日本学術会議は誘致に重要な一歩となる「重点大型研究計画」に「国際リニアコライダー(International Linear Collider:ILC)」の選定を見送った。

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 後は大型研究プロジェクトに関する文部科学省の基本構想(ロードマップ)に記載されるか否かが焦点になるとされるが、学術会議の重点計画から漏れたことで、実現の道のりが険しくなったともされる。

 2005年には熱核融合実験炉「ITER」の建設予定地をめぐって日本はフランスと競ったが敗れた。

 太陽を地上に再現する「夢のエネルギー」で、プラズマを閉じ込める心臓部とも言うべき主要部品の超伝導コイルは日本が提供するが、装置を設置した国におけるメリットには比べようがない。

 多くの「国と科学者」が関わる大型研究施設から、日本は再び手を引こうというのか。

 スイスオーストリアなどの国は、安全保障の一環として多くの国際機関や研究施設などを誘致していることからも、国際協力事業の誘致は安全保障に資するし、研究者たちが望む静謐は研究環境の提供にもつながる。

ILCとはどんなものか

 ILCは超高エネルギー粒子の衝突実験を行うため、現在、国際協力によって設計開発が推進されている大型の将来加速器計画で、2000人を超える世界の研究者が実現に向けて努力を続けている。

 先のITERよりもはるかにすそ野を広げるに違いないILC構想にも、日本は先導的に関わってきた。

 ウィキペディアによると、日本では1990年代初めより、高エネルギー加速器研究機構(KEK)を中心として「Japan Linear Collider」と呼ばれる構想があり、そこにアジア各国物理学者の参加を得て「Global Linear Collider」へと名称変更され開発構想が進められてきた。

 他方、ヨーロッパ(ドイツ電子シンクロトロン欧州原子核研究機構)、北アメリカ(SLAC国立加速器研究所)でも類似の計画が構想され、開発に従事する研究者間で、隔年の研究ワークショップが開催されてきた。

 以上の経緯を踏まえて、2004年8月に「国際技術勧告委員会(International Technology Recommendation Panel (ITRP))」が加速器の基本技術を一本化する勧告を行う。

 その結果、「国際リニアコライダー(ILC)」に統合され、2017年時点では、2025年完成を目指して議論が行われてきた。

 宇宙(地球を含む)と物質の成り立ちを探求し、人間の存在など根源的なテーマの研究に関わる施設を日米欧の物理学者が北上山地(東北地方)に建設しようとするものである。

 科学技術の発展に寄与することは言うまでもないが、それ以上に多くの国家と技術者が関わることで、日本国家や国際的な安全保障の視点からも等閑視できない。

 このように、日本が主導的な立場で関わってきたILCであり、北上山地が候補地に挙げられてきたのも「さもありなん」であったのだ。

どんな役割が期待されるのか

 ジュネーブ(スイス)郊外にフランスとの国境をまたいで設置されている陽子と(反)陽子を衝突させるハドロン衝突型の大型加速器(Large Hadron Collider : LHC)(ちなみに電子-陽電子の衝突はレプトン型と呼ばれる)がヒッグス粒子を観測したが、LHCで出現するヒッグス粒子は100億回の衝突で1個でしかない。

 これに対して、ILCでは160万回の衝突で1個のヒッグス粒子が生成され、ヒッグス粒子が他の粒子に姿を変える(崩壊)様子や、他の粒子との力のやり取り(相互作用)などに関する豊富な情報を得ることができるとされる。

 単純計算で6250倍のヒッグス粒子を生成することから、ILCは「ヒッグス・ファクトリー(工場)」とも呼ばれる。

 宇宙はどのように始まったのか、そしてどうなるのか? 宇宙はどんな仕組みで、何でできているのか。肝心な、我々はなぜこの宇宙に存在しているのか。人類が共通に抱いてきた諸々の基本的な問いに答えようとするものである。

 LHCで解明できなかった多くの謎がILCで解明できるとされるが、宇宙は深淵でこれまでわかったことは謎の5%に過ぎないとも言われる。分かったとみられる先に、また謎が浮かび上がってくるに違いない。

 我々が今日直面している異常気象や気候変動を解くカギを与えてくれるかどうかは分からない。しかし、意外なところにヒントがあるかもしれない。とにかくやってみる意義はあるに違いない。

 わずか100年の人間は言うまでもなく、人類の出現も地球の誕生も広がり続ける宇宙に比すれば「針の先」の期間でしかない。

 あまりに壮大過ぎる宇宙が手に負えるのだろうかという絶望さえ抱くが、より良い文明社会を築くため、また真理を追究するため、あるいは地球脱出の必要に迫られた時のためにも、宇宙の研究探索を止めることは許されない。

 現実世界とは無縁な夢物語としか受け取られないであろう。しかし、現在直面している地球温暖化など、われわれの日常生活に大いに関係していることも事実である。

 ざっと見た限りでも、宇宙の探求はその施設に関わる技術開発なども含め、IT、医療、材料、農業、環境・エネルギー、安全、歴史など、いろいろなところに関係する興味津々なものである。

核燃料発電の研究にも裨益する

 今日安全が確立している原子力発電核分裂で行われているし、実用炉には至っていないがその一歩手前の実証炉の段階にある熱核融合発電においては核融合という原子核の反応が応用されている。

 しかし、福島の原発事故で大いに困惑しているように、原子の世界については実際のところ、分からないところが多い。

 分からないところばかりだと言ってもいいかもしれない。そうしたところの解明にも、素粒子の研究が大いに役立つに違いない。

 1960年代においては、化石エネルギーの経済的可採期間は約30年とみられていた。そこで、化石燃料に代わるものとしての原子力発電が焦点を浴びるが、核廃棄物問題が生じる。

 こうして、核廃棄物をもたらさない核融合発電の研究が萌芽する。筆者はそうした当初の段階で、熱核融合に関わる研究に短期間ながら参加することができた。

 全学連の活動が活発で昼間の研究は阻害されたが、夕刻から朝にかけて寝食を忘れて熱中したものである。

 当時は20世紀末にも熱核融合発電が可能ではないかといった雰囲気もあったが、約2億度のプラズマを持続的に閉じ込める方法に手間取り、実用炉の開発には至っていない。

 先述のITERは核融合実験炉で2025年の運転開始を目指している。2027年核融合反応を確認し、2035年の本格稼働を目指すとしている。

 その先に実証炉、次いで実用炉となるわけで、発電は2055~60年とされ、核融合の萌芽からちょうど100年である。

民間技術を多用する軍事システム

 かつては民間技術の多くが軍事技術から生まれてきた。

 MILスペックと呼ばれる軍需品に対する米国防総省の規格で、複雑な武器システムばかりではなく、衣服など軍に納入するものすべてに適用された。

 武器や人が直接的に戦う戦場においては、酷寒から酷暑、密林から砂漠の戦場でも有効な環境性や耐久性、システムやパーツの迅速な互換性などが求められたから、厳しい規格が必要であった。

 また、全世界に展開する米軍は広域の指揮・通信能力が必要であり、宇宙の活用は必然的であった。そうした中からインターネットや衛星通信など生まれてきた。

 ところが、エレクトロニクスや情報技術(IT)の進展で、指揮・通信にこれらを活用した技術が多用されるようになった今日では、指揮・通信系の破壊で戦況を支配できる電子戦が発達した。

 こうして戦闘様相は、従来の兵器や軍隊を壊滅するハードキルから、軍隊は健在しても指揮・通信系の電子的撹乱で機能させないソフトキルに移行してきた。

 従来の厳しい規格は必ずしも重要でなくなり、民間や大学の研究開発で生み出されるエレクトロニクスや情報技術などが軍民両用(デュアル・ユース)技術として重用されるようになったのだ。

 そこで、防衛省でも従来から防衛産業に関わってきた企業だけでなく、先進技術などを発掘すべく産業界・学界に広く公募するようになってきた。

 学界などにおける研究資金の縮小傾向から、多くの応募と創造的なアイデアが期待されたが、そこに立ちはだかったのが日本学術会議である。

日本学術会議の時代錯誤

朝日新聞」(2017年3月25日)によると

日本学術会議は24日、大学などの研究機関の軍事研究に否定的な新声明を正式決定した。・・・総会で審議し、多数決で決める予定だったが、約200人の会員全員が参加する総会で議論が紛糾すれば、声明が決定できなくなる可能性もあるとして、会長や各分野の部長ら12人が出席した幹事会で正式決定した」

「声明は・・・軍事研究を禁じた過去2回の声明を継承する内容。・・・検討委員会委員長の杉田敦法政大教授が『重要なテーマであり、社会の関心も高い』として総会での審議を提案したが、民生と軍事の線引きが難しい工学系の幹事らが、『会員の意見は過去の総会などでも聞いており、手続きに問題はない』と主張。幹事会で決定することにした」となっている。

 1950年と67年の声明は総会で決めていたが、今回はわずか十数人の幹事会で決めた。しかも半世紀以上前と今日ではエレクトロニクス、その他の研究開発の分野の拡大が考慮されていない。

 最も致命的なのは、多くの研究が両用性を有し、軍事をはじめとした安全保障環境に著しく関係するようになったことである。

 総会での紛糾を懸念したというが、軍事研究に関わらないことが安全だという認識であろうが、今日では両用性が教えるように、研究に関わることが抑止力につながるわけで、現実をあえて逃避した無責任としか言いようがない。

 今回のILCを「重点大型研究計画」から外したのも、科学技術の視点だけからみる視野狭窄症がもたらした結果ではないだろうか。

 研究者のすそ野を広げることや安全保障などを考慮した見方など、日本学術会議には科学者といえども世界の趨勢や安全保障まで視野をもっと広げた責任感が求められているといえよう。

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高エネルギー加速器研究機構(国際リニアコライダー=ILCのサイトから)