リーズナブルなコストを実現
ヴォクゾール・コルサのクラッチリリースレバーが必要なら、16ポンド(2300円)程度で明日には届けてくれるというサプライヤーが何百といるに違いない。
だが、探しているのが究極の希少モデル、ポルシェ959用のパーツだとしたら、ショップはもちろん、インターネットでも見つけ出すことは難しいだろう。
こんな時、ほんの1年前であれば、莫大な金額を出して特別に製作されたパーツを購入するしかなかった。
だが、2018年からポルシェではレーザー溶融法と呼ばれる3Dプリンターを使って、必要に応じてリーズナブルなコストでこうしたパーツの供給を行えるようになっている。
実際のパーツをスキャンしたCADデータに基づき、密閉容器内に薄く拡げた金属粉をレーザーで溶かし固めるプロセスを繰り返すことで、必要なパーツを成型するのだ。
さらに、樹脂などの材料に適した方法として、レーザーで樹脂パウダーをほぼ溶融するまで熱して成型を行うレーザー焼結法がある。
ポルシェでは、層をいくつも重ねることから「アディティブ・マニュファクチュアリング(付加製造)」と呼ばれるこうした技術を使って、自社のクラシックモデル向けに30種類ほどのパーツを生産しているが、もしこれまでのようなやり方しかなければ、法外な値段を請求するしかなかっただろう。
そして、こうした手法でパーツ生産を行っているのはポルシェだけではない。
規模の大小を問わず、多くの自動車メーカーが3Dプリンターを使ってプロトタイプからワンオフ金型用の雄型、さらには機能パーツといったものを創り出している。
完成品を分解することで、その生産過程を解き明かしていくことから、こうしたやり方はリバースエンジニアリングと総称されている。
ハイテクのオアシス
そして、リバースエンジニアリングを行っている1社がノッティンガムに拠点を置くA2P2だ。
イアン・ナットホールが設立した、歴史的価値を持つロードモデルとサーキットマシン双方のレストアとメンテナンス、さらには販売まで手掛けるINRacingの活気溢れる工場の奥に彼らのオフィスはある。
われわれが訪問した時、INRの工場のなかは1959年のテック・メック・マセラティやグラハム・ヒルがステアリングを握った同じく1959年製のロータス15、2台の1952年製クーパー・ブリストル、さらには1965年製アウトデルタ・アルファ・ロメオGTAといった希少モデルで溢れかえっていた。
A2P2の創業者、アリスター・ピューに話を聞くと、彼らもこうしたヒストリックモデルの維持に一役買っていることが分かった。
リフトや旋盤、さらには巨大な5軸のCNCフライス盤などが置かれたINRの工場とは対照的に、A2P2のオフィスは静けさを湛えたハイテク技術のオアシスのようだ。
一隅に置かれた3Dプリンターが整然と樹脂を積み重ねることで、戦前に登場したチェーン駆動モデル、フレイザー・ナッシュのベベルボックスを創り出している。
一旦成型が完了すると、この樹脂製ベベルボックスは金属製鋳型の雄型として使われることになる。
粛々と成型が進むなか、ピューがこの部屋に置かれたもう1台の装置である3Dレーザースキャナーの存在を教えてくれた。
見た目はまるでアームランプのようだが、その先端に設置されているのは電球ではなくセンサーであり、頑丈なテーブルに固定され、コンピュータへと繋がっている。
A2P2のスタッフ、アルベルトがパーツの周囲を慎重にセンサーを動かしながら、このスキャナーの原理を説明してくれた。
経験が重要
いま測定しているのはアルタが1952年に送り出したグランプリカーのディフェレンシャルケースであり、内部にあるネジ穴を含め、すべての面のデジタルデータを計測している。
こうして得られるのが、3Dプリンターで必要なCADデータや加工図面に変換可能な、正確なデジタルモデルだ。
「『ガスケットからギアボックスまで、スキャンして、図面化して、製作して』というのがわれわれのモットーです」と、ピューは話す。
「レーザースキャンと3Dプリンターがあればさまざまなことに対応出来ます」
「例えば、クラシックモデルのオーナーがデジタルデータを保存しておけば、万一の事故の際にもボディパネルの再生産が可能です。樹脂で成形したパーツは鋳型の雄型や、フィッティングと機能性の確認にも使うことが出来るのです」
彼は事前に3Dプリンターで成型しておいたアルタのディフェレンシャルケースの半分をその例として見せてくれた。
内部にはオリジナルのクラウンギアとピニオン、そしてリミテッドスリップディフェレンシャルが組み込まれており、それぞれがピッタリとあるべき場所に収まっていることを確認することが出来る。
だが、例えこの作業がセンサーを動かしてマウスをクリックするだけに見えたとしても、重要なのはデータの理解と製作面から見て何が可能かを判断することだとピューは強調する。
大学で機械工学を学んだエンジニアのピューは自らの経験に基づいて話をしているのだ。
フォードやアストン マーティン、ジャガーといったメーカーからのオーダーを受けるようになる前、彼はそのキャリアをINRacingのメカニックとしてスタートさせている。
実際、1台目のスキャナー購入資金として12万5000ポンドをピューに出資したのはナットヒルだった。
誇るべきプロジェクト
いまでは4台のスキャナーと3Dプリンターを使って、ピューはさまざまなパーツを創り出している。
そのなかには、改良を加えることで強化を図ったルノー5ターボ向けサージ防止用バッフル付きオイルパンや、ボルボ242 GT用ボールハウジングとディフェレンシャルケース、さらには、E30世代のBMW M3用ドアハンドルといったものが含まれている。
それでも、彼にとって誇るべきプロジェクトのひとつが、サルーンモデルと写真しか参考資料がないなか製作を進めている、非常に希少な戦前のクーペのデジタルモデルだ。
ピューは、「参照出来る実車がなかったので、サルーンモデルのシャシーとステアリングホイール、リアアクスル、さらにはエンジンをスキャンして、クーペの骨格と主要コンポーネントの登載位置を決定しています。その後、スキャンしたデータをもとに過去の写真から再現したクーペボディを載せてみて、面の向きや曲線を調整しています」と、話す。
「ここで頼りになるのは人間の目です。ボディのシェイプが決まると、3Dプリンターで1/8のスケールモデルを成型しています。このスケールモデルから、トネリコ材で出来たボディフレームの寸法を決定したのです」
そしていまわれわれが工場で目にしているのが、途中まで組み上げられた実寸のフレームであり、まるで非常に複雑な組み立て式家具のように見える。
だが、これこそが長い間失われていたモデルが、最新のテクノロジーによって復活を遂げようとしている興味深い物語なのだ。
ピューのオフィスを出て、INRの工場に置かれたさまざまな過去の名車を目にすれば、最新技術が救い出そうとしているヒストリックモデルというのが、あのフレームだけに留まらないことは明らかだった。
番外編:3Dプリンターの恩恵 より新しいモデルにも
1985年製アウディ・クーペ用のサンバイザーをeBayで探すのに疲れた?
ルノー・クリオ・ウィリアムズ用のエンジンカバークリップを地の果てまでも探し求めている?
そんな時こそ、数年前3人の若いエンジニアがボルドーで起業したGRYPの出番だ。
彼らは古いモデルだけでなく、モダンクラシック向けの希少だったり、見つけだすことの難しいパーツだけを3Dプリンターを使って創り出している。
留め具やカバー、ロゴ、バンパーコーナー、さらにはエンジンケーブル用ルートなどのパーツを3Dプリンターで製作しており、アストン マーティンV8ヴァンテージの換気システム用パーツと言った、さらに複雑な部品にも対応することが出来る。
「1929年から2000年までのモデルに対応した実績がありますが、もっと新しいモデルにも取り組んでいます。こうしたモデルのほうが樹脂製パーツの使用量が多いからです」と、共同創業者のバスティアン・ヴァンラーセムは話す。
「古いモデル向けのパーツはカーボンファイバーなどの複合素材を使っています。アルミニウムよりも耐久性が高いからです」
「スキャンするには完全でなくても良いのでオリジナルパーツが必要です。設計上の不具合解消とともに、より強度のある材料で成形することも可能です」
「われわれの目標は特別なモデルを所有するすべてのコレクターに必要なパーツを提供することです」
興味があれば彼らのサイト、gryp-3d.comをチェックしてみて欲しい。
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