2019年には「老後2000万円問題」が波紋を広げましたが、この問題に特に不安を感じたのは、老後を徐々に意識し始めるアラフォー世代以上かと思います。筆者もアラフォー世代ですが、「老後2000万円問題」を受けて大いに動揺し、同じように動揺している人を見て連帯感を抱くとともに、独りじゃない的なかりそめの安心感を得て現実逃避を図っていました。

「老後2000万円問題」の正当性・妥当性については、いろいろな説がありますが、ひとまず「老後には想定していたよりお金がかかる」とすると、老後に向けた準備資金を急ピッチで用意していかなければなりません。そうしたときに心を惑わす広告に出くわすことがあります。

「5000円からスタートして副業年収100万円! FX最高!」といった「財テク」の類いのものです。話がうますぎて甚だうさんくさく感じますが、お金への不安が強ければ強いほどこの種の広告が心に突き刺さってくるのです。

 しかし、この財テク、その方面に明るくない人にとっては“ギャンブル”と同義なようで、恐ろしい感じの響きを持つ言葉です。財テクを始めて一喜一憂する、ある男性のエピソードを参考にしながら、素人が財テクに手を出して本当にもうけることができるのかを探っていきます。

学歴や頭の良さで利益は出せない

 Aさん(34歳男性、会社員、独身)は新卒社会人として働き始めた頃、株に興味を持ちました。「株なら、運用しながら経済やお金の仕組みも勉強できるのではないか」と考えたのです。

 Aさんが家族に何気なく「株を始めようと思う」と話したところ、父は「じゃあ、うちの運用もお前に任せる」と、ポンと1000万円をAさんに託しました。中流家庭のAさんの家にとって、1000万円は決してポンと出る金額ではないのですが、Aさんは学歴も良く、父から頭の良さに絶大の信頼を置かれていたのです。そして、Aさんも自分の頭の良さにはちょっとした自信がありました。

 実は、投資や投機はインテリな人ほど大損しやすいのです。「多くの人が損をする」と言われる財テクの世界に、頭が良い人は「自分ならうまくやれるだろう」と足を踏み入れます。しかし、そこで利益を出すのに必要なのは学歴や頭の良さではなく、もうちょっと別のスキル・感覚なのです。

 Aさんの運用はおっかなびっくり、価格変動の少ない株で少額から始まりましたが、最初の2カ月の利益が1000円、5000円となり、「なんだ、やっぱりうまくやれるじゃないか。こんなもうけじゃ、らちが明かない」と扱い額を一気に増やし、保有する株も価格変動が大きいものを中心にシフトしました。

 すると、勝手がまるで違ってしまいました。多額の株を持っているというだけで震えが来るようなあんばいです。日経平均が少し動いただけで価値が1万円、2万円と変わるような価格変動の激しい株を保有したこともありました。Aさんは勤務中も相場の動向が気になって仕方がなく、スマホを頻繁にチェックするようになりました。

 運悪く景気が下向きのときで、Aさんの損失はどんどん膨らんでいきました。損失が100万円を超えたところでAさんは絶望し、もう相場を見るのをやめました。

 半年後、ふと思い出して自分の株を恐る恐るチェックしてみると、なんと値上がりして500万円の利益に転じていました。Aさんは有頂天で、利益をさらに伸ばそうとその株を売らずに保有します。そのさらに数カ月後、Aさんの株は300万円の損失に転じていました。「こんなんじゃ売れるわけがない」と保有株を実質放置します。

 これは株用語で「塩漬け」といい、損を膨らませるよくあるパターンの一つとされています。価値の下がった株を価値が上がるのを願って持ち続けるのです。教科書的には、含み損(確定していない損失)を出している株を売って損失を限定させる「損切り」をすべきなのですが、この損切りが心情的に非常に難しいので、株を塩漬けにしてしまう人が多いのです。

 Aさんの株は、一時期700万円近くの含み損(確定していない損失)を出し、それを父に伝えられるわけもなく、株のために別のところでも借金を作り、ストレスで胃に穴が開きました。現在は持ち株がそれ以上下がらず、奇跡的に上がるのを願う日々を過ごしているようです。

 塩漬けは、結果的に運よく持ち直すこともありますが、持ち直す前に致命的で回避不能な(強制決済をさせられる)損失にまで膨らむケースが多いです。財テクをギャンブルではなく、きちんとお金を生むものとして運用する場合は、しかるべき方法論を順守するように努めましょう。

「手堅く利率のいい預金」が現実的?

 証券会社に勤めるBさん(39歳、男性)はこう話しています。

「Aさんのような運用をする人はもちろんいて、そうした人の話がよく広まるので『株や財テクは怖い』というイメージが強いのかなと思います。しかし、アメリカ人なんかは『貯金に回すくらいなら全額金融商品に回す』という傾向があり、貯金が好きな日本人とは全然違います。

株に限らず、金融商品は運用の仕方次第で“手堅く利率のいい銀行預金(比較的リスクが少なく、日本の銀行預金よりいい利率のもの)”にも、“身を破滅させかねない刺激的なギャンブル”にもなり得ます。前者には円債などがあります。株にも手堅いものはありますが、ピンキリなので銘柄によっては後者になりえます」

 老後資金に不安が高まる昨今ですが、一獲千金には相応のリスクが付きまといます。Bさんが話した中にあるような、“手堅く利率のいい銀行預金”くらいの財テクなら、老後に向けた長期的な運用というところにもマッチするので、選択肢としては現実的なのかもしれません。

 欲を出すと痛い目を見るかもしれないので、財テクでもうけるには細心の注意深さと、逆説的ですが“無欲さ”が必要なようです。

フリーライター 武藤弘樹

素人の財テクは本当にもうかる?(2020年1月、AFP=時事)