2019年12月に東京で上演された舞台「巌窟王 Le théâtre」がdTVチャンネルのひかりTVチャンネル+で配信予定。そこで、モンテ・クリスト伯爵を演じた谷口賢志に、舞台に懸ける思いや見どころなどをインタビューした。

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■ 他の役者にモンテ・クリスト伯爵を演じられたら一生後悔するなと思いました

――谷口さんと「巌窟王」との出会いを教えてください。

14~15年前ですかね、20代後半の頃でした。僕はその頃、役者としてあまりうまくいっているほうではなくて、どんな仕事をすればいいんだろうか、どうすれば芝居がうまくなるのだろうかとすごく悩んでいた時期でした。ちょうどアニメ原作の舞台が上演され始めた頃でしたが、まだ2.5次元という言葉は生まれていませんでしたね。

これからいろんなアニメ原作の舞台や映画が作られる可能性が高まるだろうと考えて、改めてアニメを見始めたんです。そして、最初に見たのが「巌窟王」だったんです。もともと小説の存在は知っていたので、小説からアニメになることもあるのかという驚きがありました。背景もセリフも音楽も、もう何から何までおしゃれで、今のアニメってこういうふうになっているのかと衝撃を受けたことを覚えています。

――舞台を拝見しましたが、谷口さんの役に対する強い思いが伝わってきました。

ありがとうございます。「どんなアニメを舞台にしたらいい」って聞かれたら、必ず「巌窟王を舞台にしたい、モンテ・クリスト伯爵を演じたい」と言い続けてきました。ですから今回、お話をいただいた時に、他の役者さんにモンテ・クリスト伯爵を演じられてしまったら一生後悔するなと思い、「絶対僕にやらせてください」と言いました。

――既にベテランの領域に足を踏み入れている谷口さんですが、若い俳優との間にギャップを感じることはありますか?

自分が演劇を始めた頃と今とでは「面白い」ことに対する価値観が大きく変わったと実感しています。その中には2.5次元の躍進もありますね。時代というのはどんどん変わり流れていくものなので、僕が経験してきたことや学んできた技術が、今の若い人たちにマッチするのかどうか、いつも悩みながら話しています。

■ 人間が本気で生きている姿を見せることに価値があると思うんです

――今回の舞台も若い俳優さんがたくさん出演されていますね。

今回の「巌窟王」の舞台で僕が若い共演者たちに伝えているのは、声優さんの声マネをしたり、ウィッグをつけて見た目を似せているだけでは、それは演劇ではないし、お芝居ではない。本当の意味で演技を楽しむって、“ここから先、何を考えてどうするかってことだよ”ということです。演技が面白いと思える種みたいなものを、みんなにあげたいと思っています。

――若い俳優さんたちにとって、谷口さんとの共演は大きな財産になると思います。

そう思っていただけたら嬉しいです。僕らの時代は本当に仕事がなかったし舞台に出ることもできなかった。うまくなるためには必死に考えるしかなかった。もがいてでも意地でもお金を稼ぐために何かをしないとダメだった。たしかに今は舞台には出られるし媒体があふれていてチャンスも増えた。

へたしたら演技をしたこともない子でもキャラクターに似ているというだけですぐに舞台に立てて、何千人の観客に“キャー”って言われてしまう状況になるかもしれない。それはいいことでもあるけれど、反面怖いことでもあると思います。今は若くてカッコいいって言われていればお金が貰えるかもしれない。だけどそれでは30代、40代になった時に役者として通用しないと思います。

舞台を観に来る人って、その場(舞台)で本気で生きている人を見に来ているような気がして…ですから、声や見た目ではなく、人間が本気で生きている姿を見せることに価値があると思うんです。今の僕の年齢(42歳)位になった時に、どんなお芝居をしていたいのかということを20代のうちから真剣に考えていてほしいので、そんなふうに思ってもらえるような背中は見せていたいなと思っています。

――若いみなさんは応えてくれましたか?

小難しいことが苦手だって言う人にも、小難しいことの面白さもあるんだよって伝えていけたらいいなと思いながらやっています。僕もそうだったので(笑)。何も知らない若造だったのが、いろんな演劇や映画を観て、どんどん世界が広がって人生が豊かになったという実感がありましたから。

だからいろんな人にそんなふうに思ってもらえるような演技をしたいですね。そのためにはみんなといろいろな話をしながらやっていきたいと考えています。今は「台本が変わります」って言うと、若い役者はみんな「えっ、分かんない」ってなっちゃうし、「自分のやるべきことを考えてきた?」って聞くと、「考えていません」って平気で言うんですよ(笑)。

「君の役だよ、なぜそこにいるのか考えなさい」と根気よく教えていくと、向こうから「賢志さん、ご飯行きませんか」って言ってきて、「これはこうですか、どうですか?」って質問もしてくるようになりました。そうやっていくうちにみんながどんどん考えるようになり、アイディアも出すようになって、最終的にはとても素敵な稽古場になりました。

――一方で同世代の方々との共演は楽しめましたか?

そうですね。今回はいい具合に大人チームと若手チームとに分かれていましたので。大人チームとは全員古くからの付き合いがあり、舞台上で本気でケンカしながら仲良くできる仲間たちなので、信頼して思いっ切りやりあっています(笑)。

――今回の舞台は、照明や音響の効果も見どころの一つですね。

舞台は総合芸術と言われていますが、音楽や照明、そして今回は映像も含めて見応えがあります。そういった意味で言うとあらゆる2.5次元の中でも「巌窟王」は総合芸術として表現しやすい作品なのかなと思います。衣装へのこだわりも強くて、僕のマントに映像が映るようになっているんですけど、とにかくカッコいいです。生で見ての迫力は、もちろんすごいですけど、映像で見ても背景など美しく映っています。

――生で観るのが舞台の醍醐味ですが、配信で見る楽しみ方を教えてください。

配信の一番のメリットは、遠く離れている方にも演劇を観ていただけるということですね。僕は東京都内でいつも演劇をやっているので、東京以外の所に住んでいる方々から、なぜ東京でしかやってくれないんだという声をよく聞きます。僕たちだって行けるものなら全国いろんな所に行きたいんですが、そういうわけにもいかないので、やはりこの配信があるというのはとてもすばらしいことだと思います。それに、俺、今メッチャいい顔している、ここ寄ってくれたら細かい芝居が伝えられるのになって思う時もあるんですが、映像だとそういうところも見てもらえるのが嬉しいです(笑)。

――今は舞台上の臨場感を映像でもだいぶ感じることができるようになりましたね。

本当に素晴らしいですよね。僕は舞台も映像もやりますけど、演劇をやっている時は特にそういうことを考えます。今は映像の技術が上がっていますし、ちょっと小さいカメラを舞台の中心に置いておけば、家でVR画像で見れちゃうんじゃないかと(笑)。そうするともう劇場に足を運ぶっていうことがなくなってしまうんじゃないかとか、劇場がなくなってしまうんじゃないかとか、そういう危機感を感じながらも、映像の面白さも認めています。また、生だからできること、伝えられることを、役者一人ひとりが真剣に考えていかないといけないなとも思っています。

■ ただの復讐劇ではなく、その先に希望を届けられるような本当に優れた作品

――「巌窟王」のような復讐劇の魅力って何ですか。

僕も復讐劇が好きですが、やっぱりみんな正直者がバカを見る世界は嫌いだと思うんですよ。心のどこかで、一生懸命生きている人や正直者は幸せになってほしいし、それを邪魔する人や悪いことをした人を成敗してほしいと願っているんです。必殺仕事人じゃないですけど、ずるいことをしている人を許したくないという気持ちは誰もが持っているもので、そこが復讐劇の魅力なんだろうなと思います。

――この物語はまさに復讐劇という魅力にあふれている作品ですね。

はい。今回の舞台の基になっているアニメ版は、モンテ・クリスト伯爵が主役ではなく、アルベールという男の子を主役に置いているという点が非常に面白いところなんです。モンテ・クリスト伯爵の復讐はいろんな形で果たされていくのですが、そんな絶望の中でもそれを抱きしめられる愛があるんです。アニメ版の「巌窟王」は、ただ復讐だけではないその先に希望を届けられるような、本当に優れた作品だと思います。

――複雑な物語のようで、実は内容はストレートなんですよね。

すごいシンプルなんです。悪いことをした3人組がお金持ちになっていって、そこに裏切られた男が復讐しに来るという話なんですが、シンプルなものって深いなと改めて思いました。

――アクションシーンも、この作品の見どころの一つですね。

映像も使って、すごく迫力のある戦いが表現されています。甲冑同士の戦いもありますし、みんなが必死で頑張って暴れまわっている姿を楽しんでください。

――本来は長編ドラマですが、舞台ではダイジェストのように伝えていかなければならない難しさもあると思います。

ありますね。そこはどうしても避けては通れないところです。けれど、そこはそこで俳優としては苦しくとも楽しく考えられる部分ではあるので、ダイジェストだからこそ生まれる舞台版の魅力を届けられたらいいと思っています。

■ アニメ「巌窟王」から15年、そしてエドモン・ダンテスが牢獄に入れられていたのが同じく15年!

――この舞台を観ることがきっかけになってアニメ版の『巌窟王』に興味を持つ人もいるのではないでしょうか。

それは、こういう舞台の目的の一つだと思います。舞台を楽しんでもらうのはもちろんですが、アニメを見たことがない人にも見てもらうことで、その世界がもっと広がればいいなと思っています。そして小説の原作にまで手を伸ばしていただけたら、さらにいろんなものが広がっていってくれるんです。そこに大きな意義があるなと思っています。逆に15年前にアニメを見ていた人たちがもう一度思い返し魂を震わせてくれたら、そして涙を流してくれたら嬉しいですね。

――配信を楽しみにしているファンへメッセージをお願いします。

アニメ『巌窟王』から15年が経ちました。そしてエドモン・ダンテスが牢獄に入れられていたのが同じく15年間で、奇跡的にも同じ時間を経て今回、舞台として復活することができました。そして光栄にもモンテ・クリスト伯爵を演じさせていただくことができました。もう偽りなくみんなで命懸けで作った舞台です。会場に足を運べなかった方もたくさんいると思いますが、今回は配信という機会を得られました。僕たちは画面を通してでも魂が伝わる演技をしていますので、それがみなさんに届いてくれれば嬉しいです。舞台『巌窟王』を存分に楽しんでください。

たにぐち・まさし●1977年11月5日生まれ、東京都出身。1999年救急戦隊ゴーゴーファイブ」のゴーブルー/巽流水役でデビュー。2020年5月、舞台「BEASTARS THE STAGE」、6月舞台「Re:フォロワー」に出演予定。(ザテレビジョン

舞台「巌窟王 Le théâtre」について語る谷口賢志