真のチャレンジ
2016年のディフェンダー生産終了は、まるでひとつの時代が終わりを告げたようだった。
68年間に及んだその生涯で最後の1台がラインオフする瞬間を見守るため、世界中のメディアがランドローバーのソリハル工場に集まるなど、かつてどんなモデルも成し得なかったことだ。
その後の4年間には様々な憶測も流れた。
そして、ついに先代のオフロード性能を保ちつつ、オンロードでの快適性も身に付けたとされる完全新設計の新型ディフェンダーが発表されたのであり、このクルマはスロバキアの新工場で生産されることになる。
ニトラにあるこの新工場はディスカバリーの生産開始に伴ってソリハルから移転したものであり、2018年10月に稼働を開始している。
ニトラ工場の実質的な責任者、ラッセル・レスリーはバーミンガム出身のナイスガイであり、ディフェンダーの生産ラインを含め、26年間に渡り世界中のJLR工場で働いた後、ここスロバキアへとやって来た。
ディスカバリーは生産工程が確立されていたため、ニトラへの生産移転は通常よりも簡単だったものの、いままさに真のチャレンジが始まったのだと彼は話す。
「世界中がわれわれに注目しています。ディフェンダーの生産に携われることはこの上ない名誉です」
もちろん、新型が英国で生産されないことを嘆く純粋主義者もいる。
レスリーは、「いまわれわれは世界中に生産拠点を拡げているところです。デザインとエンジニアリングに関しては英国製品であることにこだわっています」と、話している。
「将来モデルへの対応のため、英国にある工場のスペースをチェックしました。その結果、移転が必要だと判断されたのです」
「ニトラの新工場は新たな市場へのアクセスを可能にするとともに、為替の影響を軽減してくれます」
生産能力を確保
ソリハルの約2倍となる18万6000平方メートルもの敷地に新設されたこの工場は、間違いなく地元にも恩恵をもたらしている。
完ぺきに整備された数kmもの道路が、サプライヤーの工場が集中するエリアを抜け、工場へと続いている。
ニトラの新工場がもたらした効果はデータが示しており、この地域の失業率は劇的に改善している。
工場では2800名を雇用しているが、自動車工場としては珍しく、そのうち1/3以上を女性が占めている。
各工程は人間工学に基づき設計されており、年齢、性別や体格にかかわらず、全人口の97%のひとびとが対応できるようになっていると言う。
ニトラ工場の年間生産能力は15万台であり、昨年は3万8000台のディスカバリーと、2000台のディフェンダーがこの工場から送り出されている。
JLRでは受注予想を明らかにしていないが、昨年の生産台数が本来の生産能力のわずか1/4に留まっているということを考えれば、新型ディフェンダーに大きな期待が掛かっているということだろう。
レスリーは、「つねに3シフトでの操業を考えて設備を導入しています(現在は2シフト体制だ)。一定の時間当たり生産台数が達成できるようラインを設計する必要があります」と、説明してくれた。
「今後必要になると考えられる生産能力は確保しています」
まるで別世界
ニトラ工場はディスカバリーと、90と110、2種類のホイールベースを与えられたディフェンダー向けに設計されているが、その他のディフェンダー・ファミリーもこの工場で生産されることになる。
今後数年内にメルセデスAMG G63のライバルとして、130という名のラグジュアリーモデルが登場予定であり、このクルマは先代ディフェンダーがついに成し遂げられなかった、高い収益性を確保するためのカギを握ることになるだろう。
ディスカバリーとディフェンダーは同じラインで混流生産され、それぞれの生産台数は任意に設定することが出来ると言う。
レスリーは、「この2台には微妙な違いがあります。例えば、ディスカバリーのテイルゲートは購入品ですが、ディフェンダーの場合は社内で生産しています」と、話す。
「それでも全体として見れば、ラインの生産性を上げるために標準化を進めています。シートはどちらのモデルでも同じステーションで取付けを行うといったようなことです」
このハイテク満載の工場はウエストミッドランズの生産ラインとはまるで別世界だが、新旧ディフェンダーの生産における最大の違いとは何だろう?
「使われているテクノロジーがまったく異なります」と、レスリーは言う。
革新的テクノロジー
「いまディフェンダーとディスカバリーを生産しているボディショップでは642基のロボットが稼働しています。当時ディフェンダーを生産していたボディショップで何台のロボットが稼働していたかは知りませんが、おそらくは1桁だったはずです」
「いまでは環境負荷の少ない高度な技術を採用した塗装ラインが実現していますし、内装工程はわたしがかつて働いていたソリハルとはまったく異なるものです」
「つまり、新旧の生産ラインの見た目は似ていたとしても、その中味は大きく違うということです」
JLRがニトラ工場で初めて導入した数々のテクノロジーのなかでもっとも注目すべきは、ボディショップで採用されている、リニアモーターカーと同じような技術を使った革新的なベルトコンベアだろう。
これまでに比べ30%も速い秒速3.7mという搬送速度を可能にしたクーカ・パルスの採用は、欧州でこの工場が初の事例であり、このコンベアでボディシェルを構成する400ものパーツを運んでいる。
ここで最初に行われる主要工程がアンダーボディとボディサイド、そしてルーフヘッダーの組み立てであり、この工程が終わるとようやくこのボディがディフェンダーのものだと分かるようになる。
ボディショップで責任者を務めるクリスチャン・クラッソンは、「ここでの作業は誤差0.5mm以内の完ぺきさが求められます。ボディシェルの組み立てに必要な作業時間は2分です」と教えてくれた。
アルミニウム製の骨格で必要な強度を確保するため(新型ディフェンダーはランドローバーのラインナップ中で圧倒的に高い強度を誇ると言われている)、3600カ所のリベット止めと170m分の接着が行われる。
どんな不具合にも対応
クラッソンは、「アルミニウム製骨格を採用したことによるメリットは、溶接よりもその組立工程がクリーンで静かだということです。ですが、リベットによる固定には高い精度が要求され、それは溶接の比ではありません」と、話す。
ボディショップで唯一人間が主役となるのが、ドアとフェンダー、ボンネット、そしてトランクリッドの取り付け工程だ。
すべての工程が完了すると、組み上がったボディは厳しいチェックを受けることになる。
「どんな不具合にも対応出来るようステーションが3つ用意されています」と、クラッソンは言う。
「英国のラインははるかに長いものでした。初めてあるべき姿を実現出来たことを誇らしく思っています」
時間が足りないのでペイントショップをパスして、13万4000平方メートルという圧倒的な敷地面積を誇る内装と最終工程の建屋へと向かうことにした。
ここでは最初にインテリアの組み付け作業が容易に行えるよう、ドアが取り外される。
そして、何よりも注目すべき存在が、ガラスを持ち上げ、糊付けをし、1分以内にサンルーフを所定の場所にセットすることの出来るガラス組み付けロボットだろう。
内装と最終組み立てで責任者を務めるウラス・バグチが、エンジンとラジエーター組み付けなどの主な工程を説明してくれた。
「ここでボディとエンジンが初めて組み合わせられるのです」と、彼は言う。
新たな経験 学び続ける
生産ラインに250あるステーションのそれぞれに、目立たない黄色のロープが設置されているが、このロープを1回引くとチームリーダーが手伝いに、2回引くとラインがストップするようになっているのだ。
「2分間の作業の途中でラインがストップするとその影響は甚大です」と、バグチは言う。
だが、組み立て工程全体で最大の課題は、「ボトルネックとなっているのが非常に複雑な電子機器類の組み付けです。すべては電子制御です」と、彼は話している。
最後にレスリーは、「新型モデルの生産開始はつねに新たな経験です。ましてや、新たな国で新たなチームであればさらなる困難が付きまといます。学び続けるだけです」と、話している。
「新型ディフェンダーのデザインとエンジニアリングは英国で行われていますが、新型モデルの生産を新工場で行ったのは初めてのことでした。それでも、スケジュールどおりの立上げに成功し、需要に応じて生産台数を伸ばしています」
われわれが工場見学を終えると、ちょうど数百人のオペレーターがシフトの交替に合わせてJLRがアレンジしている7台のバスから続々と降りてきた。工場へと彼らを運ぶ公共交通機関がまだ整備されていないのだ。
この状況に対処すべく、地元行政との対話が続けられているというが、生産ラインに求められる完ぺきさを知った後では、スロバキアの公共交通が英国よりも正確であることを祈らずにはいられない…
番外編:隠れた自動車大国
スロバキアと聞いて何を思い浮かべるだろう?
おそらくビールやお城が頭に浮かぶだろうが、自動車産業でないことは間違いないだろう。
それでも、2007年以降、驚いたことにこの中央ヨーロッパの国は人口当たりで世界最大の自動車生産大国となっている。
去年は人口1000人あたりで202台の車両を生産しており、その合計数は110万台に達している。
ジャガー・ランドローバーに加え、キアにPSAグループ、さらにはフォルクスワーゲンUpや高級SUVのアウディA7、ポルシェ・カイエンなどを生産するフォルクスワーゲングループもこの国に進出しているのだ。
自動車業界全体で約27万5000人の新規雇用を創出している。
地元政府のサポートが受けられるニトラでは、2015年12月に11.2%だった失業率が2019年12月には2.1%にまで改善しており、これはこの地で最低の数値だ。
かつては農業国だったスロバキアだが、いまでは全産業の50%を自動車関連が占めるまでになっている。
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