コロナウイルス肺炎に関連して、相次いで3つの報道がもたらされました。

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 第1は、武漢で発生した新型肺炎の最初の受け入れ医療機関に指定された一つ、武昌病院の劉智明院長(51)が、コロナウイルスによる肺炎のため死亡したというニュース。

 第2は、コロナウイルス患者が発見され、横浜沖に停泊させられたままになっている大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」内に適切な防疫措置が講じられておらず、ウイルス2次培養の巣窟のようになってしまっているらしいこと(2月19日から下船開始)。

(本稿校正時点で、クルーズ船内でウイルスに感染した日本人高齢者お2人の逝去が報道されました。関連の問題については続稿で詳しく取り扱う予定です)

https://dot.asahi.com/wa/2020021800058.html

 第3は、北朝鮮で原因未確定のまま高熱を発して死亡した患者の遺体を当局がそのまま火葬したという報道です。

https://news.yahoo.co.jp/byline/kohyoungki/20200219-00163646/

 第3のケースについては、事実であるのか、より確実な裏づけの必要があるかと思いましたが、第1と第2のケースは確定した事実と見て外れないでしょう。

 この3者に共通するのは何か?

「予防疫学という専門知をもたない無知な素人政治家が、状況を悪化させ伝染病を蔓延させている可能性」というのが、直ちに見てとれる社会的疾病といえるでしょう。

 個別に確認してみたいと思います。

紺屋の白袴ならぬ「医者の伝染病死」

 まず第1の「武昌病院劉智明院長のコロナ肺炎死」ですが、ただただ言語道断としか言いようがありません。

 医師というのは、疫学的なケアによって最も守られなければならない最前線の医療従事者であるはずです。

 それが、あろうことか、まずウイルスに接触し、感染、さらに発病し、最終的に治療の甲斐なく死亡するという、3重にあってはならないことが現在進行形で武漢では発生している。

 具体的に見てみましょう。

 まず劉智明医師ですが、ウィキペディアに情報が出ていました。劉智明1968年12月28日~2020年2月18日

 1991年武漢大学にて臨床医学の研究で学士の学位取得。その後、医学修士と博士号を取得した。武漢大学では武漢大学中南医院神経外科専門家の袁先厚門下。以前は武漢市第三医院で副院長を務め、武昌医院で院長、主任医師を担当した。

 こうあります。つまり劉院長は脳外科の医師であって、院長ではあっても、およそ感染症の専門家ではない。

 診療科目が違えば、同じ医師といっても異分野では基本的に素人です。

 劉医師はどのようにコロナウイルス肺炎対策の最前線で治療にあたったのか定かではありませんが、伝染病医として最前線で指揮を執る立場にいなかったことだけは、間違いありません。

 そのような背景も基礎も、また能力も持っていなかったと思われるので、これは明白です。

 武漢市武昌医院は長江の東岸に位置し、最初にコロナウイルスが大量に見つかった、華南海鮮批発市場のある西岸とはかなり距離があります。

 直線にして6キロ程度、長江を挟んで離れている。これに対して、注目せざるを得ないのが、前回も言及した中国科学院武漢病毒研究所(http://www.whiov.cas.cn/)です。

 中国全土で唯一のP3隔離バイオ研究施設、人間に対するものとしては唯一のP4隔離バイオ研究施設のある武漢病毒研究所の住所は「湖北省武汉市武昌区小洪山中区44号邮编」。

 つまり武昌にあるんですね。武昌医院と病毒研究所も、直線距離にして5キロ程度は離れていますが、ともかく同じエリアにある医院です。

 ここで医師がウイルスに感染し、発病し死亡したということは、医師に対してですら、疫学的な予防措置がほぼ全くなされていなかったことになる。

 現代中国の穴だらけの防疫体制、つまりウイルス駄々洩れの混乱した医療現場の状況を、何よりも雄弁に示すものになってしまっています。

レッドとグリーンのゾーンが混在

 第2のケースでは、さらに論外な展開になっています。

 クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」のケースでは、米国政府からも、日本政府の検疫体制が批判されました。

 ウイルスを高濃度で含むエアロゾル環境に長く封じ込められていれば、人から人への感染の危険性は高まってしまいます。

 ダイヤモンド・プリンセス号では香港で下船した男性がコロナウイルスに感染していたことが判明しました。

 船は2月3日に横浜港に到着しましたが、乗客乗員3700人が乗船したまま横浜港に停泊、その間に感染者数が350人以上に激増してしまいました。

(本稿校正時点までにさらに634人まで増加。乗員の感染も確認され始めており、悪化は誰の目にも明らかです)

 理由は簡単で、目に見えないウイルス、どこにいるかわ分からない感染者などを適切的確に隔離し、2次感染などを予防する「防疫」の措置が全く適切にとられていなかったことは、誰が見ても明らかでしょう。

 厚生労働省や関係専門家は2月5日時点で隔離が徹底と強弁し続けているようですが、その後の患者数の伸びは、大本営発表の空疎な建前を完全否定するものと見えます。

 2月18日には神戸大学の疫学専門医が船に乗り込み、内情を視察、危険な「レッドゾーン」と明らかに安全な「グリーンゾーン」がぐちゃぐちゃに混ざっていることが明らかになりました。

 防護服を着た医療スタッフのいる場所まで、感染を疑われる人をスタッフが軽装で連れてくるといった、防疫体制ゼロのウイルス駄々洩れ状況であることが確認され、動画などを通じて社会に告発するに至りました。

 私も比較的早い時期にこの動画を、SNSで通報してくださった方のお陰で視聴することができました。

 つまり「ダイヤモンド・プリンセス号」は「武昌医院」状態にあるといって大きく外れない。

「武昌医院」を含む武漢市内の医療施設は、脳外科専門医の院長以下、疫学の基礎を身に着けていない医師たち本人もウイルスに感染して肺炎を発症し、命を失うに至っている。

 これは、武漢市内においては病院ですら「高濃度エアロゾル状態」つまり「ダイヤモンド・プリンセス号」の状態に近いといえそうです。

 ウイルスのような相手には、どのような忖度もポストトゥルースのごまかしも通用しません。

 ウイルスはなかったことにしようと資料を破棄したり、データを消去したりしたつもりになっても、病原体はしっかり蔓延し、感染は広がり、発症すれば一定の致死率で私たちの身体生命の安全を脅かします。

愚かな政治で安全を損ねてはならない

 第3のケース、北朝鮮での「高熱を発して亡くなった患者の死体を直ちに焼却」は、その実態をきちんと把握できないので、それ自身に踏み込んで言及はしません。

 ただ、病原体の特定や適切な防疫措置が取られなければ、もともと予防公衆衛生などの体制がゼロないしマイナスに近いことが報じられる北朝鮮です。

 水道の水が出ず、泥水の泥を沈殿させ、煮沸して飲用に供するようにと指示が出るような環境が現実なのであれば、北朝鮮国内の随所が「ダイヤモンド・プリンセス号」状態にならぬことを、ただただ祈るしかありません。

 もっと救いようがないと思ったのは、船の状況に関する官房長官の「問題ない」発言です。

https://www.asahi.com/articles/ASN2L3QF5N2LULFA00C.html

 これはもうポストトゥルースの極北というか、どうしようもないとしか言いようがありません。

 専門医が乗船して、現場を実際に見て「危険だ」と指摘しているのです。

 これに対して「感染拡大防止に徹底して取り組んできている」「イエスかノーで答えることはできない」と、本当に官房長官が認識しているとすれば、危機管理の体制に穴が開いていることを意味するだけです。

 さらに、実際には問題があると理解しながら政治的に発言しているとすれば、それこそ「武漢」あるいは「北朝鮮」と同じ岸に立つ「ポストトゥルース」と指摘せねばならないでしょう。

 ダイヤモンド・プリンセス号の防疫措置に問題があったことは、米国からも指摘されているように客観的に見て事実と判断するのが妥当でしょう。

 ありがちな「事なかれ主義」で幕引きを図り、情報を囲い込み、本当のリスクを社会に広く伝えなければ、パンデミック、流行疫は蔓延して、何の不思議もありません。

 たとえば、多くの厚生医官たちの上に、官邸とのバイパスとして医者でも何でもない補佐官が影響力を持つ、かなり例外的な体制そのものが、実は問われているのではないか?

 そうした当該補佐官は、部屋と部屋がつながった不思議なホテルの問題でメディアに登場しているようにも思いますが・・・。

 政治的な配慮というバイパスが先に立って、正しく科学的な判断が後手になるとすれば、「下関市立大学破壊問題」などと同様「ウイルス版桜を見る会」などと呼ぶしかありません。

 少なくとも中華人民共和国指導部については、この「ウイルス版」忖度を指摘せねばならないように思われてなりません。

(つづく)

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乗客の下船が始まったダイヤモンド・プリンセス(2月19日、写真:AP/アフロ)