「ひよっこ」「いだてん~東京オリムピック噺~」「おんな城主 直虎」(NHK総合ほか)、「集団左遷!!」「義母と娘のブルース」(TBS系)、「教場」(フジテレビ系)などあらゆるドラマで、出過ぎず、引き過ぎず、“ちょうどいい存在感”を見せる俳優・井之脇海。
コーラス部の指導者、8月6日生まれの聖火ランナー、虎松(菅田将暉)を支える従兄弟、みゆき(上白石萌歌)の1学年下の家庭教師、「死にたい」が口癖のコネ入社KY、場に溶け込むのがうまい拳銃マニアの優等生など、演じる役はさまざまだが、それぞれがちゃんと思考を持ち、人生を重ねてきた隣人であるという質感を与えてきた。
現在は「よるドラ 伝説のお母さん」(毎週土曜夜11:30-0:00、NHK総合)にて、国王に振り回される士官・カトウ役で出演中。2月23日に放送された「ドラマW『父と息子の地下アイドル』」(WOWOWプライム)では、地下アイドルプロデューサーに扮(ふん)し、注目を集めた。
そして2020年12月公開の映画「サイレント・トーキョー」への出演も発表されている。
息を吸うように演じているようにも見える24歳の井之脇に、これまでの俳優人生の葛藤と気付き、演じる準備などを聞いた。
■ 学生時代の集団生活と葛藤が映画作りの現場で生きる
――さまざまな役を、ごく自然な存在感で演じられる井之脇さんですが、現場ではどのようなポジションでいることが多いですか?
集団に入るとあまりしゃべれないというか、人の話を聞くのが好きなんです。もちろん自分の意見も端的に伝えはしますけど、監督や共演者、その場にいる人の思っていることを聞きたい。そこに自分の芝居のヒントがないかずっと探している感じです。
――いつ頃からそのスタンスに?
学生の頃から「率先してみんなをまとめる!」というタイプではなかったので、基本的には一歩引いて、輪の中にいるけど群れはしない感じでした。
さらに自分の意見も言わなかったので、そのつもりはないのに「協調性がない」と…言われてしまったのがトラウマというか転機になったというか(笑)。そこから自分の意見を端的に述べるようにしています。
――それは今の仕事にも生きる大きな“気付き”ですね。
そうですね。映画の現場で特に感じたのですが、やっぱり人と何か作業するのはすごく楽しいな、夢があるなって。1人で考えるのも好きですけど、おのおのの考えがぶつかりあったとき、その摩擦で生まれるものがたくさんあって。
人は集団の中で生活しないと生きられないし、その集団の中でどう存在するかは学生生活に一番学んだので、自分的には今、すごくいい距離感で皆さんとお話ができていると思います。
――その「集団の中で生活しないと生きられない」と気付いたのはいつ頃ですか?
えー、いつですかね。やっぱり仕事をしていく中で徐々に気付いたと思います。
12歳で「トウキョウソナタ」(2008年)という大きな作品に関われて、どこか勝手に自信を持って、ちょっと自分が勘違いしてしまった時期もあって。小学校中学校でちょっといじめられたときに気付いたんですかね。
■ 浅かった未来予想図が、出会いによって現実的視点を持つまで
――子役から始まり14年、今、思い描いていた未来とはどれくらい違いますか?
デビュー当時に思い描いていた予想図だとしたら、全然違いますね。当時は映画のことを何も分かっていなかったから、今頃は海外で活躍してると思ってました(笑)。
何て言うんだろう、ゴールがあると思っていたんですよ。「ゴールと言えば海外だろ?」ってノリです。
でも今は「そもそもゴールなんてない」と気付きましたし、規模は違えど日本と海外も変わらないと思っているので、考え方も今いる場所も未来予想図とは違います。
――今に通じる未来予想図を描けるようになってきたのはいつ頃ですか?
現実を見据えられるようになったのは、高校生ぐらいですかね。その頃から大学に行くことも決めていましたし。
でも仕事もしたいから3年までに単位を取り終えようと決めて、実際取れたので4年生から環境を変えて本格的に仕事に取り組めるようになって。とにかく学業をちゃんとやりたいと思っていたので。
――その考えはどこから?
「トウキョウソナタ」の時、父親役だった香川(照之)さんに「普通の生活をしろ」とすごく言われたんですよ。僕、“香川信者”なのでその通りに動こうと思って(笑)。
芸能学校ではあったんですけど、普通の生活を中学・高校の6年間送れたのはすごく大きかったなって…もともと12歳のときに勘違いもしていましたし(笑)。
大学を含めて、ちゃんと学生生活を送れたことは僕にとってすごく大きかった。今の僕の大部分を形成する財産です。
――失ってから気付く「若い頃ちゃんと勉強しておけば…」的なことを、失う前に気付けていたわけですね(笑)。
もう本当に香川さんのおかげです。当時は役者だけやりたくて、下手したら「中学も行かなくていいや」くらい思ってましたから(笑)。
でも「トウキョウソナタ」でカンヌ映画祭に行かせていただいた時、なぜか母親が香川さんにずっと進路相談をしていて。
もともと家族ぐるみで仲良くなっていたんですけど、とにかく「学校に行け、普通の生活をしろ、役者なんていつでもできる」って断言してくださったのはありがたかったです。
――裏を返すと、それほど演じることにハマっていた、と。
それもやっぱり「トウキョウソナタ」が大きかったです。映像を通すとこうなるんだって衝撃を受けて、別の人物になれるという面白さを見いだして。単純に僕、小学生の頃に“なりたい職業”がいっぱいあったんですよ。
消防士にもなりたいし、税理士にもなりたいし…これは親父が冗談で「税理士になって俺の仕事を手伝え」って言ってたからなんですけど(笑)。役者をやればいろんな人になれるんだって気付いてすごくハマってしまった。逆に、映画を見始めるのは遅かったですね。
■ 父、香川照之、佐藤浩市…井之脇海には「お父さん」がいっぱい
――12月公開の映画「サイレント・トーキョー」では、犯人に操られるテレビ局契約社員・来栖を演じられます。
この作品は、脚本を読んだそれぞれの捉え方…テロが起こったときのジャーナリズムの問題、人と人との問題についての考えがみんな違っていたんですよ。
それを現場ですり合わせる作業がやっぱりすごく面白かったです。みんな自分の意見を持っていて、それは全部間違いではなくて。それだけみんなが考えられる、何層にも奥の深い作品になっていると思います。
僕が演じる来栖の行動は、多分事件が起こった時に大多数のみんなが取ってしまうものだと思うんです。
映画を見ることで、その恐怖、無力感、窮屈さみたいなものを追体験してもらえたらいいなと思いますし、お客さんの目線になれるように、来栖自身の心の揺れや彼なりの正義、ナイーブさとのバランスを監督と話し合って、本当に二人三脚で作り上げた感じです。
――役へのアプローチはいつもそういう感じですか?
何か不安になって、事前に頭ばっかり使って考えてしまう癖があって。特に来栖はすごく難しい役だったので、そこに入るまでに何度も何度も考えて、監督と話して、リハーサルもして、どう見せるかも意識して…いざ演じると忘れちゃいますけど(笑)。
理想は、考えて考えて考えた上で、現場で忘れてやること、という考え方でやっています。なかなかうまく行かないですけど。
――うまく行かなかった例を、キャリアの中から挙げられますか?
佐藤浩市さんと高校2年生の時に共演させていただいた「ブラックボード~時代と戦った教師たち~」(2012年、TBS系)ですね。1970年代のヤンキーを演じるということにとらわれ過ぎてしまって…。
僕は声質も優しいし怖くも見えないから、どうしたら怖く見せられるか、ここはこうして…ってすごく考えて行ったんですけど、いざ浩市さんと向き合って芝居したら全然通用しなくて。いい意味で僕の考えてきた芝居を壊してくださって、芝居というものを体現してくださった。これも大きな転機でしたね。
――佐藤さんとは「サイレント・トーキョー」でも共演されていますね。久々の再会ですか?
「ザ・ファブル」(2019年)でも共演はしているのですが、同じシーンがなかったんですよ。今回の「サイレント・トーキョー」もあまり絡みがないので、今でもまだすごく怖い、すごく愛のあるけど怖い存在です(笑)。
僕はどちらかというと息子さんの寛一郎と仲良くて、寛一郎から浩市さんのお話をよく聞くので、下手したら自分の“疎遠なお父さん”みたいな感覚があって。
僕と寛一郎が出た「青と僕」(2018年、フジテレビ)という作品も浩市さんが見てくださったと寛一郎が言っていたので、多分僕と寛一郎の関係も知ってくれていると思うんですけど、何か恥ずかしくて。先日、制作発表でご一緒したときも「お久しぶりです」としか言えなかったです(笑)。
――本当に「父と息子」に近い感覚ですね。というか、井之脇さんにはお父さんがいっぱいいますね。
そうなんです、ありがたいことに(笑)。だから、いつか浩市さんとも対等にお話できる日が来ることを勝手に願っています。追い付くのは無理だとしても、せめて同じ土俵に上がれるように僕がならなきゃいけないと。
■ 本厄を乗り越え、花を枯らさずいつか咲かすために
――デビューから着実に14年、特に2018~2019年は大きく歩みを進めた印象ですが、ご自身では?
仕事の量はとても充実していたのですが、僕的にはもっとこうできた、もっとやらなきゃいけなかったというのがたくさんあって、2019年は公私共に悔しい思いをした年でもありました。
本厄らしく、役は多く頂けましたけどプライベートで良くないことが続いてしまって、そのせいでチャレンジすることを恐れてしまった…そういう自分がいたことは確かです。
それは本当に些細なことで、新しいやり方を試す、考える視点を変えるといったことなんですけど、ある意味従来通りのやり方ですべてをこなしてしまったし、それしかできなかった。
このままだとせっかく芽吹いたものを枯らしてしまうかもしれないので、花を咲かすためにもっと余裕を持って、水だけじゃなくいろいろなものをあげられるようになりたいなと思っています。
――最後に、今後の目標は?
物理的に時間がなくなって生活は変化しているのですが、心は変わっていないので、もう少し柔軟になってうまく時間を見つけて、休めるときに休める工夫をしていきたいですね。
山登りがすごく好きなので、怪我しないようにいろいろな山に登って、物事を多角的に見られるようになれたらなと思います。(ザテレビジョン・取材・文=坂戸希和美)
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