(PanAsiaNews:大塚 智彦)

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 中国から世界各地に拡大していた新型コロナウイルスによる肺炎の感染は東南アジア各国にも深刻な影響を与えているが、そんな中、世界第4位の人口を擁する大国インドネシアは長らく「感染者ゼロ」を維持してきた。しかしそのインドネシア3月2日、ついに国内でインドネシア人の感染が初めて確認された。

 ジャカルタ市内では初確認から1日明けた3日朝から主要なオフィスなどで入館者の体温チェック、従業員のマスク着用が始まるなど一気に感染への警戒感が高まっている。

 一方で噂、流言飛語の類も飛び交い日系スーパーでは「ティッシュは1人2箱まで」と感染と直接無関係の商品の買いだめに備える措置まで取られる事態になっている。

 インドネシア最初の感染者がどうもマレーシア在住でジャカルタを訪問していた日本人女性から感染した可能性が高いこともニュースで大きく伝えられ、日頃から親日的と言われるインドネシア人の間から日本人に対する警戒感も表明され、それが日本人の間でさらに不安を増幅して拡大するような事態となっている。

 これまで対岸の火事を「高みの見物」という感じで眺めていたようなインドネシアだが、初の感染者確認で一気に渦中の国となり、当のインドネシア人に加えて「感染源の可能性が言及された」日本人の間でもパニック疑心暗鬼が渦巻く状況となっている。

(参考記事)感染者ゼロのインドネシア、「対中強硬策」続々の裏
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59272

インドネシア初の感染者は、マレーシア在住日本人とダンスで濃厚接触

 2日正午過ぎ、テレビ局の番組でジョコ・ウィドド大統領は「インドネシア人の国内での初の感染確認」を国民に伝えた。保健省などによると、感染が確認されたのは首都ジャカルタの南郊、西ジャワ州デポック市に住む64歳と31歳の女性2人で母親と娘という。2月16日に発熱などの症状を訴えて地元デポックの医療施設で治療を受けていた。当初は母親は気管支炎、娘はチフスと診断されたが、病状が回復しないことなどから再検査して新型肺炎の感染も疑われたことから2月29日ジャカルタ北部の感染症専門の病院に入院。3月1日に検査して最終的に3月2日新型肺炎の感染が共に確認され、現在専門病院で隔離されている。保健省当局者などによると現時点では2人の容体は安定しているという。

 保健省や病院関係者の感染源を探る調査聞き取りなどからこの娘が2月14日ジャカルタ市内メンテンにあるクラブで日本人女性(41)と飲食に加えてダンスをするなどしていたことが判明。この日本人はマレーシア在住で、ジャカルタからマレーシアに帰国後の2月17日に風邪のような症状を訴えて入院、27日に新型肺炎と確認されていたことがわかった。

 このため、インドネシア保健省などでは「この日本人女性から感染した可能性が高い」と発表。2日昼過ぎから臨時ニュースの中で繰り返し伝えられた。

 このためこれまで「中国人からの感染」を危惧して中国からの定期航空便の運航停止や過去14日間に中国渡航歴のある人のインドネシア入国制限などで対処してきたインドネシアで「日本人からの感染」が具体化したとして、日本人に注がれる視線が厳しくなっている。

インドネシア人からマスク着用を要求される日本人

 インドネシアで事業を展開する日系企業では、2日に「感染者初確認、日本人から感染か」のニュースが伝えられた直後、インドネシア従業員から日本人の社長に対し「日本人は全員マスクを着用してほしい」との要望が出されたという。こうした要求をなぜかそのまま受け入れた社長が日本人スタッフにだけマスク着用を指示したため日本人の間から強い反発を買ったという。

 日本人が居住者の大半を占める郊外の大型マンションでは政府発表を受けて入り口で全員の体温検知が始まった。対象は居住者に加えてインドネシア人の出入りの業者、関係者、訪問者など全員だ。そうなるとマンション内にある日本食レストランで働く従業員の健康問題にもレストラン経営者は気をつけなければならず、発熱で出勤できない場合の対応などの切実な問題にも直面しているという。また別の日系レストランでは2日にインドネシア従業員を全員集めて緊急の会議を行い、全員が勤務時間中は1時間ごとに薬品を使った念入りな手洗いの実行を確認したという。

 日本の食材や飲料を主に扱う日系のスーパーでは3日から「ティッシュペーパーは1人2個まで」と購入数量制限が始まっている。居合わせた日本人の主婦の間では「これまで仲がよく、親日的だったインドネシアの人から感染源みたいな目でみられるのが嫌だ。自分が逆の立場だったらたぶん同じ事を感じるから仕方ないといえばそうだが」などと不安な表情での会話が続いていた。

 ジャカルタ市内の主要なオフィスビルでも3日朝から建物内に入る手前の入り口の外で警備員などが簡易体温検知器を来訪者の額にかざして体温を念入りにチェックする姿がみられた。

オランダで起きた日本人子弟への差別行為に戦々恐々の在留日本人

 ジャカルタ在住の日本人の間には2日の感染者初確認のニュースが流れる中、気になる情報がSNSで拡散している。

 それはオランダ・アムステルダムにある日本人学校が、通学する児童生徒の保護者に宛て出した「差別的な被害の防止について」という文書だ。

 2月25日付けの文書の中で「先週、アムステルダムにある室内遊技場で遊んでいた日本人の子供たちが現地の子供5、6人に囲まれて『コロナ、チャイニーズ、ファック』などと言われたり、顔やお腹を殴られたりして鼻血がでるなどの差別的な被害を受けた。近くに親の姿はなく、保護者が駆けつけた時にはこの子供たちは逃げてしまっていた」という事件の内容が伝えられている。

 こうした事態への対応として文書では「現地の子供が集まるような場所への出入りを控え、外出時は保護者が子供から目を離さない」そして「マスクで外出すると絡まれるおそれもあるのでマスクをつけての外出は極力控える」ことなどが呼びかけられている。

 インドネシアで日本人の子供たちが同じような被害を受ける可能性は極めて低いとみられている。しかし、これまでも「今回の新型肺炎の発生源が中国であることから中国人と間違えられて嫌みを言われた」というケースが報告されていることもあり、今後は警戒と注意がさらに必要な事態にならないとは言えない。

 インドネシア人の間でこれまで「感染ゼロ」を維持してきたことが「日本人のせいで感染者がでた」と短絡的にとらえる向きを心配する声も出ており、医療関係者らからは「パニックにならず冷静に対応するように」という注意喚起がなされている。

 しかしそうした建て前とは逆に「緊急の感染症対策」としてマスクの強制着用、オフィスビルやマンションなどでの体温検査などが徹底され、そのうえマスクや殺菌用アルコールの買い占め、ティッシュペーパーの品不足など、これまで日本など感染が拡大した国や地域で起きていたことがインドネシアでも急速に広がり、「一気に針が振りきれた状況」となっている。

「感染者ゼロ」を崩した日本への反感が広まらないか

 インドネシアの人々はこれまで「感染者ゼロ」に安心しきっていた。これまで対策といえば空港や港湾などの水際だけに限定されてきたが、その対策が今やインドネシア社会に瞬く間に広がったというのが現地での実感だ。

 初の感染者となった母娘が生活していたデポックの自宅には2日に保健当局者が訪れて室内外の消毒を実施、現在は警察の非常線が張られて立ち入り禁止となっている。

 デポックにはインドネシアの最高学府とされる国立インドネシア大学の広大なキャンパスもあり、日本人をはじめとする外国人留学生も多く学んでいる。そのデポックに住む日本人は2日「感染者がデポック在住だったと知り驚いている。しばらくは外出を控えた方がいいのかもしれない」不安を隠さず話していた。

 現時点では、インドンネシア人母娘の感染源としてマレーシアの日本人女性がはっきりと断定された訳ではない。2月14日に2人がダンスをしたというクラブにいた別のインドネシア人や他の外国人からの感染、また娘の方は市内南部のクマンに住んでいたとの情報もあり、その周辺で別の人からの感染、そして日本人女性がインドネシア人を含めた別の人から感染した可能性などは完全に否定されている訳でもない。

 だがインドネシアの現状は、そうしたわずかの可能性すら声高に指摘することが許されないような状況にあるのも事実。

 約2億6000万人と世界4位の人口を抱える大国インドネシアはいま、2人の新型肺炎感染者確認で上へ下へと大きく揺れている。周辺国に誇らしげに「インドネシア感染者ゼロ」と言い続けてきた自負が初の感染者確認で一気に崩壊した。その反動の大きさがパニック、そして疑心暗鬼の裏にあるのは間違いないといえるだろう。

 そうした心理の矛先が日本人に向かないことを心から祈りたい。

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