年齢を重ねるにつれて、必要となってくるものの1つに『教養』があります。

優れた容姿や、立派な肩書をもっている人は魅力的に映るもの。しかし教養がないというだけで、その魅力が半減してしまうことも。

逆をいえば、目に見える形の魅力がなくても、教養があるというだけで一目置かれる場合もあります。

しかし、具体的に何をもってして教養というのでしょうか。具体的な基準もなければ、相手のどこに教養を感じるかは人それぞれです。

教養のある芸能人は、タモリとマツコ

おに(@onitannbitannbi)さんが大学1年生時に出会った大学教授は、教養についてこう説いたといいます。

教養っていうのは、どんな人とでも話を広げられること。今のテレビでそれを持ってるのはタモリとマツコ。

おにさんは、教授の言葉を振り返り「教養とは高いレベルの知識をひけらかすことではなく、さまざまな人にレベルジャンルを合わせた話ができることだと思う」と語ります。

確かに、自分の興味ある話題を話し続けるのは簡単なこと。しかし、それでは相手は聞く一方で会話は広がりません。

対して、話を広げられる人というのは、相手の関心ごとや興味ある話題を、常に会話の中の受け答えで提供し続けています。それは決して、知識やコミュニケーション能力だけではカバーできないものでしょう。

「大学在学中、もっともためになった」とも語るおにさん。それはおにさん以外の人も同じだったようで、教授の言葉に多くの共感の声が寄せられています。

・引き出しが沢山ある人の話は、聞いていて心地よい安心感があります。それでいてネタ振りも受けもできる人を芸人というのだと思う。

・「教養とは、積み上げた知識をすべて忘れ去ったあとに残るもの」ともいいますよね。

タモリさんの出演番組を見ていると、知識の多さ、幅の広さに感心しています。しかも『ひけらかす態度』が見えない。

外見をみがくことも、努力して高い地位を得るのも、努力なくして得られない素敵な財産です。

それとは異なり、目に見えない教養もまた、その人自身にしかない財産。目に見えないからこそ、時が経っても、環境が変わっても失われない普遍的な魅力といえるのではないでしょうか。


[文・構成/grape編集部]

出典
@onitannbitannbi