―[42歳日雇い派遣男のリアル]―


 イベント系の日雇い派遣で働く人たちの年齢層は非常に低い。下は高校生までいて、まるで学園祭のような雰囲気がある。42歳の僕はふだん小説を書きながらもそれではまったく食えず、日雇い派遣で生活費を稼がなければならなかった。そんな中、あるフードイベントで若者たちといっしょに働いたことがあった。

 僕はその前に日雇い派遣をやめて小説を書くことだけに専念していた。「人生はやりたいことだけをやればうまくいく」という言葉をよく耳にしていた。僕はそれを信じた、というより、信じたかった。もう日雇い派遣なんてやりたくなかった。毎日小説だけを書いて、それで人生がうまくいってほしかったのである。

 しかし、現実は少しも僕の望みどおりには動いてくれなかった。小説を書き続けてもお金はただ減っていく一方であり、やがて底を突き、もろもろの支払いの督促状が届くようになった。

「やりたいことだけやって生きていこうなんて考えが甘いんだよ。なにが小説だ。おまえはただの日雇い労働者だろ」

 督促状にそう嘲笑われているような気がして、とてつもなく惨めな気分になった。日雇い派遣を再開するしかなかった。

 1か月に渡って開催されるフードイベントがあったので、そこで派遣で働くことにした。初日から何日も連勤した。カレーハンバーグなどのブースがいくつも出され、それぞれに2、3人ほど配置されて調理と接客を行う。最初の1週間ほどは派遣として働いた。が、その後、そのイベントを運営する会社の直接雇用のバイトになり、派遣の人たちに仕事を教える立場になった。

ヤンキーといっしょにカレー作り

 営業開始前にカレーの仕込みを行った。和風だしのカレーで、材料の大まかな分量は決められているが、その最終的な味付けは僕に任せられていた。味見をしながら少しずつ醤油やだしを足していった。

カレーはできた?」

 そこへひとりの若い男がやってきてそう訊いた。彼は見た目が渋谷のヤンキーのようだったので、僕は心の中で彼のことをそのまま“ヤンキー”と呼んでいた。ヤンキーは僕の作ったカレーを一口味見してこう言った。

「醤油が足りないな」
「これで十分だと思うけど」
「いや、ダメだって。小林君はぜんぜん味をわかってないよ」

 そして彼はカレーに醤油を足すのである。ヤンキーは僕と同じく派遣からバイトになった存在なのだが、ここで働きはじめたのは僕よりも少しあとだった。もちろん年齢も僕よりずっと下である。それなのに、いつのまにか僕よりも現場を仕切るようになっていた。

 ある日、こんなこともあった。営業後の後片付けの作業が予定時間よりもだいぶ早く終わったので、僕は派遣の人たちにこう言った。

「まだあがりの時間じゃないけど、今日はもうやることないからあがりでいいよ」

 彼らは嬉々として控え室に引き上げていく。が、その数分後に消沈した顔で制服姿のまま僕のところに戻ってくる。

「どうしたの? 帰らないの?」
「まだあがりの時間じゃないから帰っちゃダメだって。やることを見つけてあがりの時間まで働けってヤンキーに言われました」

 なんだ、あいつ……。ヤンキーへの苛立ちは日ごとに募っていった。そんな憎たらしい存在なのに仕事終わりには彼といっしょに飲みにいくことが多かった。そして少し酒が入ると、彼は決まって夢を熱く語りはじめた。

「俺は伝説を作りたいんだよ。後世に語り継がれるような伝説のメニューをな」
ふーん
「小林君にはそういう夢はないのか?」
「小説を書いているけど……」
それなら、ひとついいことを教えてやる。夢っていうのはな、追うものじゃなくて、見るものなんだよ。追いかけると逃げていくんだ。女も、夢もな」
「へえ、そうなんだ」

 僕は彼の熱苦しい話をいつも適当に聞き流すだけだった。

◆派遣でやってきた女子高生

 そんな日々が続いてしばらく経った頃、現場にひとりの女子高生が派遣で入ってきた。彼女は仕事中僕のそばにいることが多かったので、暇を見つけては彼女と話した。古文の「いとをかし」の意味がどうだのというようなたわいのない話で二人でずっと笑っていた。

 彼女は何日間か連勤した。そんなあるとき、僕にこう訊いてきた。

「ところで、小林さんって年いくつなんですか?」

 訊かれたくなかったこの質問。僕は少し考えてからこう答えた。

「32歳だよ」

 本当は42歳。10もサバを読んだ。彼女に対してだけでなく、僕はこの現場すべての人に対して32歳ということで通していた。いっしょに働く若者たちからフレンドリーに接してもらえるのはたぶんそれくらいの年齢が限度だろうと感じていたからである。それとも、それはただの僕の思い込みで、本当の年齢を明かしても彼らは変わらず、壁を作らずに接してくれただろうか。

 女子高生は予定していた勤務の最終日にこう訊いてきた。

「小林さんはまだここで働くんですか?」
「たぶん最終日まで働くと思う」
「そっか。小林さんがいるのならまた働きに来ますね」
「う、うん……」

 生活費のためにまったくの不本意ではじめたことながら、僕は仕事に行くのが楽しみになってきていた。小説のほうは相変わらずなんの進展もなかったのだが、こんな日々も悪くないかもしれない。そう思いはじめていた。

 しかし、イベントも最終日に差し迫ってきた頃、そんな浮かれていた僕の頭をガツンと殴られるような言葉をヤンキーから吐かれることになった。

◆年下ヤンキーの説教に返す言葉がなかった

 その日、いつものように仕事終わりにヤンキー居酒屋で飲んでいた。その席で彼はこう訊いてきた。

「前から疑問に思っていたんだけど、小林君は小説を書いているのに、どうしてこの仕事をやっているの?」
「どうしてって……小説のほうはまだぜんぜんお金になってないから生活費を稼がないといけないし」
「要するに、小説のほうでうまくいかなくても生きていけるように保険をかけているんだろ。それがダメなんだよ。人生に保険をかけて、安全な道だけ歩こうとしているような奴が成功できるわけがない。俺はこの飲食の仕事に命を懸けてるんだ。小林君も小説に命を懸けろよ」

 返す言葉もなかった。僕も心の底ではヤンキーと同じことを思っていた。お金のため、生活のためだけに不本意な仕事を続けるのは絶対に間違っている。小説の道に生きると決めたのならば、バカみたいに小説だけを書き続けていればいいのだ。

 だけど……。

 僕はどうしても踏み切ることができなかった。どんな精神論を説いたところでそこには依然としてお金の問題が横たわっていた。また日雇い派遣をやめて小説だけを書き続ければ、またいずれもろもろの支払いの督促状が届くであろうことは目に見えていた。早くお金を払えと催促されているのに払うお金がない。心臓をきゅうっと締めつけられるようなあの惨めな思いはもう二度と味わいたくなかった。

 この先いったいどうしていけばいいのか……。どんなに考えても結論は出なかった。わかっているのは、僕はもうこれ以上ここにいるべきではないということだけだった。

 そのフードイベントが終わってからもグループLINEで別のイベントの案件や飲み会の誘いのメッセージが届いた。しかし、僕はもう二度とそれに応じることはなかった。<取材・文/小林ていじ>

【小林ていじ】
バイオレンスものや歴史ものの小説を書いてます。詳しくはTwitterアカウント@kobayashiteijiで。趣味でYouTuberもやってます。YouTubeで「ていじの世界散歩」を検索。

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