市場が一気に人気を集めたためだ。近年のイノベイティブな「キラキラ中国」の出現は、SARSが流行しなければずっと遅れていたはずである。

 新型コロナウイルスの流行も、中国で先進国を大幅に上回るリモートワークシステムが確立されて全世界的な働き方改革のきっかけになったり、ウイルス感染者の追跡に役だったことで中国の監視社会化に対する庶民の評価が現在以上に高まったりと、思いもよらぬ結果を生むかもしれない。

 人間は忘れっぽいので、もしかするとウイルス収束の3カ月後くらいには一切がなかったことになり、人々が「中国の夢」に酔う社会が復活する可能性もある。ことに中国であれば、これも意外とあり得るシナリオだろう。

 ただ、習近平政権が発足以来で最大の危機に立たされたことも確かだ。最後に『復活の日』から、私がいちばん好きなパートを引用してこの原稿を終えておこう。

“「──それよりも、このどたばたが終ったあと社会の勢力関係がどうなるかを考えといた方がいい(略)」”

“終った時──老人たちは、大ていこの災厄が終った時のことを考えていた。老人たちは災厄に出あった経験を豊富にもち、それがどんな形で終るか、終ったあと、どんなことになるかも知っていた”

“終った時──誰しも、この災厄が、いつかは終るものと考えていた。「人類」にとって、災厄というものは、常に一過性のものにすぎない、と”

(安田 峰俊)

小松左京『復活の日』(角川文庫)。現在はkindleでも読めるので、未読の方には一読を勧める。映画版のほうはお好み次第で。