ゼロックス杯での珍事をメンタルトレーニングコーチの大儀見氏が分析

 PK戦で9人連続失敗――。2019シーズンのJ1リーグ王者である横浜F・マリノス天皇杯王者のヴィッセル神戸が激突した8日の富士ゼロックススーパーカップは、90分間のゲームでは互いに3点ずつを奪い合う激しい展開となった。一方で、そうした攻防よりも試合後に国内外から注目されたのがPK戦だ。

 両チーム合わせて9人が連続して失敗。うち3人は両GKによる質の高いセーブにあったが、それらを踏まえても極めて異例の事態である。

 メンタルトレーニングコーチの大儀見浩介氏は、失敗が連鎖した時に「外さないように」と打ち消しの言葉で考えるほど、キッカーがシュートを外しやすくなると分析した。また、プレッシャーがかかって結果を気にすると、球筋を見たくなって顔が上がり、ボールが高く浮いてしまうことがあるという。

“コントロールできないこと”にとらわれず、“実力発揮”にフォーカスする

 プレッシャーのかかる場面では、勝敗よりも「自分の実力を発揮すること」にフォーカスすれば、結果的に勝利へ近づくと大儀見氏は言う。

メンタルトレーニングの目的は、勝利ではなく『実力発揮』です。勝敗は相手あってのことなので、自分だけではコントロールしきれません。でも本番で実力を発揮して、いつも通りにプレーすることは可能です。

 例えば、PKで自分の番が来た時、事前に見る場所を決めておいて、それ以外はもう見ない。『アイ・コントロール法』と呼ばれる技術です。視覚は五感の中でも情報量が多く、影響を受けやすい感覚なんです」

 大儀見氏によると大相撲の元横綱・朝青龍は、土俵に上がってから取り組みに入るまで、歩いてきた花道の奥にある非常口マーク一点をいつも見つめていたそうだ。これによって、周囲がどんな状況であってもブレずに実力を発揮しやすくなっていた。

「今ここ」に集中すること

「浮かさないように」などと打ち消しの言葉で考えるのではなく、「自分は右隅に蹴って決める」など肯定的な言葉でイメージすることも重要だ。

「PKでは『今ここ』に集中し、『決める』『できる』と考えれば、脳の約9割を占める“無意識”の領域で、ゴールを決めるイメージを構築しやすくなります。できれば、口に出して言ったほうがいいですね」

 また、ここで「パフォーマンス・ルーティーン」の有用性が改めて浮かび上がってくる。サッカー選手のルーティーンと言えば、ポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドの動作は有名だ。彼はフリーキックの際、必ず大股で5歩下がり、深呼吸してから仁王立ち。そしてホイッスルを聞いてからキックに入っていく。実力を発揮し、これまで数多のゴールを生み出してきた。

「心理的柔軟性」を身につけて、ハプニングを楽しめ!

 今できることを受け止めてやり遂げていけるメンタルは「心理的柔軟性」とも表現され、近年注目を集めている。

「現状を寛容に受け止め、コントロールできることを見極める。そして『今ここで自分ができる行動』に集中できれば、プレッシャーのかかる場面でも成果を出しやすくなります。アスリートだけでなく、メンタルヘルスやビジネスの領域でも活用されていますね」

 その他にも、自分で少し「タイムアウト」を取って流れを切り離したり、PK戦突入が決まった瞬間に「大会を盛り上げられるぞ」とポジティブに捉えることなどでも、対処ができるそうだ。大儀見氏は「ハプニングを楽しめ!」をキーワードにしているという。神戸7人目のキッカーとしてPK戦に終止符を打った日本代表MF山口蛍は、異例の状況を楽しんでいただろうか。

 異様な空気をまとった今大会のPK戦を通じて、メンタル面における勝負の面白さに気づかされる。こうした角度からも、サッカーを楽しんでみるのはいかがだろうか。(遠藤光太 / Kota Endo)

ヴィッセル神戸MFアンドレス・イニエスタ【写真:石倉愛子】