KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督・白井晃アイルランド出身の劇作家エンダ・ウォルシュの虜だ。2018年に演出した『バリーターク』は、周囲から隔絶された部屋での二人の男のやりとりが、謎の町で暮らす人や風景を浮かび上がらせた。時も所も不明、何の目的でそれが繰り広げられているのかわからない不思議な手触りの舞台だったが、彼らが自分たちの未来について語るせりふが時折り観客の心に共振し、揺さぶる。そして第2弾となる『アーリントン』もまた同様の匂いがする。
舞台はとある待合室。アイーラはそこでずっと、自分の番号が呼ばれるのを待っている。隣の部屋では若い男がモニター越しに彼女を見ている。男は初めてここに仕事でやって来た。壁を隔てた二人の心が、静かにゆれる――。アイーラを演じるのは、2019年春のKAATプロデュース『恐るべき子供たち』に出演した南沢奈央。演出した白井がアイーラ役を熱望したのだそう。稽古が始まる前ではあったが、お二人に話を聞く機会を得た。

ーー白井さん、エンダ・ウォルシュ戯曲の第2弾です。『バリーターク』を経て、彼の作品の魅力を改めてどんなふうに感じていらっしゃいますか?

白井:『バリーターク』も『アーリントン』も、一読してもわかりにくい世界だと思うんです。このシチュエーションはなんなのか、いきなり聞こえてくる声は誰の声なのかなど、最後まで謎の連続。しかし登場人物たちが語る、人生観や死、自分を形成している記憶の話に思わず涙してしまう。そして物語の世界の枠組みが見えたときに、ぞぞぞという感覚が湧き起こる。僕がこの作家の仕掛けに驚かされたからと、自分だけが喜んでいる場合じゃないよって。その驚いた感覚をお客さんにお分けしなければ、と思わされるんです。

南沢:本当に不思議で、難しい戯曲でした。わからないことの連続だけれど、最後まで読んだときに、何かグッときてる、心が動いている自分がいたんです。どこなのかわからない部屋に閉じ込められて、モニターで監視されているというシチュエーションもとても怖いし面白い。ただ実際に演じるとなると大変だろうなとは思います。

ーーアイーラと監視している男の会話から、いつしか二人に絆らしきものが生まれます。

南沢:相手が見えないから、声しか聞こえないから声のトーンでどういう人なのか、どういう気持ちでいるのかをすごく想像するんです。そういう意味では、声だけのやり取りかもしれませんが、お互い影響し合い、心動かし合える、そんな芝居になったらいいなぁと思います。面と向かってお芝居できないぶん、最初はハードルに感じるかもしれないけれど。

白井:その通りですね。管理社会の中で起こる、小さな心の結びつきというのかな。この二人が一瞬スパークした感情を、ウォルシュが“ラブストーリー”と銘打っているところが泣けるんです。

ーーKAAT神奈川芸術劇場では、昨春ジャン・コクトーの『恐るべき子供たち』を上演されています。南沢さんは、弟に対して喜怒哀楽を剥き出しにする姉の役でした。面倒見がいいのに、一方で彼を自分の殻に閉じ込めようとします。彼女の奥にあるピュアさが伝わってきました。白井さんは演出をされて、南沢さんならアイーラが似合うと思われたんですよね。

白井:『恐るべき子供たち』もすごくハードな芝居でした。奈央さんはとにかく食らいついてきてくれた。そこで感じたのは、もっと舞台をやったらいいのにということ。

南沢うふふふ。

白井:舞台は人前に立つ身体表現。全身を見られているというあたり前の意識が絶対的に必要。彼女は体力もあるし、エネルギーを持っている。声もいい。そういう意味で舞台に合っているんです。だから終わったときにまた一緒にやろうと話していたんです。でも『恐るべき子供たち』のキッツイ姉のような役はあまりやってないんですよね。

南沢エリザベートは感情をパンと出すし、その気持ちもコロコロ変わる役でした。これまでは優等生的な役が多かったので、役をつかむのにずいぶん苦労しました。

ーー体力的にも心情的にも大変な役でしたもんね。

白井:感情の幅、身体表現の幅が非常に大きい方だと感じました。それでいて、とてもシャイなんですよ。シャイというのはつまり、自分の中で内在しているものが大きいから、何か表現手段を持ったときにポーンとそれが弾け出る。南沢さんにはそれを感じました。屈託なく笑う役も面白いかもしれないけど、僕の中では内側に抱えている切なさ、悲しみに対して、その震えを伝えられる感性をすごく持っているところが素敵だと感じています。

ーー南沢さんの透明感は、白井さんの美意識が貫かれた世界に、とても似合う気がします。硬質な物語でこそ輝きそう。南沢さんは白井さんの演出を受けられていかがでしたか?

南沢:真摯な方だと思いました。とても丁寧で、ちょっとした変化も見逃さずにいてくださるし、指摘してくださる。私は心の動きを言語化するのが苦手なんですけど、白井さんは言葉を尽くして伝えようとしてくださるんです。だから一つひとつが腑に落ちた状態でお芝居ができる感覚があって、すごく安心感がありました。稽古場にいるのが幸せでした。また、本番もずっと観てくださっていて、途中でも変更があったり、最後の最後まで妥協せずにより良いものを出そうとされるお気持ちが感じられて、私のモチベーションもどんどん上がり、気持ちが高いまま全公演を乗り切ることができました。もっともっと演出を受けていたかったという思いだったんです。

ーー今回は、特に1幕は白井演出をほぼ独占できます! アイーラ役についてはどんなふうに考えていますか。

南沢:まだ全然つかめていません。白井さんがおっしゃってくださったように、過去のこと、さまざまな感情など抱えているものが多い役だと思います。それを表面に出さない女性だからこそ、逆に掘り下げていかなければいけないのかもしれません。また作品全体も不安定な世界観なんです。照明がサージしたり、映像や音楽が突然流れたりしながら世界が揺らいでいくところが、アイーラの心の中を投影しているように見えます。

白井:女優さんの数だけ、まったく違ったアイーラが生まれるかもしれないと思える役。だからエンダ・ウォルシュが書いたアイーラ像を表現しようというよりも、いかに奈央さんの中に内在するものとシンクロさせていくか、共震させていくかという作業が重要になると思う。奈央さんの中でいかにアイーラの言葉に触れられるか。彼女は聞こえてくる男の声と会話しながら、自分のことをぽつねんと話していく。家族もいなくなり、自分の運命もわからない。その声だけに一縷の望みを抱いていく過程を、奈央さん自身の感情として揺らせていってもらえるといいなあ。それができる方だと思っています。

ーー白井さんのお話を聞いていると期待値はずいぶん高そうです!

南沢:白井さんに期待していただけるのはすごくうれしいですし、ありがたいと思います。アイーラと私を結びつけて見てくださった、選んでくださったということで身が引き締まります。本当にいろいろなことを見つけながらアイーラを、お芝居をつくっていきたいですね。お客様には確かにいろいろ疑問が残るような、余韻が残るような作品ではあるんですけど、声だけのやり取りを通していろんな方向に心が揺れ動く人間模様を楽しんでいただければと。私も自分の中にあるものを引っ張り出して、晒け出していくことになりそうなので、チャレンジでもあり、覚悟しなければと思います。

ーー最後に、白井さんには『アーリントン』、そして関連企画として同時期に上演する『メトロポリス伴奏付上映会ver.2020』、リーディング公演『ポルノグラフィ』も含めて、この企画の狙いを語っていただけますか。

白井:僕はこのところ日本が急速に管理社会化している気がしていて、それをまた僕らは自然に受け入れてしまっている。便利といえば便利だけど、空港をはじめどこでも顔認証ですっと入れる。耳にはBluetoothイヤホン、腕にはスマートウォッチと、人間が人間を管理し始めている。それに自分と関係のない他人のことをここまで簡単にバッシングする社会も、今までになかった気がします。僕の中では2020年オリンピックパラリンピックに向けて、人びとの熱狂の影で管理社会がさらに進むのではないかという怖さがある。だからこそ、その管理社会を見つめる作品を並べてみたかった。SF映画に大きな影響を与えた『メトロポリス』と、ロンドンオリンピックが決まる前夜にロンドンで起こった事件を題材にした『ポルノグラフィ』、そして未来のわれわれが置かれるであろう状況を象徴的に描いた『アーリントン』。これらを同時上演することで、私たちの社会がどうなっているかを発信したいなと思っています。

 (左から)南沢奈央、白井晃

(左から)南沢奈央白井晃

取材・文=いまいこういち 撮影=iwa

(左から)南沢奈央、白井晃