2月10日午後、新型コロナウイルスで大混乱に陥っている14億中国人が、一心に待ちわびていた「皇帝様」(習近平主席)が、首都・北京に姿を見せた。

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 幹部用の青いマスクをしっかり着用した習主席は、福建省・浙江省勤務時代からの腹心の部下である蔡奇北京市党委書記を伴って、朝陽区安貞街道安華里の社区に現れたのだった。

 あらかじめ厳選されたに違いない住民たちに近づいた習主席は、「いまは非常時だから握手はやめよう」と言って声だけかけた。そして街頭で住民たちを前に仁王立ちになり、「いまこそ『初心を忘れず、使命を肝に銘じる』(習近平思想のスローガンの一つ)ことを主題とした教育成果を展開するのだ!」と檄を飛ばしたのだった。

モニター越しに武漢の医師たちに指示

 続いて習主席は、首都医科大学附属の北京地壇病院に赴き、一階にある監視コントロールセンターの前に立った。正面には大型のスクリーンが置かれ、スクリーンの向こう側には、防護服姿の武漢市の3病院(金銀譚病院、協和病院、火神山病院)の医師たちが、緊張気味に直立不動で立っていた。

 現場の医師たちを見据えた習主席は、青マスクを付けたまま、両手を後ろに組んだり、人差し指を突き上げたりしながら、「武漢保衛戦と湖北保衛戦に勝利するのだ!」と、再び檄を飛ばした。その後は、得意の長時間にわたる「重要講話」を述べたのだった。講話の原稿の段落が変わるたびに、医師たちは一斉に拍手していた。

 習主席の最後の訪問地は、朝陽区疾病予防コントロールセンターだった。習主席はここでも再度、北京市の幹部たちを前に、長時間にわたる「重要講話」をぶったのだった。

 この「習近平主席の北京視察」の重要ニュースは、以後、丸二日にわたって、CCTV(中央広播電視総台)で繰り返し流された。かつ視察のニュースに続いたのは、「共産党のおかげで退院できました!」と党に感謝する、全国の元コロナウイルス患者たちの「感動的なインタビュー」だった。

「自ら指揮」としながら李克強首相を武漢に派遣

 こうしたニュース映像を見ていて、今回の新型コロナウイルスの一連の惨事の中で、習近平政権の「マイナス部分」が、いくつも露呈してきているように思えてならない。

 習近平政権が目指すのは「強い中国」であり、習近平主席が目指すのは「強い指導者」である。平時には、これらは非常に輝いて見える。中国人は「自分は強い指導者に導かれた強国の一員なのだ」と自負できるからだ。

 ところが「強い指導者」である習主席は、第一に、誰に相対しても「上から目線」にならざるを得ない。なぜなら、皇帝様と対等の臣民などいないからだ。皇帝様は常に皇帝然と構えていて、初めて皇帝様の威厳が保てるのである。

 共産党の厳粛な会議などで、それをやるのは構わない。だが国民がバタバタ斃れている現在、求められているのは「国民目線の指導者」である。

 少なからぬ中国人は、2003年のSARS重症急性呼吸器症候群)騒動の時、胡錦濤主席と温家宝首相が、マスクも付けずに病院の病室に慰問に訪れ、患者たちの手を取って「一刻も早く治るように」と涙目になって慰問していた様子を覚えている。時代が違うと言われればそれまでだが、前任者たちは現場の医師たちを直立不動にして、長々と「重要講話」など説かなかった。「スクリーンを通して命令する」こともなかった。

 第二に、習近平主席は「強い指導者」なので、何事においても責任者は自分であり、決定権も自分にあることを誇示してきた。だから今回も「自ら指揮し、自ら手配する」と宣言した。

 ところがフタを開けてみたら、新型コロナウイルスの対策小グループ長には、ナンバー2の李克強首相を就かせた。そして、旧正月3日にあたる1月27日、李首相に「封鎖都市」武漢へ行かせたのである。

 それでは習主席はと言えば、「中南海」に蟄居してしまった。習主席が何日も顔を見せないため、日本の某主要紙などは、「習主席もコロナウイルスに感染したのでは?」と憶測し、裏取り取材に走っていた。

 こうしたことから、中国のネットやSNS上では、「自ら指揮し、自ら手配するお方はどこへ行ったのか?」という書き込みまで見られた(一瞬にして削除されたが)。

 第三に、習近平政権における部下の管理術の失敗である。現在の中国は「習近平新時代」であり、政治家や官僚たちに求められるのは、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想の学習」である。もっと簡単に言えば、習近平主席の日々の命令を、忠実に実行することだ。

 前任の胡錦濤時代は、日本で言うなら「大正デモクラシー」のような時代で、政治家や官僚たちは、それぞれの範囲内で一定の権限を持っていた。そのため、賄賂が横行するという悪弊もあったが、政治家や官僚たちが自分の頭で考え、生き生きと働いていた。

 ところが現在、政治家や官僚たちが見ているのは「皇帝様」だけであり、「皇帝様」にだけに忠実である。また、そのような志向を持った人材が、多く登用されるようになった。

 しかし、いくら偉大な「皇帝様」であっても、日本の26倍もある国土で、14億人もの人間に目配りすることは不可能である。そのため、政治家や官僚の「不作為」(サボタージュ)が目立つようになった。今回、湖北省や武漢市ではこうしたことが顕著に出て、対応の遅れにつながったのである。

コロナウイルスが苦しめる習近平の支持層

 第四に、新型コロナウイルスが、習近平主席の「岩盤支持層」である庶民層(中国語で言う「老百姓」)を直撃していることである。

 歴代の政権で言えば、毛沢東がやはり庶民層を岩盤支持層にしていた。続く鄧小平人民解放軍、江沢民は上海人と経済界、胡錦濤は8000万人の中国共産主義青年団(共青団)が岩盤支持層だった。どの政権も、自分の岩盤支持層には特別気を遣い、反感を買わないように努めてきた。アメリカでも、ドナルド・トランプ大統領が、誰よりも岩盤支持層を優遇することは周知の通りだ。

 習近平政権下でも、2012年以来の「八項規定」(贅沢禁止令)でひっ捕らえたのは幹部たちであり、2015年夏の株式暴落の時、損をしたのは富裕層や中間層だった。また、2018年以来のアメリカとの貿易摩擦でも、企業経営者が打撃を受けた。だが今回ばかりは、習近平主席の岩盤支持層である庶民層が、犠牲になっているのである。

 さらに今後、新型コロナウイルスが徐々に終息していったとしても、中国の経済的損失や、国際的な信頼失墜は計り知れない。その意味で当分の間、習近平政権の試練が続くだろう。

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2月10日、武漢で奮闘する医師らに対し、北京の地壇病院からモニターを通じて檄を飛ばす、マスク姿の習近平国家主席(写真:新華社/アフロ)