毎年2月の下旬頃になると、ゴールデンウィークが早く来ないものかとカレンダーを眺めて過ごすことになる。

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 理由の一つは花粉症の症状がその頃までには治まるという月並みなものだが、もう一つの理由は木更津沖の堤防でクロダイの釣果が出始めるということである。

 私は、石油化学メーカー、大手アパレル、外資系金融機関、外資系コンピューター企業、外資系金融機関などで働き、現在はIT系の上場企業の役員をしているが、これまで企業で働く中で数多くの失敗もしてきた。

 大体失敗するときは正確な情報に基づかずに行動したときである。面白いことに趣味の釣りでも同じことがいえる。

 仕事にしても釣りにしても情報を鵜呑みにすると失敗するということは私が得た重要な教訓である。

 釣りにおけるそのような失敗談も交えながら、クロダイ釣りの楽しさを紹介したいと思う。

 クロダイという魚は、その名のとおり形状は概ね真鯛と同じであり、真鯛では赤みを帯びている部分が黒色になっていて、その色が薄い部分は銀色の輝きを放っている。

 口の先端から尾の先までの体長が50センチを超えるものが釣れることも珍しいことではない。

 千葉県木更津沖堤防のクロダイ釣りは、木更津沖の海上に横たわる堤防(沖堤)に渡船で渡って楽しむ釣りである。

 木更津沖堤は4つの堤防からなり、全体として「く」の字型に全長3000メートルの長さがある。

 釣りの道具はいたってシンプルだ。

 210センチから270センチ程度の短い釣り竿(短竿)に、タイコリールという単純な構造のリールを装着し、釣り糸の先の針にエサ、その上に小さなおもりをつけて、これを足元の堤防の壁面に沿ってゆっくりと海面下に沈めていくという釣りである。

 この釣りは合理的な釣りである。

 水深は5メートル程度。潮の満ち引きで海面から出たり隠れたりする堤防の壁面に群生するイガイという貝やそこに生息するカニなどの小動物を食べるためにクロダイは堤防に寄ってくる。

 したがって、魚を寄せるために撒き餌をまく必要はなく、ただ壁面に沿って釣り針につけたエサを沈めればよいのである。

 クロダイが堤防のどこに寄っているかは釣れてみないと分からない。

 そこで、釣り針につけたエサを沈めては引き上げるということを繰り返しながら堤防を端から端まで歩いて釣るのが基本となる。

 クロダイがエサに食いつくと、竿の先をいきなりグッと引き込むこともあれば、ツッツッと小刻みに引いてから一気に引き込むこともある。

 また、釣り糸のたわみに生じたわずかな変化に反応して竿先を上げてみるとクロダイがかかっている場合もある。

 いずれにしても、釣り針にかかった後のクロダイが釣り糸を引く力は尋常ではない。

 アイナメ、カサゴ、メバルなどが釣れたときは、プルプルと手元に振動が伝わり適度な引きを楽しむことができる。

 これに対して、クロダイの引き方は「プルプル」ではなくリズム感のない一方的な「ツー」である。ウインチで引っ張られたかのような有無を言わせぬ機械的な引きである。

 釣り針にかかったクロダイは釣り糸を引っ張りながら沖に向かって全力で泳ぎ出す場合もある。

 このような場合、クロダイは、前述のリールを激しく逆回転させながら釣り糸を一気に引き出して数10メートル沖まで泳ぎ、やがて力尽きて(おそらく酸欠になって)おとなしくなる。

 感覚的にはあっという間である。こうなると比較的容易にリールで釣り糸を巻き戻して堤防の下までクロダイを手繰り寄せることができる。

 また、沖に泳ぎ出す前に指でリールの回転を押さえて釣り糸が出ていくのを止めクロダイが引く力を釣り竿の弾力でこらえると、クロダイは釣り竿を弓なりにしならせて堤防下を右に左にしばらく泳ぎ回る。

 この場合、主観的には時間の流れは非常に遅く感じる。

 いずれにしても、釣り糸が切られるなどのアクシデントがない限り、足元までクロダイを引き寄せて網ですくい、堤防の上に引き上げてほっと一息つくことになる。

 50センチ程度のクロダイを釣り上げてみるとその偉容に感動すら覚えることがある。口の大きさやごつごつとした歯並びなどをみると、これはすごいとつぶやきたくなる。

 この堤防の短竿によるクロダイ釣りは必ずしも難しい釣りではないのだが、興味深いことに、この釣りがたいそう難しい釣りだという思い込みが今でも世の中に散見される。

 これについては30年以上前のハウツー本や釣り雑誌に書かれた記述に原因の一端があるのではないかと私は思っている。

 それらの記述には、釣り針につけたエサを海面から堤防の壁面にそってゆっくりと沈める際、それがわずかでも壁面から離れたら釣れないということが述べられていた。

 ところが、堤防に立ってみると、海面には波もあり風も吹いている。堤防の壁面の群生するイガイはせり出しているため、それより下では堤防すれすれにエサを落とすことは不可能だ。

 また、釣り人の影を海面に映すとクロダイが警戒して釣れなくなるため体を引いて釣らなければならないという趣旨の記載も目にした。

 ところが、堤防の淵から離れて影を映さないようにすると釣り人からは海面が見えなくなる。

 このようにしないとクロダイは釣れないといわれても、この状態で一体どのようにしたら、堤防の壁面からわずかでも離すことなくエサを沈めていくということができるというのだろうか?

 私の木更津沖堤の釣りは約40年前のアイナメ釣りから始まった。

 当時、木更津沖堤には沸くようにアイナメが大量発生し、1日に30尾以上釣れることも珍しくなく、その中には40センチを超える大物も数匹混じっていた。

 私はアイナメ釣りにすっかり満足しており、また、前述の雑誌の記事などに強く影響されたこともあり、クロダイ釣りは難しそうだからもう少し経ってからチャレンジしてみようと漠然と考えるだけで、なかなかクロダイ釣りを始めようとはしなかった。

 ところで当時、アイナメを釣っている最中にアイナメとは違う強い引きを何度か経験していたのだが、そのようなときは30センチ程度の小型の石鯛がかかったのだろうと思っていた。

 いずれの場合も、シロギスの船釣り用の180センチ程度の短い竿に、五目釣りのいい加減な仕かけを使っていたため、いつも強く引き込まれた末に釣り糸を切られるという結末に終始していた。

 堤防から50センチ以上も離れた水面にエサを沈めて、まさかクロダイが釣れるなどとは思ってもいなかったのだ。

 沖堤での釣りを初めて3年目に、そろそろクロダイ釣りの練習をしようと思い立ち、240センチの「ヘチ竿」という専用の短竿を買って仕かけもクロダイ釣り用の仕様にして釣り始めた。

 その初日、朝一番の渡船で堤防に渡り、まずはアイナメ釣りでウォーミングアップをしようといつものとおり堤防から50センチほど離れたところにエサを落とし、それを海底まで沈めてから引きずるように移動させていた。

 すると、10分もしないうちにこれまでもときどき経験していたあの強い魚信があった。

 竿の弾力を生かして耐え、きちんとしつらえた仕かけで魚を水面まで引き上げると、ギラリと銀色に光る魚体が見えた。

 興奮して網ですくい上げると約40センチクロダイだった。

 クロダイ釣りは難しいという思い込みでそれ用の道具も用意せず、何度もクロダイを針にかけながら釣りそこなっていたことに私はそのとき初めて気づいたというわけだ。

 クロダイ釣りは難しくはない。

 釣り方の工夫で釣果に大きな差が出ることはある。ただし、エサが堤防から少しでも離れると釣れないなどということはないのだ。

 前述の釣りの記事などになぜことさら難しいように書かれたのかは分からない。

 記事の書き手が、堤防が釣り人で混み合う状況を嫌ってクロダイ短竿釣りの新規参入を抑制しようとしたのかもしれないし、技術的な難度を誇張して伝えることにより黒鯛師として自らの権威づけを図ろうとしたのかもしれない。

 その理由は分からない。ただ、確実にいえることは、当時はそのような情報が流布され、それが、私が沖堤の短竿によるクロダイ釣りに参入する際の障壁として一定期間は機能していたということだ。

 当時の釣りに関する情報源は釣りのハウツー本、釣り雑誌、釣り新聞、TV番組ぐらいに限られていた。特に活字の信用力は絶大でそれらの情報の真偽をインターネットで確認するという術も当時は存在しなかったのである。

 多くの人はそれらの情報を疑うこともなく、私もその例にもれなかったわけで、現在の尺度でみると情報リテラシーという点では全く低レベルだったのだ。

 その後社会人となって働く中でこの経験を思い出すことは幾度もあった。

 冒頭に述べたように情報を鵜呑みにして失敗を重ねた後、私は「その情報、その前提は正しいか」とことあるごとに自分に問いかけてみるようになったのである。

 釣りの体験からビジネスマンの教訓を引き出せるとことさら強調するつもりはない。しかし、少なからず人生を豊かにできるとは思う。

 釣りのシーズンを待ちわびて季節の移り変わりに敏感になり、また、釣った魚を自分で料理してみようという気にもなれば趣味が広がることもある。

 次回以降、私が体験してきたそのような釣りの楽しさとともに、沖堤防へのアクセスや用意すべき釣道具などの具体的な情報も提供していきたいと思う。

(続く)

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