■「最強の世界」をアニメで表現。アニメ制作への初期衝動を描く『映像研には手を出すな!

女子高校生3人がアニメーション制作に挑むテレビアニメ映像研には手を出すな!』が1月からNHKで放映されている。

アニメ制作を描くアニメといえば、日本のアニメスタジオによく見られる内情を、描ける範囲で取り扱ったテレビアニメSHIROBAKO』があるが、本作が描くのは、アニメーションを作ることへの、よりプリミティブ(初期的)な感情だ。絵を動かすこと、作品世界を表現することなど、よりアニメ本来の楽しさを題材としているところが特徴となっている。

主人公・浅草みどりは、自分の妄想する「最強の世界」をアニメ作品で表現しようとする高校1年生。彼女は、得意の弁舌と合理的思考によってプロデュースや営業活動を担う金森さやかカリスマ読者モデルでありながらアニメーターとして職人的な仕事を引き受ける水崎ツバメの2人とともに、学校内の部活として「映像研」を立ち上げ、周囲を魅了する作品を生み出していく。

原作は、独学でアニメーション作りをしていたという、1993年まれの漫画家・大童澄瞳の、デビュー作であり現在『月刊!スピリッツ』で連載中の同名作品だ。この原作は漫画でアニメーション世界を表現していたが、アニメ版ではそのままアニメーションアニメの魅力を表現するという趣向になっていて、宮崎駿作品風のファンタジーや、巨大ロボットと怪獣のバトルなどを喜ぶアニメファンが「こういうものがやりたい!」と思わされるような、ディティールに凝ったビジュアルや動きが展開するのが、毎回の見どころとなっている。

アマチュアである高校生たちのアニメ作りを、プロのアニメ制作者たちが映像化

浅草みどりアニメーション制作にのめり込むきっかけとなったのは、宮崎駿監督のテレビアニメ未来少年コナン』(『映像研には手を出すな!』のアニメ版ではタイトルが改変されている)を見た経験だ。たしかに『未来少年コナン』は、見れば見るほどマニアックなこだわりと、動きの面白さにあふれている名作だ。

本作では、コナンが巨大な爆撃機ギガント」に乗り移り、銃撃をかいくぐりながら羽根の上をダッシュする場面が登場する。一見シンプルに見えるが、重力や空気抵抗など、複雑な条件を計算に入れながら、さらにそれを面白く強調した見事な動画表現は、オタク的なこだわりの世界を経て、芸術的な価値をも獲得しているように感じられる。それを何かのかたちで「真似してみたい」という気持ちは、『未来少年コナン』を見たことがある人ならば共感できるのではないだろうか。そして、多くの先人が言っているように、「創作は模倣より始まる」のだ。

とはいえ、アニメーション制作というのは専門的な技術と膨大な作業量を要する仕事だ。アマチュア高校生が学生生活のうちの一部分である部活動のなかで、一定のクオリティをもって作品を完成させていくというのは、作品内でも言及されているとおり現実的には難しいところがある。

原作者によると、作品の時代設定は2050年であるという。近未来ならば少々のリアリティの欠如は許容されるという部分はあるのかもしれない。『SHIROBAKO』が、プロの現場をプロが描くという説得力を武器にしているのなら、『映像研』はSFの力を借りて、アマチュアの初期衝動のままでプロの領域まで到達したいという、おそらくは原作者の理想を叶える仕組みを作り出したのだといえるのではないか。主人公たちの作るアニメが、懐かしい日本のアニメ作品を模倣しているのも、いかにもアマチュア的な趣味だといえよう。だが、このような世界を、「アニメ化」というプロセスを経て、プロのアニメ制作者たちが手がけるとなると、また意味が変わってくる。

■日本アニメカウンターとなる作品を作り続けてきた湯浅政明監督

本作の監督は、『夜明け告げるルーのうた』で、「アニメ界のカンヌ」と呼ばれる、『アヌシー国際アニメーション映画祭』最高賞に輝いた、日本を代表するアニメ監督の1人である湯浅政明。そして、彼が代表を務める、サイエンスSARUが制作している。世界で評価されるトップクリエイターが、アマチュアの理想を表現するという作品のアニメ化を手がけたというのは、一見意外に感じられる。アニメーションのプロこそ、原作の荒唐無稽さに、現実とのギャップを強く感じるはずだろうからだ。

だが、湯浅監督のこれまでの作風から類推すると、納得できる部分がある。最も象徴的なのは、映画初監督作『マインド・ゲーム』(2004年)だ。実写映像を取り込んだり、いわゆる「萌え」要素から離れたセンスを発揮するなど、日本のアニメーション表現のメインストリームからはずれていく自由な表現は、逆に普遍的な魅力を獲得し、カナダの映画祭で高く評価されるなど、海外の観客にも受け入れやすいものとなった。

またサイエンスSARUは、アメリカテレビアニメアドベンチャー・タイム』の制作に協力し、湯浅監督はエピソード監督を務めているように、海外作品そのものにもフィットする柔軟なセンス、技術を備えている。これが、湯浅監督の「理想」の反映であることは言うまでもない。

ときにガラパゴスのような閉鎖的な価値観に傾くことのある日本のアニメ作品。その特殊性は武器になることもあるが、弱点にもなり得る。そういった日本のアニメ作品のカウンターとして機能するものを作り続けてきた湯浅監督にとって、『映像研には手を出すな!』で描かれる、プリミティブなアニメーションへの憧れや、アマチュア志向は、現行の業界の常識や文脈から離れたものとして、共感できるものだったのではないか。

原作をかなり忠実にアニメ化したようにも感じられる本作だが、アマチュアならではの憧れや理想が描かれた原作に対して、アニメ版は第三者がそれを描き直すという行為によって、作品の本質的な部分が、実質的に変化しているのである。

■主演声優・伊藤沙莉の魅力。chelmicoのオープニング曲も、好きなことに没頭する女子たちの姿と共鳴

そのような価値観を強化しているのが、浅草みどりの声に、俳優の伊藤沙莉を抜擢するというサプライズである。経験の長い声優と比べると、技術的には弱いところがあるものの、宮崎駿監督が『風立ちぬ』(2013年)で、アニメ監督の庵野秀明主人公を演じさせたように、妄想ばかりしている浮き世離れした人物を、彼女の特徴的な声と演技によって表現するという意味で、面白い効果を出しているといえる。ここで発揮されている、「プロらしさ」からの脱却や、「普通のよくある」アニメーションへの反発は、宮崎監督にも共通する感覚である。

また、女性のキャラクターたちが男性ファンの目を意識するような媚びた表現に寄らず、恋愛が描かれるわけでもなく、自分の楽しいと思ったことを追求していく無邪気な姿は、オープニングテーマ曲に、まさにその方向性を体現しているラップユニットchelmicoを起用したことで、より狙いが分かりやすくなったといえよう。

■様々な労働問題が指摘されるアニメ業界。「映像研」の面々が現実にいたら、彼女たちの将来はどうなる?

だが、本作を見て一つの懸念も浮かび上がった。それは、もし主人公たちのような女子高校生たちが、現在の日本に存在したとしたら、彼女たちの将来は果たしてどうなるのかという点である。なぜこれが気になるのかというと、本作を見た現実の女性たちがアニメ制作に憧れ、主人公たちと同じような道を辿ろうとすることがあるだろうからである。

アニメ業界の平均収入の低さや雇用システムの問題、労働基準法の違反が度々問題になるように、末端のスタッフへの待遇は業界全体の問題となっていることは男女共通の問題だ。それにくわえ、女性ならではの苦労というのも存在する。筆者の知るアニメ業界で働く女性は、複数の職場においてセクハラパワハラが横行することが常態化していたと語っている。そして、その原因となっているのが、一部の男性による旧弊な考え方であるという。もちろんすべてのスタジオがそんな状態ではないだろうし、アニメ業界以外にもこれらの問題は存在するが、そのようなスタジオに入った女性が、無意味な苦労や被害を受ける可能性があるということは留意するべきだろう。

象徴的なのは、原作漫画で登場した、「映像研」ならぬ「アニメ研」についての描写である。その部員たちは、日本アニメの巨匠監督たちがモデルになっているようで、その中には湯浅監督に似た人物の姿も確認できる。問題は、意識しているのか、していないのか、その面々がほぼ男ばかりだということだ。

NHK連続ドラマなつぞら』でも描かれたように、多くの女性の才能がアニメ業界を発展させてきたことは事実だ。実写作品に比べれば、女性がアニメ作品の監督を務める割合も非常に高いといえる。しかし、原作者が描いたイメージが示すように、アニメ業界で巨匠として存在感を発揮し、プロとして「最強の世界」を作ってきたのは、やはり男ばかりじゃないかという見方をすることもできる。アニメ業界に大志を抱く女性たちは、それで希望を持てるだろうか。もちろん、過去から比べれば性差は改善されているとはいえるし、山田尚子監督のような業界のスターが現れ、サイエンスSARUでも、チェ・ウニョン氏のような多彩な才能を持つクリエイターが活躍している。だが、まだまだブレイクスルーが必要だ。

本作の舞台となっている2050年の日本には、果たしてそういった性差における諸々の問題は改善されているのだろうか。女性たちが、女性であることで苦労をすることなしに才能を伸ばし、自分の好きなものを無邪気に追求し続けることで、男性と同じ地位を得ることができるだろうか。そんな社会になってほしいし、いま現在もそうあってほしい。でなければ本作の描いたものは、「絵に描いた餅」で終わってしまいかねない。もしくは学生時代限定の、一瞬の花火でしかなくなってしまうのだ。

(文/小野寺系)

アニメ『映像研には手を出すな!』 ©2020 大童澄瞳・小学館 / 「映像研」製作委員会