(山田 珠世:中国・上海在住コラムニスト

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 新型コロナウイルスの感染拡大で、中国がこれほどまで混乱した状況になることを誰が予想しただろうか。

 上海市に住む筆者も春節(旧正月)直前まで、新型コロナウイルスの“深刻さ”を全くと言っていいほど認識していなかった。

 上海では1月初旬に小中学校の期末テストが終わり、同月中旬には実質冬休みに入っていたため、春節前には多くの友人が旅行に出かけていた。春節休暇期間中に旅行を予定している人も多かった。大みそかの前日(1月23日)には、同日午前10時から「湖北省武漢が封鎖(公共交通機関をすべて運行停止。空港、鉄道駅を閉鎖)された」という情報が入った。それにもかかわらず、友人らの多くが「春節期間中の旅行どうする?」などと話し合っていた。筆者自身も、友人家族と一緒に旧正月当日から浙江省に旅行する予定をキャンセルするつもりはなかった。

 ところがその夜、子どもたちの担任教師からチャットアプリ「微信(WeChat)」のグループチャットで、「冬休みに入ったら、上海を離れたか否か、今後上海を離れる予定があるか否かを報告するように」との連絡が入った。数日後には「37.2度以上の熱がないか、どの都市にいるか(上海にいるか、湖北省か、それとも他都市か)」を毎日報告するように、との連絡があった。我が家は迷った末、家族旅行はキャンセルすることにした。

 そのころすでに上海でも、ウイルスや武漢の感染者に関するさまざまな情報が飛び交っていたが、「外出を控える」ほどの状態ではなかった。実際、大みそか(1月24日)には友人家族が我が家を訪れたし、筆者の家族も旧正月の朝、友人宅に遊びに行った。

1月はまだ冗談が飛び交っていた

 だが、今思えば、そのころから状況が変わりつつあったのだ。

 1月24日、上海市政府は「公衆衛生上の第一級緊急事態対応」を発動し、最も厳格な防止措置を実施すると発表した。上海ディズニーランドは同日、翌25日より休園すると発表し、映画館や娯楽施設なども相次ぎ閉鎖した。上海市で1人目の死亡例(88歳の男性)が出たのも25日のことだ。

 1月27日には、上海市に入る高速道路の入り口で検問と検疫がスタートした。そして同日、市政府は1月30日までだった春節休暇を2月2日まで延長し、さらに市内の企業に対して2月9日まで営業を認めない措置を取ると発表した。

 これを受けて微信には、「一昨日の朝、目が覚めたとき、春節休暇はあと5日残っていた。昨日目が覚めたら休暇はあと7日に。今日の朝、目が覚めたらあと13日になっていた」などという冗談がアップされた。まだ冗談を言う余裕があったのだ。

 ただ、外に出る際には誰もがこぞってマスクをするようになった。スーパーや薬局ではマスクの品切れが続出した。筆者はあわてて福岡の実家に電話をし、マスクを購入して送ってもらうよう頼んだ(ちなみに、マスクは2月中旬の今も手元には届いていない)。

突然、恐怖が襲ってきた

 上海市民の意識も徐々に変わっていった。我が家のアパートの入り口には「外出を控えよう」という張り紙とともに、湖北省に滞在歴がある人は居住区の管理委員会に届け出て、発熱している場合は速やかに病院に行くよう求める通知が張り出された。管理会社で働く人たちにもマスクが義務付けられ、エレベーターの中などが消毒されるようになった。筆者の家族も買い物に行く以外の外出は極力控えるようにした。子どもたちは1月31日以来、外に出ていない。

 上海市政府は2月4日、「重点地域」(状況に基づき変動)から上海に戻った人に対し、登記および14日間の隔離観察を義務付けた。5日には、2月末まで小学校中学校の再開を禁じる指導通達を公布した。本来、上海市の小中学校冬休み2月16日までだった。また2月6日、上海市地下鉄各駅で改札前の検温が始まった。

 そして、中国の旧正月の締めくくりである2月8日の「元宵節(げんしょうせつ)」、中国全土で再び人が大移動する日だ。怖いような怖くないような・・・そんな感覚だった筆者が、本当の意味で恐怖を感じるようになったのはこのころだ。

 アパートの入り口で、春節期間中に旅行や帰省のため上海を離れた人に対する登記が義務付けられているのを見たからなのか、アパートに入る際に検温されたからなのか。それとも、外出するとどこで感染するか分からないと思ってしまったのか。直接的なきっかけが何だったのかは、思い出せない。けれども、とにかく突然怖くなったのだ。

人も車も消えた上海の街

 筆者が勤務する会社では、年明けの最初の出勤日(2月10日)、ラッシュアワーを避けた出退勤が認められた。

 筆者は普段利用する地下鉄を避けてタクシーで会社に向かった。タクシーには、サングラスマスクを着用して乗車した。タクシーの中から見えたのは、午前中なのに明け方かと思えるほど人のいない上海の街だった。繁華街に立ち並ぶ店舗はその多くの入り口が固く閉ざされ、道路には人も車もまばらだった。

 会社が入居するビルの入り口では検温と登記が行われた。エレベーターでは、みなが他の人との間隔を保って立った。忙しさの中、出勤初日は何とか無事終わったものの、どこかで感染していたら、と思うと怖かった。

過度に怖がる必要はないが・・・

 中国政府によると2月16日時点での、新型コロナウイルスによる中国本土の死者は前日より142人増の1665人となった。死者は湖北省で139人、四川省で2人、湖南省で1人増加。感染者は湖北省で1843人増、同省を除く増加数は166人と12日連続で減少しているという。

 新型コロナウイルスの致死率は2%程度だと言われる。他の疫病と比べて致死率が低いことから、当初は誰もが封じ込めは可能だと考えていたことだろう。それができなかった理由は、感染してもすぐに症状が出ないことにあると思われる。現時点では、感染から発病までの潜伏期間は最長14日程度とされている(中国では最長で24日に及んだという論文もある)。潜伏期間中に、感染していると知らず普段通り生活し、まわりの人を感染させてしまう可能性が高い。これが新型コロナウイルスの恐ろしいところだ。

 日本では、「コロナウイルス自体は珍しいウイルスではない」「飛沫感染と接触感染のみで、空気感染はない」「手洗いとうがいを慣行していれば問題ない」など過度の不安を戒める報道も目に付く。たしかに過度に怖がる必要はないのかもしれない。ただ、もしも家族が感染したらと思うと気が気ではない。見えないウイルスの怖さは言葉では言い表せない。

 自宅近くのスーパーや果物屋などでも、入店前の検温が始まった。筆者が住むアパートでは「出入証」が配布され、入り口で「閉鎖式管理」と呼ばれる外出制限が始まっている。

「あのころは大変だったね」――新型コロナウイルスを過去の出来事として語れる日が早く来てほしい。中国に住むすべての人の願いだ。

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人通りが減った上海のショッピングエリア(2020年2月12日、写真:ロイター/アフロ)