(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

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 日本における新型コロナウイルスの流行はもはや危機的状況であり、これを抑えるためには、できることは何でもしなければいけない段階にきていると見るべきであろう。

 安倍総理は、大規模なスポーツ、文化イベントの自粛や、全国の小中高校の一斉休校を要請した。イベントの自粛は関係者にとって経営上大きな負担を強いるものである。また、全国の小中高校の一斉休校を突然要請されたため、保護者の多くが子供の預け先に困って出勤できなくなったり、休職することで会社と軋轢を生じる人や収入の減少する人などが発生したりして、国民生活に多くの負担を強いることになった。

 しかし、新型コロナウイルス感染者ルートがはっきりしないケース、集団感染や2次、3次と連鎖的に感染が広がるケースが増え、このまま有効な対策を取らなければ、感染者が急増し、日本の医療体制が崩壊する危険性すら指摘されている。そうなれば十分な治療を受けられずに死亡していくケースも増えていく可能性がある。

韓国の対応を他山の石に

 今日本経済にとって最悪のシナリオは、新型コロナウイルスの影響が長期間続くことだろう。新型コロナの流行が長引けば、日本経済への悪影響は増幅し、景気回復はますます困難になり、国民の負担は今以上に大きくなることが避けられない。安倍総理が言うように今がその分岐点であれば、ある程度の犠牲を払ってでも、新型コロナ退治を優先的に図っていくことが犠牲を最小限にとどめる道と思われる。

 こうした時に取るべき道は、いかに最悪の事態を防ぐか、という危機管理の思考であろう。確かに、安倍政権の初動操作には種々問題があったと思われる。また、安倍総理の国民への要請の仕方は、国内で影響を受ける人々との調整を行わないまま突然言い出されたものであり、その効果も検証されていないなど問題は多い。しかし、危機を免れるかどうかの決断の時が切迫しているのであれば、安倍総理があえて政治責任を取る覚悟で決断することは国の指導者としてやむを得ないものと考える。今は可能なあらゆる手段を屈指してでも新型コロナの感染防止に努め、その結果が表れない時に初めてその政治決断を批判することが国民として取るべき道ではないか。

 韓国では、日本以上に感染が広がっており、3日午前現在の感染者は前日より477人増えて4812人に達し、死亡者も2人増えて28人となった。感染者数は、中国に次いで世界で2番目の多さである。韓国が現在おかれた状況は、日本がこの問題に危機管理の意識で取り組まなければならないと改めて感じさせるものである。韓国の取り組みが日本に与える教訓について考えてみたい。

韓国人に対する入国制限の広がりで韓国は孤立状態に

 2日現在、世界の81カ国が、韓国人および韓国に滞在歴のある外国人に対する入国禁止や何らかの制限を行っている。モーリシャスでは新婚旅行で訪れた34人が隔離され、ネズミや虫の出る保護施設で、タオルも2人に1枚しか与えられず、韓国外交部の連絡待ちをせざるを得ない、悪夢の新婚旅行となった。

 また、イスラエルでは聖地巡礼に訪れた韓国人から9名の陽性反応が検出されたことから、2月23日に到着した大韓航空便に乗っていた韓国人乗客はテレアビブ空港で事前の通告もなく入国拒否され、そのまま空港から韓国に引き返すこととなった。

 このように、韓国人に対する入国規制は韓国人の観光や移動に多大な不便を与えているが、それ以上に深刻なのは韓国のビジネスへの影響である。

 中国、ベトナムインドサウジアラビアなど韓国と経済交流が多い国が相次いで「韓国人入国禁止と制限」に乗り出し、韓国企業の海外事業に赤信号がともっている。韓国はGDPの4割が輸出であり、輸入もGDPの3割である。特に、2018年基準で韓国売り上げ上位10社の海外売上の割合は65.9%に達している。その韓国が、世界経済の中で孤立していけば、韓国経済の見通しは極めて悲観的にならざるを得ない。

 サムスン電子は先月29日、ベトナムに開設するモバイル研究開発センターの着工式を行い、これに事実上のトップである李在溶(イ・ジェヨン)副会長が出席する予定であったが、取り消さざるを得なかった。韓国はベトナムにとって最大の投資国であり、8000社以上の企業が進出している。また、2017年基準でサムスン電子と系列会社がベトナムの輸出に占めるシェアは25%に達する。それだけ重要な相手のベトナム訪問直前に韓国人のノービザ入国を中断したのである。日本であれば特例として李在溶氏の入国を認めたのではないか。

 中国も広東省広州、山西省西安、江蘇省南京と蘇州など地方政府を中心に韓国発の入国者に対して14日間の隔離など入国規制強化措置を取った。このため、韓国人エンジニアの出張に影響が出て、LGディスプレーの広州有機EL工場の1-3月期稼働計画が大きく揺らぎだしている。

 また、インドマレーシアサウジなどで企業が身動きの取れない状況となっている。サムスン電子は消費者家電部門を中心に、3月末までの海外出張計画を全面的に取り消さざるを得なくなった

 海外建設受注に参戦した韓国の大手建設会社関係者は最近、中東側の発注元とのミーティングで「伝染病が猛威を振るう韓国が正常に工事を引き受けられるのか」と問われたという。新型コロナウイルスの流行が韓国企業の信頼度低下につながっている証左であろう。

 さらに韓国の航空産業の苦境は目を覆いたくなるほどの状況だ。日中便が減便となる中、ベトナムロシアマレーシアからも空路を閉ざされている。このため、短距離を飛ぶ韓国系格安航空会社LCC)は航空機の90%ほどが運航を停止している。大手のアシアナ航空でさえ従業員の給与を3割カットに乗り出すほどだ。

 韓国から日本が学び取る教訓は、いかに関係が深い国でもこと伝染病の防疫となると、手のひらを返すように冷たくなるということである。3日、インドが突然日本人の入国ビザをキャンセルした。首脳同士で日印間の関係強化を確認し合っている国である。日本もこのまま新型コロナウイルスの脅威が広がっていけば、世界経済から孤立していきかねない。今が正念場である。

韓国はMERS対応の失敗から検査体制拡充

 韓国では、中東呼吸器症候群MERS)の流行初期における検査体制が遅れたことから被害が広がった教訓を受け、PCR検査体制を整備しており、現在新型コロナに対して約100カ所の検査所で1日10000人以上を検査している。2日までに11万件の検査を行い陽性は4335人となっている。これは「検査能力4000件弱」と言いつつも、1日1000件程度の検査しかしておらず、検査を希望し、医師もその必要を認めた人も検査できない日本とは雲泥の差である。しかも韓国はドライブスルーの検査所を設置して、感染防止に努めるなど検査体制は日本をはるかに凌ぐものである。

 日本でも民間の大きな病院でPCR検査は可能であると言われている。しかし、検査を行うために種々の条件を設け、検査をやるべきか否かの判断を保健所が行うという制度としたため、診療した医師が必要と判断する人の検査もできない状況であった。今週になり保険が適用されるよう制度を改め、医師から直接民間の検査機関に依頼できるようになるようであるが、検査を行う基準として、37.5度以上の熱が4日間続くなどの症状が見られることなどの条件を定めている。検査を全ての人に開放すると殺到して収拾がつかなくなるためとしているが、そもそも医師の判断で必要と認められればすべて行うことが基本である。韓国でできて日本でできないのはなぜなのか。多くの国民も納得がいくまい。

 そこである疑念が浮かんでくる。これまでは国民に保健所を通すことを求め、その処理能力をフル活用していなかったせいで、新型コロナの感染を一層拡大させたのではないか、という疑念だ。仮に完璧な検査でなくとも陽性者を仕分けしていれば、これまで2次感染、3次感染を減らすことができたのではないかと思う。初期対応の失敗は政治と行政の責任である。国民に負担を強いるのであれば、まずは過去の失敗を認め、今後の協力を求めるのが筋であろう。そうすれば国民ももっと納得して協力するのではないか。韓国のように初動の失敗を他人に押し付けたり、言い訳に終始していたりすれば改善はないのである。

 韓国の検査体制が日本よりはるかに進んでいることは述べた。しかし、その後の体制を見ればMERS対応をモデルとしているため、医療崩壊に近い状況を招いたのも事実である。そもそも186人発生したMERSの規定に頼る韓国政府の防疫体制のため、感染者の多くが研修センターなどに隔離され、医療関係者たちによる集中的な管理やケアを受けられずにいる。しかも大邱と慶尚北道に感染者が集中することを想定していなかったため、同地域では自宅待機しているうちに症状が悪化し死亡するケースが相次いでいる。

 医療体制の地域間格差は歴然だ。大邱以外では感染症の院内感染を防ぐ陰圧室に軽症の患者に入ってもらっているが、この軽症の患者を大邱の重症患者と入れ替えることもできていない。

 日本も今後PCR検査を増やせば、感染者が大幅に増える可能性がある。早急に最も合理的な医療体制をどうするのか対策を構築しておくことが不可欠である。

韓国の初期対応の失敗は経済と防疫の二股をかけたため

 文在寅大統領は、2月13日大企業トップを招いた席で、「コロナは近く終息するだろう」と極めて楽観的観測を述べた。終息宣言の4日後には、「一部のメディアが過度に恐怖や不安を大きくして消費心理を極度に委縮させている」とメディアに批判の矛先を向け、さらに21日に消費業界関係者を招いた席で「防疫と経済の2匹の兎をどちらもとらえなければならない」として「ツートラック」戦略を改めて強調した。また、洪楠基(ホン・ナムギ)経済副首相は「外食産業(自営業者)を助ける気持ちで外部の食堂を利用してほしい」と述べた。いずれも新型コロナウイルスの感染がここまで広がることを予測していなかったため出てきた発言であるが、初動操作が大きな誤りであったことは明らかである。初期段階において新型コロナの脅威を正しく理解していた指導者は、いなかった思われるとので文大統領のみ責めることはできないが、危機的な状況となった今どのように対応するかが問われている。

 こうした事態となった以上、防疫を最優先させるべきである。しかし文政権は相変わらず、集団感染を引き起こした新興宗教団体「新天地イエス教会」を批判するばかりだし、与党は「新天地と保守系政党が結びついている」との政治的プロパガンダの宣伝に一生懸命という有様だ。

 さらに文大統領3月1日の3・1運動記念式典において新型コロナウイルス撲滅のための南北協力に言及した。しかし誰の目にも明らかなように、今は韓国における撲滅に徹底すべきときだ。南北関係を云々している時ではない。文政権は何事につけても、関係改善が見込まれない南北を持ち出し、より優先して取り組むべき問題を疎かにする癖が抜けないようだ。

 これに比べて安倍政権は新型コロナ撲滅を最優先して取り組む姿勢を示している点は評価できよう。ただ、初動操作の失敗の大きな原因が、厚生労働省の説明を鵜呑みにし、十分な検査体制を取らなかったこと、クルーズ船の乗客を船内に閉じ込め、防疫に失敗したこと、習近平国家主席の訪日が念頭にあったのか、初期段階から中国全体を入国規制しなかったことなど多岐に亘っており、その反省の上に立ってより効果的な対策を打ち出せるかにかかっている。

 中途半端な対応では問題をこじらせることになることは韓国の例を見てもわかる。新型コロナ撲滅のためあらゆる手段をとるとの方針に切り替えたのなら、言い訳に終始したり、独善に陥ることなく、専門家の治験を十分検討し政治指導力を如何なく発揮してもらいたいと思う。

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