傘も特別
まだ1晩残されており、Kp予報はわずか2だったが、ケーン・ゴームの山々に広がるスキーエリアでは晴天が予想されており、ここでは2週間前、アマチュアカメラマンのケース・ピグドンが見事なグリーンのオーロラのカーテンを撮影している。
この場所へと時間どおりに辿り着くには、昼前にはMVアルフレッドに乗り込む必要があったため、と睡眠は諦めるしかなかった。
荷物をまとめると、チャーチル・バリアーズを越えてセント・マーガレッツ・ホープへと向かった。
平日のオークレー諸島へと向かうありふれたクルマや荷物に混じって、ここでは場違いな印象を与えるドーンもフェリーへと乗り込んでいる。
ふたたびの快適な船旅を楽しむ前に、ジョン・オ・グローツで給油を行っている。
叩きつけるような雨のなか、フロントフェンダー内部に傘が仕込まれているのを知って安心したが、もちろん傘もこのクルマの特別なカラーリングに合わせたブラックとレッドだ(当然この傘も非常に滑らかに開く)。
崖の上から見る美しい虹と青空が期待を高めたが、われわれはインヴァネスのエンドウ豆のスープに夢中だった。
それでも、この虹と青空のセットはレーシーのカメラマンとしてのセンスを刺激したようで、彼は日没までにケーン・ゴームに辿り着けるかと訊いてきた。
非現実的な滑らかさ
スキー場の駐車場へと続く最後のヘアピンでは、さすがにドーンのアクティブアンチロールバーもその巨体のわななきを抑えることは出来ないようだった。
だが、一旦ボディの動きが収まると、ドーンはふたたびコーナリング中の盤石とも言える落ち着きを取り戻している。
それでも、やはりこのクルマではゆっくりと走るのが最高であり、霧を抜け驚くほど気温が高まるとともに、素晴らしい写真を撮影することが出来ると確信するまでは、スローペースのまま山裾を進んで行った。
ちょうど雲と雲の間に挟まれたこの場所からであれば、下からはアビモアの街の光を、上からはその日最後の太陽の光を見ることができた。
まだ夕方であり、近づきつつある嵐も音だけだったので、暖かいシートを倒して迫力満点の景色を楽しむべく、ドーンのルーフを下ろすことにした。
一旦食事となによりも必要な仮眠をとるべくアビモアのホテルへと戻ったものの、午後11過ぎにはふたたび山へと帰ってきた。
スキーエリアへと続くスムースな路面のB級路は厚い霧のなかを曲がりくねっており、そのなかをドーンはまるでシミュレーターのような、非現実的なほどの滑らかさで進んで行く。
道路脇には、木々のなかに潜む野生動物に対する注意喚起のための標識が立っているが、こうした標識がさらにこの非現実的な感覚を強くする。
もっとも高価な避難小屋
目的地へと到着すると雪が降り始めた。しかも激しく。
このあたり特有の水平に吹き付ける雪が、まるでスキーの練習を拒む10代の若者のようになったわたしの頬に突き刺さるようだ。
雪が弱まるのを待ちながら、アプリで上空の様子をチェックすることにした。
幸運にもKpは3に上がり、オーロラ・ウォッチUKの磁気計も強く反応しており、「Glendale」というオーロラ探査用アプリも地磁気の乱れが起こっていることを告げている。
「スコットランド北部でオーロラ撮影が可能になる」と、このアプリは言う。
雪がドーンの窓に叩きつけており、上空では光のショーが始まっているようだが、何も見えないためにフラストレーションがたまる。
意を決したように、レーシーがまるで漁師のような身支度を整えると、カメラを持って夜の闇の中に消えていったが、ここでドーンのさらなるハイテクぶりに驚かされることとなった。
人差し指の操作だけで彼が出ていったドアは自動で閉まり、わたしはハイランドでもっとも高価な避難小屋に匿われたのだ。
幸運な乗客たち
大西洋を西に向かって横断する場合、右側の座席からがもっともオーロラを見ることの出来る可能性が高いと言っていたケースの言葉を思い出し、なんとなくリアルタイムのフライト追跡アプリをチェックしてみた。
すると、ちょうど1万1000m上空を飛ぶハノーバーからニューアークへと向かうボンバルディア・グローバル6000に乗った幸運な乗客たちが、まさに絶好の位置にいることが分かった。
まるで酷い船外活動を終えたかのようなレーシーがドーンへと戻ってきた。
彼が撮った夜空を背景にしたドーンの写真には、星と簡単に見間違えてしまう無数の白い光が移っていたが、びっしょりと濡れた服と凍えた表情が示しているように、それは雪だった。
ドーンは地球上のさまざまな困難を克服してくれるが、残念ながら天気だけはどうすることも出来ないのであり、つまりここがわれわれの冒険の終わりだった。少なくとも今回は。
後日クラウストンから、オークニーに住むアラン・フレットが、まさにわれわれが一夜目を過ごした場所で撮影した写真が送られてきた。
藍色と薄紫、黄色、そしてライム色が明るく輝く驚くべき写真であり、ふたたびオーロラの写真撮影に挑戦してみたいと思わせるには十分だった。
もう少しの時間と、もう少しの幸運さえあれば…。
ドーンの二面性
一方でドーンが持つ二面性には驚かされた。
まるで映画のように過ぎ去る景色を眺めることの出来る展望車の如き静けさと高級さに包まれていたかと思うと、次の瞬間には解放感とともに素晴らしいドライビングを楽しませてくれる。
さらに、回転計の位置に設置されたパワーリザーブメーターが代表する、このクルマに溢れる「知る必要のあることだけ」というその精神にも感嘆させられた。
まるで、「細かいことなど気にせずお寛ぎ下さい」とでも言っているかのようだ。
それは、ドーンのエアサスペンションやステアリング、ブレーキ、エンジン、そしてトランスミッションにも徹底して見ることが出来る。
低速における車高調整機構とエンジンブレーキのセッティング以外、ドライビングモードなど存在せず、ギアさえドライバーは選択することが出来ない。
だが、そのスムースな走りの裏では、それぞれが快適且つ迅速な移動を可能にすべく必要な制御を行っているのだ。
オーロラを追いかけるために、37万1000ポンド(5286万円)のロールス・ロイスなど必要ないということだろう。
ひとつかふたつのアプリとクルマ、そして忍耐力があれば良い。
そして熱い紅茶の用意もお忘れなく。
番外編1:旅のルート
エディンバラを出発したわれわれはフォース湾を越えて、パースまで1時間ほどののんびりとしたクルージングを楽しんでいる。
インヴァネスシャーまでA9号線を312km北上すると、ロス、クロマーティ、サザランド、ケイスネスを抜け、1日目の夜を過ごすべくオークニー行きのフェリーに乗っている。
帰りも同じルートを通って二日目の夜を過ごしたアボモアへと戻ってきた。
番外編2:世界オーロラ紀行
アイスランド
オーロラ圏の真下という理想的な場所に位置しており、この国では素晴らしい眺めを楽しむことが出来る。
ヘラの町にあるホテル・ランガではオーロラ出現時にウェークアップコールまでしてくれる。
レイキャビクからは、この島のリングロードと呼ばれる周回路を反時計回りに90分だが、時計回りの場合15時間を要する。
フィンランド
ヘルシンキからラップランド地方に属するトルニオまでは8時間のドライブだ。
ここからノルウェーの海岸線にあるトロムソの街まで、618kmの「ノーザンライツ・ルート(オーロラの道)」と呼ばれる道が繋がっており、専門家の間で人気となっている。
カナダ
カルガリーから5時間で世界第2位の規模で夜空を保全しているジャスパー国立公園へと辿り着く。
ルイーズ湖まではトランスカナダハイウェイを通り、その後、ところどころに氷河が顔を出すアイスフィールド・パークウェイに乗れば、人気の観測スポットであるメディスン湖に到達することが出来る。
■ロールス・ロイスの記事
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