新型コロナウイルスの世界的な蔓延により、経済に深刻な影響が出ている。

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 特に新型肺炎発生の地である中国はサプライチェーン(製品供給網)の中心拠点であるため、操業がストップするなどして大きな打撃を受けている。

 そんななか、コロナウイルスの痛打を逆利用して、昨今の流れを変えられないかと模索する一派が米国にいる。

 まるでこのタイミングを待っていたかのような言説を展開してさえいる。

 その代表格がドナルド・トランプ政権のピーター・ナヴァロ国家通商会議議長である。

 米時間2月23日夜、フォックステレビに出演し、「米国経済は大変強靭で、いま中国で起きていることに対して脆弱ではない」と強気の発言をした後、次のように述べた。

「今回の新型コロナウイルス危機で、私が政権内ですべき職務というのはサプライチェーンを見直すことなのです」

「米国は製造工程をオフショアに頼りすぎているので、国内(オンショア)に戻さなくてはいけません」

 コロナウイルスを論じている中で、ナヴォロ氏は医薬品製造を含めて、国外に依存している米企業の製造工程をもっと国内に戻すべきであると主張した。そしてこう付け加えた。

「何もコロナに限ったことではないのです」

 世界的な医療問題に発展している新型肺炎を論じながら、サプライチェーンの見直しを迫る好機と捉えたわけである。

 テーマがコロナウイルスであるにもかかわらず、貿易相手国である中国の安価な労働力と不公正貿易慣行にも言及した。

 そして「中国には断固とした態度で臨む必要がある」と結んだ。

 一気に新型コロナウイルスを通り越してしまったが、少しだけ今回の新型コロナウイルスが与えた経済的影響を眺めてみたい。

 世界的な株価の下落だけでなく、米国ではフォーチュン誌が挙げる1000社のうち94%が新型コロナウイルスによる影響を受けていると回答した。

 そればかり、1000社の多くはいまだにオペレーションがどれほど深刻な影響を被ったのか、把握し切れていないという。

 SARS重症急性呼吸器症候群)が流行した2003年時の中国のGDP(国内総生産)は、全世界の約3%に過ぎなかったが、現在では20%にまで拡大している。

 今回の新型コロナウイルスの悪影響がどれほどなのかは、もうしばらく時間が経たないと分からないだろう。

 感染者・死亡者も中国では増え続けている。日本時間27日午前1時の時点で、中国本土での新型コロナウイルス感染者は7万8497人、死者は2744人に達した。

 新型ウイルスのため、いまだに特効薬やワクチンはない。医療機関によっては他の疾病に使われる抗ウイルス薬を投与しているところはある。

 一方、中国では感染後、治癒して退院した患者数が3万人を超えたが、重症化して入院中の患者も依然として8000人を上回っている。

 こうしたなか、驚くべきことがあった。

 2月26日の人民日報で、習近平国家主席が6分野での安定工作(就職、金融、対外貿易、対外投資、投資、先行き)を発表。

 包括的に取り組まなくてはいけないと強調した後で、中国が「世界の工場」であるとの認識を示してからこう述べたのだ。

「サプライサイドからの最も緊急を要する経済任務は、しっかりと経済社会秩序を正常に維持すること」

 そしてこう続けた。

「企業・事業組織の再稼働、再生産を積極的に推進し、プロジェクトの再始動や新しいプロジェクトのスタートをしっかり行うこと」

 この発言は新型コロナウイルスの拡大が止められない中で、人民に対して「労働に戻るように」と促したことに等しい。

 見切り発車的にサプライチェーンを再稼働させることの悪影響はどう判断しているのだろうか。

 これまで中国は文字通り、破竹のごとく躍進を遂げて世界経済の一翼を担うまでになった。

 だが今回は中国に代わるライバル国の台頭やサプライチェーンの汚点ではなく、予期せぬところから綻びが出た形となった。

 それはあたかも、病気知らずで小学校で一番元気だった男子が急に大病で入院したことで、クラスメートだけでなく家族もショックを受けている状態に似ている。

 英フィナンシャル・タイムズは22日、社説でこう書いている。

「(新型コロナウイルスによる)混乱により、多くの企業は中国から他国に事業の多角化を加速させようとするかもしれない。ただ中国経済に代わるところはないのである」

ベトナムは中国のサプライチェーンに埋め込まれているし、市場規模が小さすぎる。(中略)米政府関係者はいまコロナウイルスを使って非グローバル化を進める動きを見据えている」

 この非グローバル化、すなわちオンショア(国内製造)を加速させる好機と捉えているのが、冒頭のナヴァロ氏なのである。

 中国だけでなく、インド東南アジアに拡散している製造・調達・配送・販売の流れを米国に戻す機運が今後、生まれてくるかもしれない。

 米PBS(公共放送サービス)テレビに出演したコンサルタントマイケル・ドゥーン氏は2月24日、その転機になりうるとの考えだ。

「今回の新型コロナウイルスの件で、多くの企業がリスク回避として(中国だけに依存しない)経営の多角化計画を打ち出してくると思います」

 実はナヴァロ氏のボスであるドナルド・トランプ大統領も、新型コロナウイルスの蔓延が長引けば長引くほど、自分にとってはある意味でプラスになると踏んでいる一人なのだ。

 というのも、今年の再選スローガンは「キープ・アメリカ・グレート(アメリカを偉大のままに)」であり、前回の大統領選から繰り返している製造業の米国回帰を本格化させようとの狙いと合致している。

 新型コロナウイルスによる企業業績や経済指標の低迷が確実視されるなか、最近では中国でのコスト上昇もあり、生産効率の高い米国内生産への回帰という流れを加速させる意味でも、トランプ政権の思惑と今回の新型コロナウイルスの発生には深い関連性が見て取れる。

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ピーター・ナヴァロ国家通商会議議長(2019年9月11日撮影、写真:AP/アフロ)