
昨年末以来続く北朝鮮の異変
筆者は、2月5日に「新型コロナウイルスで北朝鮮崩壊の兆し」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59207)という記事で、昨年末から北朝鮮で起こっている「異変」について書いた。「異変」を列挙すれば次の通り。
②党中央委総会は何ら新しいビジョンを打ち出すことができず尻切れトンボ(昨年末)
③ミサイルも発射せず:トランプ氏への「クリスマスプレゼント」は反故に
④金正恩氏の「新年の辞」なし
⑤6年ぶりに金正日氏の、金正日の実妹・金慶喜氏(正恩氏の叔母で、その夫の張成沢氏は正恩に粛清された)妹の健在を確認(1月25日)
⑥人事の刷新:軍出身の李善権氏の外相就任(1月)
現在、北朝鮮では、深刻な食糧不足で飢餓が深刻化しているとみられる。
加えて、昨年末に中国で新型肺炎が発生し、飢餓で免疫力が低下した多くの人民に計り知れないダメージを与える恐れが高まっている。
このように、2つの危機が重なり、北朝鮮は体制崩壊の危機を迎えつつあるとの観測がなされているところである。
新たな異変が次々発生
2月2日付の「北朝鮮、出国希望の外国人にチャーター便=中国国営TV」と題するロイター電が目を引いた。その要旨はこうだ。
北朝鮮が同国の国営航空会社、高麗航空を1便チャーターし、国際機関の職員や欧州諸国の外交官ら帰国を望んでいる外国人を3月6日に出国させる。チャーター便は首都の平壌からロシアのウラジオストクまで運航するという。中国国営テレビの中国中央電視台(CCTV)が2日、伝えた。
この記事が事実としても、困窮のどん底にある北朝鮮が、わざわざご丁寧にも北朝鮮に滞在する外国人の国際機関の職員や欧州諸国の外交官らを、中国ではなくロシアのウラジオストクに送り届け、それぞれの母国への帰国の便宜を図るという措置は、理解に苦しむ。
「コロナ汚染の少ないロシア経由で」という判断は分かりやすい。しかし、中国との間に何らかの軋轢——例えば苦境にあえぐ北朝鮮が緊急調達したいものを中国が拒んでいる——があるのかもしれない。
さらに言えば、穿ち過ぎかもしれないが、ウラジオストクからの帰りの便にヨーロッパから金正恩氏のための特別医療チーム・医療システムを搬入するためのカモフラ―ジュのためかもしれない。
北朝鮮は3月2日午後0時半すぎ、短距離弾道ミサイルと推定する2発の飛翔体を日本海に向けて発射した。
韓国大統領府はその直後に北朝鮮に対する憂慮を表明し、発射中止を求めていた。
これに対して、金正恩氏の実妹で朝鮮労働党第1副部長の金与正(ヨジョン)氏は朝鮮中央通信を通じ、3日、2日の短距離ミサイル発射は「自衛的行動だ」とする談話を公表した。
この際、発射中止を求めた韓国大統領府に対して「よその軍事訓練に口出しするとは居直りの極致だ」「低能な考えで驚愕(きょうがく)する」「『生意気』で『愚か』」「行動が3歳児並みだ」などと激越な言葉で罵倒した。
兄の金正恩氏の前で楚々と振る舞う与正氏からは想像もできない魔女と見まがうような悪罵の数々である。
これについて、AFP=時事では「与正氏が直接的で、政治的に重要性の高い声明を出したことは、同国の政治的な序列において与正氏が中心的役割を果たしていることを浮き彫りにしている」と報じている。
「新たな異変」についての分析
北朝鮮によるこの措置は、「外国人の数を減らすこと」が「情報漏洩」や「外国などによる謀略・工作」を減らすことに繋がるという判断に基づくものではなかろうか。
いかなる情報漏洩を防ぐのか。それは、いかの3点であろう。
①飢饉の深刻化と餓死者の発生状況
②新型肺炎の発生・拡大とそれによる犠牲者の発生状況
③飢饉と新型肺炎拡大による金王朝独裁体制の動揺状況
「外国などによる謀略・工作」とは、上記のような北朝鮮の混乱に乗じて、米国や中国や韓国、さらにはクアラルンプール国際空港で暗殺された金正男の長男の金漢率(キム・ハンソル、22歳)など金王朝に反対するグループなどによる、金正恩氏の暗殺やその後の混乱につけ込んでそれぞれの意図を達成すしようとする試みである。
「異変」は、北朝鮮が金与正氏名義の談話を出すのは初めてのことだ、という点だ。
これについて筆者は、AFP=時事が伝えた「与正氏が中心的役割を果たしている」という理由だけでは到底納得できない。
金王朝3代で、「身内」がしゃしゃり出たのは金日成の晩年に金正日が父に代わって事実上の元首を演じた例だ。
この時は、後継者に認められた金正日が継承を確かなものにするのが目的だった。
独裁国家の北朝鮮において、今回のように与正氏が直接的で、政治的に重要性の高い声明を出したことは、その内部に何か重大な「地殻変動」が起こりつつある兆候ではないだろうか。
●北朝鮮政権内部における「地殻変動」を読み解く:金正恩氏の生命の危機?
唯一考えられるのは、金正恩氏の健康問題である。
金正恩氏の生命の危機が迫っているのではないかという仮説が浮上する。この仮説は、次の3つが考えられる。
①既に死亡しているか、危篤状態にある
②深刻な病状で回復の見込みがなく余命が長くない
③意思決定もままならない精神状態(鬱病など)
もちろん、いずれの場合にも金王朝では「影武者」を使うのは習わしである。
金日成、正日が死亡した際は、「白頭山の血筋」を引く後継者が決まっていた。しかし、金正恩には3人の子供がいると言われるが、後を継ぐには早過ぎる。
まるで、豊臣秀吉と秀頼の関係(年齢差)に似ている。それゆえ、金正恩氏が死んだら後継者問題は難題になろう。
秀吉は秀次を粛正したために「中継ぎ」がおらず、その弱点を突いた家康に政権を奪われた。
そのような配慮から、正恩氏は重用している妹の与正氏に過渡的な中継ぎの「女帝」にしようとしているのではないか。
兄の正哲氏や伯父の平一氏などよりも信頼できる。加えて、与正氏は結婚しておらず、子供もいない。
金正恩氏自身も後継する際には、子供のいない叔母の金敬姫氏とその夫の張成沢氏が後ろ盾となってくれた。
(唯一の子供の張琴松(チャン・クムソン、1977~2006年)は、フランス留学中に、飲酒後の睡眠薬大量摂取により死亡)
与正氏は、正恩氏の長男にとっては金敬姫氏と同様に叔母に当たる。
否定的要素もある。
北朝鮮は儒教の影響が強く「男尊女卑」が染みついている。そんな中で、「女帝」が容認されるかということだ。
「雌鶏が鳴けば国滅ぶ」という中国の言葉がある。
妻が夫を出し抜いて権勢をふるうような家はうまくいかず、やがて滅びるというたとえである。
しかし、与正氏は「白頭山の血筋」ではない妻ではなく、まごうことなき「白頭山の血筋」である。
目を離せない北朝鮮の動向
上記の「金正恩氏の生命の危機」が迫っているという仮説が正しければ、①食糧不足による飢饉と②新型肺炎の伝播・拡散という事態に加え、③北朝鮮は体制崩壊の危機、という3つのリスクが現実のものとなる。
北朝鮮の体制崩壊については、2月28日に「新型肺炎で北朝鮮崩壊、3つのシナリオ」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59510)という記事で述べたところである。
北朝鮮が体制崩壊は、北東アジアの火薬庫に引火するリスクを秘めている。
米国と中国をはじめ世界中が新型肺炎で大混乱にある中で、第2次朝鮮戦争にエスカレートする可能性が出てくるわけだ。
朝鮮半島と一衣帯水の日本にとっては、最悪の事態である。
いずれにせよ、今後北朝鮮の動向を深く注視する必要がある。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] 新型肺炎で北朝鮮崩壊、3つのシナリオ
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