危機管理に強いといわれてきた安倍晋三政権が、新型コロナウイルスの対応に失敗した。横浜港のクルーズ船への措置で国際社会から厳しく批判され、国内対策では場当たり的対応を繰り返し、国民を困惑させたのは明白だ。世論次第では安倍内閣の総辞職もあり得るが、その気配を敏感に察知したのだろう。安倍首相2月28日、全国休校に伴う経費を政府が負担する考えを示した。当面の政局はどう展開するのか。29日に予定される安倍首相の記者会見を前にポイントを整理しておく。

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「経費負担」で狙う批判封じ込め

 2月27日夕、安倍首相3月2日から全国すべての小中高について、春休みにまで休校とするよう要請する考えを示した。まさに寝耳に水のニュースで教育現場や自治体、子どもを持つ親たち衝撃が走った。爆発的な拡散を食い止めるための対策として冷静に評価すべきとはいえ、今や共働き家庭が主流である日本社会においては唐突過ぎる決定と受け止められた。案の定、「会社を休まないと小学生の子どもの面倒をみられない」といった親たちの悲鳴がインターネット上に氾濫した。

 一夜明けた2月28日午前、国民の批判や不安を感じ取ったのか。安倍首相が異例の経費負担に言及した。

「小学校低学年のお子さんが自宅待機となれば、お父さん、お母さんが会社を休まなければならない」「経済界にも有給休暇を取りやすいよう対応をお願いしているが、中小企業・小規模事業者にとっては経営上の困難が発生する場合があり、対応も当然考えなければならない」(安倍首相

 麻生太郎財務相も「政府の要請によってかかる経費がある場合は、政府が払うことになる」と断言した。厳しい世論や政権への怨嗟を感じ取った“挽回策”といえるだろう。

2カ月はもつ

 全国休校に伴う企業などへの経費負担で当面を乗り切ったとしても、東京五輪が不開催となれば状況は一変する。自民党の鈴木俊一総務会長は2月26日、早くも「感染拡大に歯止めがかからず、万が一、予定通り五輪を行うことができなければ、すぐ政治責任が持ち上がる」と述べた。この見方は、永田町関係者の衆目の一致するところだ。

 IOC国際オリンピック委員会)の動きはポイントとなる。IOCでは欧州の王侯貴族や一部のアスリート出身者らが絶大な力を持っており、アジア諸国のパワーは弱い。日本はクルーズ船対応でネガティブイメージが定着、しかも隣国は新型コロナ震源地の中国である。繰り返しになるが、東京五輪の中止または延期のシナリオは想定しておかなければならない。

 新年度予算の成立は確実であり、内閣支持率はまだ40%前後ある。安倍政権は党内でも強固な支持基盤を有しているため、そもそも簡単には崩れない。支持率に限っていえば「1カ月で10%前後の下落」が最悪の部類であり、逆算すれば2カ月はもつ計算になる。

 ただ、5月の大型連休以降は危うい。支持率の貯金を使い果たすかもしれないからだ。となれば、安倍首相は衆院解散を打つタイミングが見当たらない。解散を打てない内閣は総辞職という悪夢が近づいてくる。ただでさえ増税で落ち込んだ経済が、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた株価の下落でさらに落ち込めば、アベノミクスは崩壊する。いずれにしても自民党内政局は確実だ。

 なお、「桜を見る会」の問題ばかりを追及して新型コロナウイルスの質問をさぼってきた野党に出る幕はない。だが、野党の空気を読まない質問に助けられ、緊張感を失っていたのが安倍政権なのだから、野党もそれなりに反省しなければなるまい。

「菅ワンポイント内閣」?

「ポスト安倍」の最右翼は岸田文雄政調会長である。内閣の一員ではないので、後継におさまりやすい。自民党の党則によると「総裁が任期中に欠けた場合」で「特に緊急を要するとき」に限り、党大会に代わる両院議員総会で後任の総裁を選ぶことができる。国会議員による投票で総裁選を行えば、議員票で有利な岸田氏に安倍首相からバトンを渡すことは十分現実的だ。大型連休明けに総裁選を行い、五輪のない今夏、ないし年内にも岸田氏が衆院解散を断行すれば、自公連立政権は安泰だろう。

 不気味なのは菅義偉官房長官だ。一連の新型コロナウイルスに関する対応では、加藤勝信厚労相に任せきりで、事務的な対応に終始した。別におかしくもなんともないが、何事も主導権を取ってきた菅氏としては珍しい。官邸内では「安倍首相側近が、新型コロナ対応を菅氏にやらせなかった」(全国紙記者)との憶測もある。年が明けてからは記者会見での無難な答弁も戻っており、力を温存しているように見えるのは気のせいだろうか。

 二階俊博幹事長に近い筋からは「二階-菅はセット売りだ。二階氏がいる限り、菅政権はあり得る」との見方が出ている。これまた不思議なことに、新型コロナに関し、二階氏の発信は現時点では控えめだ。

 犬猿の仲とされる麻生氏と菅氏は、2月14日夜に都内の日本料理店で会食している。岸田氏との連携に傾いていたとされる麻生氏と菅氏の接近は興味深い。「ワンポイントで菅政権、その後、岸田本格政権」との見立てが政局記者たちを刺激する。そこまでいかなくても、麻生、菅、二階、岸田の4氏を中心に水面下での駆け引きは続いているとみていい。いや、この4人が「新4人組」として政局を動かしてく可能性もある。

機能不全の4日間

 安倍政権の「危機管理能力」はもともと高かった。例えば2013年1月、アルジェリアで発生した人質事件の際には、菅義偉官房長官を中心とした情報管理・公開を徹底し、救出のために政府専用機を活用した。邦人10人が犠牲になったが、政権の緊張感がみなぎった動きをみせた。未知のウイルスとの戦いと人質事件をもちろん同列視することはできないが、新型コロナウイルスへの一貫性のない対応はこれまでの安倍政権とは思えない。

 まとめると、わずか4日間だけでも、これだけちぐはぐな動きをしている。

2月24日 政府の専門家会議が「集会や行事の開催方法の変更、移動方法の分散、リモートワーク、オンライン会議などのできうる限りの工夫」を強調する見解をまとめる

2月25日 政府は一律のイベント自粛ではなく、開催の必要性の再検討を要請するにとどめた → 専門家会議の見解を踏襲しているだけ

2月26日 安倍首相が一転して全国的なスポーツ・文化イベントなどについて2週間の自粛要請を表明 → 突然の自粛要請で経済的ダメージ拡大

2月27日 全国の小中高の休校要請を表明 → 自治体や教育現場、親たちの反発や不信感を増幅させた

 とても「状況が変化するに合わせて柔軟に機動的に対応している」などとは言えないような、一貫性のなさだ。

 窮地の安倍首相が、29日の記者会見でどんな発言をするのか。全国民が注目する、大舞台となるのは間違いない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  全国民困惑の休校要請、場当たり的で五月雨式の極み

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