◆作り手は「ホラーではない」と断言している、しかし……

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 2月21日より映画『ミッドサマー』が公開されている。監督を務めるのは『ヘレディタリー/継承』2018)で「ここ50年でのホラー映画における最高傑作」などと絶賛を浴びたアリ・アスターだ。

 筆者は、その『ヘレディタリー/継承』のクライマックスでのあまりの恐怖に涙を流してしまい、その夜はいい年をして電灯を消すのが怖くてなかなか寝付けなかった。それほどの衝撃作を経ての長編第2作となるこの『ミッドサマー』に、大いに期待して試写に足を運んだのは言うまでもない。

 結論から申し上げれば、『ミッドサマー』は凄まじかった。観た直後は生まれたての子鹿のように脚がガクガクと震え、この映画を作ったのは人間じゃないとまで思い始めた(我ながらひどい)。しかし、実際のアリ・アスター監督のルックスはつぶらな瞳をしたチャーミングお兄さん(現在33歳と若い)だ。あの笑顔から、どうしてここまでの映画が作れるのだろうか。本気でそう疑問に思うほどに、良い意味での地獄を体験できる作品だったのである。

 そのアリ・アスター監督は本作の舞台挨拶やインタビューで、「ホラーではないですし、怖くもありません」と繰り返し主張している。個人的には「嘘だー!マジで怖かったしホラーだったよ!」と大人気ない反論をしたくなるのだが、一方では「確かに、これをホラー映画とカテゴライズしない理由もわかる……」と、その作り手の意見を尊重したくなる気持ちも芽生えてくるのである。

 そう、『ミッドサマー』は観る人によって「怖い」「怖くない」「ホラーである」「ホラーでない」という印象が間違いなく分かれる映画だ。そして、その“観る人によって印象が違う”ことにこそ、奥深さや面白さの秘密がある作品だったのだ。その理由を大きなネタバレのない範囲で、以下に解説していこう。

◆1:明るい世界でこそ示せる心理と物語がある
 まずは、あらすじを記そう。ある事故で家族を失ってしまった大学生ダニーは、彼氏とその友人たちと共にスウェーデンの奥地の村を訪れる。そこでは90年に一度の祝祭が行われており、太陽が沈まない白夜の中、次第に不穏な空気が漂い始め、やがて彼女たちは悪夢のような事態に巻き込まれていく……。

 導入部を客観的に捉えれば、「ある土地に訪れた若い男女が恐ろしい目に遭う」という、それこそ『悪魔のいけにえ』(1974)に代表される典型的なホラー映画にも思える。その土地にカルト的な宗教が浸透しており、信仰者たちによる恐怖を描くという点では『ウィッカーマン』(1973)や『サクラメント 死の楽園』(2013)も連想させる。そこだけを切り出せば目新しさはなく、むしろホラー映画という“型”にはまっているとも言えるだろう。

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 しかし、『ミッドサマー』が他のホラー映画と一線を画するのは、何よりも“明るい”ということだ。真っ青な空、緑生い茂る草原、白を基調としカラフルな装飾も散りばめられた衣装の数々は、どこを撮ってもインスタ映えしまくる美しさだ(実際に公式インスタグラムも本当に映えている)。それぞれのシーンカットして取り出しただけでも、芸術作品として存分に認められるだろう。

 しかし、その明るいこと、どれだけ時間が経っても夜が訪れないということが、とてつもない不安を呼び寄せる。観客はこの後に恐ろしい出来事が起こることを知っているし、重低音が響く音楽も非常に不穏であるからだ。しかも、やがて凄惨でグロテスクな画も、明るい場所でバッチリと映ることになる。

 アリ・アスター監督は、本作が「心の平静と方向性を失う女性の物語」であることを前提として、「太陽が決して沈まず昼夜の区別がつかないというストレスを感じる状況に主人公を置いている」とも語っている。なるほど、この明るさは、精神的な“躁”の状態とも言えるだろう。

 主人公は(詳細は伏せるが本当に悲惨な)ある事故で家族を失うという不幸を経験しており、ともすれば暗い気持ちに沈んで精神を落ち着けたほうが健康的とも思えるのだが、この太陽がさんさんと降り注ぐ白夜の祝祭はそれを許してはくれない、むしろ明るいことでずっと気持ちが高ぶってしまうような、居心地の悪い高揚感を覚えるのである。

 その明るく映える画には、ごく細かいところにまで、並々ならぬこだわりがある。スウェーデンの民間伝承やドイツイギリスの夏至祭などを参照したしたという、古代北欧風の文字、宿泊小屋や住居の壁に描かれた壁画、セットインテリアなどが、長い歴史や信仰を示しており、本当にこの恐ろしい宗教が実在しているようなリアリティを感じさせる。

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 しかも、それら精巧なセットの1つ1つには“意味”も込められている。アリ・アスター監督は「観客に明らかな兆候を示すことなく、これらの絵画の中に隠されていることが、映画の中で起こる」「この映画には、たくさんの隠されたメッセージが潜んでいる」とも語っており、15秒バージョン予告編で示される「全シーン、伏線」も伊達ではなかったのだ。(特に映画の始まり、ファーストカットは見逃さないようにしてほしい)
 全体的にはゆったりしたテンポの物語運びであり、上映時間も2時間27分と長めであるが、美しい画のどこに伏線が隠されているのかと探していく面白さ、全体的な”地獄がいつ始まるかわからない”不気味も存分にあるため、気が抜けることはないだろう。

 まとめると、『ミッドサマー』の明るさは、暗い画で構成された普通のホラー映画の単なる“逆張り”などではない。美しく明るい画は、主人公の不安定な心理を表すために必要不可欠であり、芸術作品として格調高いものでもあり、サブリミナルのように観客の潜在的な意識下で物語を伝えようしている、非常に重要なものなのだ。

 なお、グロテスクな画がバッチリと映るとは前述したが、アリ・アスター監督はただいたずらに残酷なシーンを入れているわけではなく、「何らかの暴力が登場人物に影響を与える時、ストーリーラインのなかで必然だと思った時だけに、残酷描写を使うようにしている」とも語っている。確かに、映画本編を観れば、当たり前でもある“人間の肉体のもろさ”を示すため、登場人物のショックに同調するための必要最低限の残酷描写だと同意できる。とは言え、容赦のないグロさがあるのは事実なので、覚悟して観てほしい。

◆2:主人公の視点に立てば“失恋ムービー”になる
 前述したように、『ミッドサマー』の物語の導入部は典型的なホラー映画とも言えるものだが、ジャンルに関してアリ・アスター監督は「僕はこの映画をホラーだとは一切思っていない」と断言している。

 では、アリ・アスター監督が本作をどう捉えているか?と言えば、制作中はジャンルのことを考えていないことを前提としつつも、“ブラックダークコメディ”とも捉えられる、もしくは主人公の女性の観点では“おとぎ話”であり、“失恋ムービー”でもあるのだと考えているのだそうだ。

 中でも重要なのは“失恋ムービー”ということだろう。何しろ、主人公とその彼氏の関係が(主人公の家族の不幸のこともあり)、あからさまにやり取りがギクシャクしていて、彼氏はやがて彼女に対しとある“やらかし”もしてしまうのだから。客観的に見て、「このカップルは別れたほうがいいんじゃないか?」と思ってしまうだろう。

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 さらに、その彼氏が連れている友達は、女性である主人公がそばにいても性的なジョークを口にしている、男性権威主義的ないやらしさを感じさせる存在だ。主人公は精神的に不安定な中、男性ばかりの不健全な人間関係の中で行動せざるを得なくなっているのだ。

 この人間関係が、白夜の祝祭に参加することでどのように変わっていくか……はネタバレになるので書けないのだが、その結末は主人公にとってはある種のカタルシスを感じさせるものでもあった、ということだけは告げておこう。

 そこには、「映画という架空の物語(おとぎ話)の中でだけでも、失恋をした(これからする)女性の気持ちを“整理させてあげる”」ような、逆説的な優しさすら感じさせた。間違いなく、フェミニズム的なメッセージも込められているのである。これは、確かにれっきとした失恋ムービーではないか!(広がっている光景は地獄そのものなのに!)

 また、本作を“ブラックコメディ”であるともアリ・アスター監督は語っているが、確かに終盤のとある展開はひどすぎて、もはや笑ってしまう勢いに到達している。おそらく心の優しい人にとっては笑えないだろうが、他人の不幸が大好きだという底意地の悪い人にとっては大爆笑ものなのかもしれない(←偏見)。

 このように、主人公女性の気持ちに寄り添って観てみると、“失恋ムービー”や“ブラックコメディ”だと思える部分が確かに際立ってくる、そう感じる人にとっては「怖くない」「ホラー映画じゃない」という印象が強まるとも思えるのだ。逆に言えば、主人公以外の男性キャラクター自己投影をしている人にとっては、あの終盤の阿鼻叫喚の地獄を見て「怖いじゃねーかよ!」「完全にホラーだよ!」と憤慨するかもしれないが……。

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 なお、『ミッドサマー』は一部では“カップルで観ると別れる映画”とも言われている。そのことに対し、アリ・アスター監督は「固い絆で結ばれているカップルが観てもなんの問題もないと思いますが、別れたほうがいいと思うカップルが周囲にいたらぜひおススメしてください(笑顔)」と答えていた。この人はマジである。

 筆者としても、本作はぜひカップルに観てほしい。信頼し合っているカップルであればむしろお互いの信頼関係を強固にできるきっかけになるし、ズルズルと関係を続けてしまっているカップルはスッパリと別れて前向きに人生を歩むきっかけにもなる。どちらにせよ、良い未来への足がかりになると冗談抜きで思える内容なのだから。

 ちなみに、アリ・アスター監督は自身が付き合っていた彼女と別れた経験から、本作を“恋愛関係の終焉”や“人間関係の別離”の物語にすることを思いついたのだそうだ。実際の失恋の心の傷から、これほどまでにとんでもない映画を作り出すとは、この人の頭の中はいったいどうなっているのだろうか……。

◆3:ホラー映画というラベリングがもったいない理由がある
 アリ・アスター監督はこうも語っている。「僕は毒性のあるカタルシスが好きなんだよ」「1つの結論を示しながらも、しばらく頭の中に不穏な空気を放ちながら、漂っているようなね」「すっきり終わって、思い巡らせる要素もなく、すぐに日常に戻れるような映画は苦手だよ」などと……。

 まさに、『ミッドサマー』の物語は「ひどすぎる地獄に思えるけど見方を変えればハッピー!」とも言える毒々しさに満ち満ちているし、ある種の“癒し”とも解釈できるものだ。それは同時に、頭の中で単純には整理できない複雑な心境にさせてくれる、観た後はすぐに心地よい日常には戻らせてはくれない、良い意味で“ずっと引きずってしまう”ものなのである。

 そのことに限らず、明るい場所で起こる地獄そのものの光景と、土着の宗教のヤバすぎる“慣習”に巻き込まれてしまう流れが組みあわさることで、『ミッドサマー』は唯一無二と言える映画体験を与えてくれる。もはや「怖い」「怖くない」「ホラーである」「ホラーでない」という議論は脇に置いておいても構わない、その「こんな映画は観たことない!」という衝撃を積極的に期待して劇場に足を運んでほしいのだ。

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 なお、アリ・アスター監督は本作をホラー映画と呼びたくない理由について、もう1つ付け加えている。それは「ホラー映画というラベルをつけると、それだけで観ないという方が一定数いる」ということ。それをもって、「この映画はホラーが好きではない人にも楽しんでもらえる」「決して怖がらせようとしている映画ではない」とも明言しているのだ。

 そうなのだ。確かに「ホラー映画は嫌い」と十把一絡げにジャンルについての苦手意識を持っている方はいて、短絡的にホラー映画というラベリングをしてしまうのは鑑賞の機会を逃すきっかけにもなる。その理由だけで、この『ミッドサマー』を観ないというのは、あまりにもったいない。むしろ「全然ホラーじゃなかった!むしろ癒された!」という方も確実にいると思える内容であるのだから。

 ぜひ本作を観て、これは「ホラーなのか?」「失恋ムービーなのか?」「ブラックコメディなのか?」などと、良い意味でモヤモヤとしてほしい。その多様な内容の捉え方ができるということそのもの、人によって印象が異なるということが、『ミッドサマー』という映画の豊かさそのものなのだから。

 願わくば、カップルでこの『ミッドサマー』を観た時に、お互いの印象や感想が違ったとしても、それを理由にしてケンカをしてしまうのではなく、その感性や気持ちを(関係性を強固にするにせよ別れるにせよ)見つめ直し認め合う機会になれば幸いだ。本作をホラー映画でないと信じるか信じないかは、あなた次第である。

【参考資料】
ラジオ番組「アフター6ジャンクション2月17日放送 映画『ミッドサマー』アリ・アスター監督インタビュー
【インタビュー】『ミッドサマー』アリ・アスター監督、「自分が危機に瀕している方がいいものが書ける」シネマカフェ 2020年2月17日
「ミッドサマー」アリ・アスター初来日、「別れたほうがいいカップルに薦めて」映画ナタリー 2020年1月30日

<文/ヒナタカ>

【ヒナタカ】
インディーズ映画や4DX上映やマンガの実写映画化作品などを応援している雑食系映画ライター。過去には“シネマPLUS”で、現在は“ねとらぼ”や“CHINTAI”で映画記事を執筆。“カゲヒナタの映画レビューブログ”も運営中。『君の名は。』や『ハウルの動く城』などの解説記事が検索上位にあることが数少ない自慢。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter@HinatakaJeF

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