2020年3月13日(金)より、映画『エキストロ』が新宿シネマカリテほか全国順次ロードショーされる。今作は、テレビや映画の時代劇撮影が数多く行われる茨城県つくばみらい市にある巨大ロケ施設「ワープステーション江戸」で、ドラマ撮影にエキストラ俳優として参加している萩野谷幸三を中心に起こる、様々な出来事や取り巻く人々を描いた「モキュメンタリ―」だ。

「モキュメンタリ―」とは、ドキュメンタリー風に作られたフィクションのことだが、作品中には大林宣彦監督はじめ、山本耕史斉藤由貴寺脇康文といった主役級の俳優も実名で登場する。どこまでが「嘘」でどこまでが「本当」なのか、見ているうちにリアルフィクションの境界線が揺らいでいくような感覚に陥ることだろう。

監督は、大河ドラマおんな城主直虎』や『透明なゆりかご』、現在放送中の『伝説のお母さん』など、数々のNHKテレビドラマ演出を手掛けてきて、今作が劇場映画初監督となる村橋直樹。脚本は、俳優・作家・演出家として、2008年に『パコと魔法の絵本』として映画化された舞台『MIDSUMMER CAROL ガマ王子 vs ザリガニ魔人』など数々の名作舞台を生み出してきた後藤ひろひと。そして主演の萩野谷幸三は、茨城県で活動する劇団創造市場に所属する俳優で、今作が映画初出演にして初主演となる。

海外の映画祭をはじめ、沖縄国際映画祭、京都国際映画祭でも上映されたこの“異色作”について、主演の萩野谷と脚本の後藤に話を聞いた。

映画『エキストロ』 写真左から後藤ひろひと、萩野谷幸三

映画『エキストロ』 写真左から後藤ひろひと、萩野谷幸三

萩野谷が主演に決まった理由とは?

――まずこの映画がなぜ萩野谷さん主演で撮られることになったのか、後藤さんが脚本を担当することになった経緯も含めて教えていただけますか。

後藤:まずは吉本興業が各TV局のディレクターに何か映画を撮ってもらうっていうプロデュース企画があって、それでNHKは村橋監督に決定したんですね。そうしたら村橋くんの方から「後藤ひろひとが脚本を書いてくれるなら」という条件を出してきて、しかもワープステーション江戸を使って何かやってくれないかと言われたことで、今作のストーリーが出てきました。それで逆にこちら側からの条件として「主役は見たこともない俳優で」と言いました。やっぱりモキュメンタリ―として引き込むためには「誰だこの人」っていう人でなきゃいけない。それで、茨城で撮るんだから茨城の人がいい、っていろんなところを探し回ったら、創造市場という劇団の萩野谷さんという人がイメージにぴったりだ、ということで、僕も会ってみることになったんですね。夕方5時にNHKという約束だったんですが、萩野谷さんは午後3時に来てしまって。でもすることないからとNHKの中をウロウロしていたら道に迷って警備員に保護されたんです。

萩野谷:俺はどこに来てしまったんだろう、となってしまって。

後藤:知りませんよ(笑)。その話を聞きまして、もう約束の5時に会う前に「その人に決めろ」と(笑)。2時間前に来てNHKの社内で行方不明になったその人しかいないだろう、ということで萩野谷さんに決まりました。でも実は萩野谷さんはその直前に僕の書いた作品『パコと魔法の絵本』を劇団創造市場で上演して、大貫という主人公を演じていたんですよ。それがお会いするどれくらい前のことでしたっけ?

萩野谷:1か月前くらいかな。

後藤:上演の1か月後に、その舞台の作者が作る映画の主役に抜擢、ってこれ『ロッキー』じゃないですか、話としては。信じられないような話だったでしょうね。でも萩野谷さんが『パコ~』に出演していたというのは選考に全く関係なくて、本当に偶然だったんですよ。

映画『エキストロ』

映画『エキストロ』

――萩野谷さんは、ご自身が主演でこうした映画が撮られると聞いて最初にどう思われましたか。

萩野谷:まあ、驚きましたよね。そんなことってあるのかな、って。ただね、ちょうどいろいろ大変な時期だったんですよ。それで神棚に毎朝水をあげて手を合わせているときに、「もうそろそろお願いします、何か一ついいことをいただけませんか」と、本当はそんなことお願いしちゃいけないんだけど、そうしたらこの話が来たんですね。ああ、生きててよかったな、と。

後藤:まあ、いいことだったかどうかはわからないですけどね(笑)。あの過酷な演技を強いられて。

萩野谷:そう、過酷だった。これが決まってバンザイ、と思っていたらそこからプレッシャーが始まるわけですわ。

後藤:この作品は「60歳過ぎてエキストラに挑む」という偽ドキュメンタリーですが、60歳過ぎて映画の主役に挑む役者のドキュメンタリーも同時に僕らは横から見ていたわけで、現場の人間はその両方を見て楽しんでいた気はしますね。

お腹が痛くなるシーンで制作部が本気で薬箱を探していた

――「どこまでが本当で、どこまでが嘘か」というのが、見る人によって受け取り方が全然違う作品ですよね。舞台役者さんが多くご出演されているので、知らない方は実在の人物だと思いながら見るかもしれない。あと、萩野谷さんはじめ皆さんはどこまでをご存じで映画の撮影に臨まれているんだろう、というところも興味深かったです。

後藤:演劇ファンの人たちからしたら「こういうところに明星(真由美)が出てくるんだ」とか「ここで高木稟か」という楽しみ方もあるでしょうね。猪股俊明さんは、僕は今回初めてお会いしたんです。現場でお会いしたとき、ネックトラップで名前のタグを下げてるという、映画に出てくるあの恰好でいらしたので、僕本当にエキストラ会社の人だと思って話しかけちゃったんですよ。その後で「しまった、僕の書いたキャラクターをちゃんと演じてくれている役者さんだ」って気付いて(笑)

萩野谷:僕も猪股さんが役者さんだと最初知らなくて、本当に「ラーク」っていうエキストラ事務所の偉い人なんだと思ってました。

後藤:あと、萩野谷さんがお腹痛くなるシーンあるでしょう。あの時に「エキストラさん1人お腹痛くなりました」って言ったら、制作部の人たちが「薬箱どこいった?」って慌てて走り回って本気で探してたんですよ。色々なことがちゃんと全体に伝わってない状態で撮ってたんですね。そこが本当に面白かったです。

萩野谷:いろんなことが僕にも伝わってなかったですもんね。台本ももらえなくて。

後藤:そうですね、萩野谷さんには大事なことはあまり伝えないようにして撮影してましたね。

映画『エキストロ』

映画『エキストロ』

――後藤さんもワンシーンご出演されていましたが、あの場面は萩野谷さんご所属の劇団「創造市場」の稽古場ですよね。高木稟さんと吉田靖直さん以外は、本当の劇団員の方々だったのでしょうか。

後藤:そうです。土浦のあの劇団に、若い子から萩野谷さんまで何十人と所属しているって、すごいことですよね。あの撮影も、誰にも何にも言わずに監督に「ちょっとカメラ回しておいてくれ」って言って即興でやりました。

萩野谷:でも本当に後藤さんがあそこで劇団員抱えてやっているように見えましたよね。

映画『エキストロ』

映画『エキストロ』

この映画で萩野谷が一番印象に残ったシーンは……

――萩野谷さんは完成した今作を見て、一番印象に残った場面はどこでしたか?

萩野谷:1つ挙げるとしたら、これですね。(と言いながら両手を顔の横で開いてみせる)

――……ああ! それって、高木稟さんのシーンですよね?そこですか?ご自分が出ているシーンではなくて?

後藤:ハハハハ! 高木くんのね。あれ面白かったですね。

萩野谷:あとはプロレスラー藤波辰爾さんとあの2人(高木稟と吉田靖直)の絡みはすごかったですね。

映画『エキストロ』

映画『エキストロ』

――藤波さんや、あとは山本耕史さん、斉藤由貴さん、寺脇康文さんといった実名キャストの方もご出演されています。

後藤:他の人たちにオファーをしたとしても、後藤ひろひとが何をやりたいのかピンとこなければ受けてもらえないと思うんですよね。「こんな台本見たことがない」というようなものを書いちゃったんで。なので、結局は全員が僕の遊び仲間ばっかりなんですよ、カールスモーキー石井さんまで含めて。耕史くんとは、実は初めて仕事をしたんですけど、でもずっと会うたびに「何か一緒にやりましょうよ」と言ってくれてたので、すぐ受けてくれましたね。

――山本さんも実に楽しそうでしたね。

後藤:僕の好きなワンカットを言うと、耕史くんのピントをぼかして奥にいる藁を打ってる萩野谷さんにピントが合うところが「これだ!」と思ったんです。山本耕史がピンボケで、萩野谷幸三って誰やねん、っていう人にピントが合うっていうのが、この映画の一番象徴的なシーンだったんじゃないかな、と思いますね。

萩野谷:でも今でもね、例えば昨年の京都国際映画祭でこの作品が上映されたとき、夜に後藤さんと飲んだんですよ。途中で後藤さんがトイレに行くので席を立ったんですけど、ついキョロキョロ周りを見てしまって。

後藤:なんで?

萩野谷:誰かがカメラで撮ってるんじゃないかって。

後藤:トラウマになってるんですね(笑)。ああ、先輩にかわいそうなことをしてしまった気がするな、この映画を通して。じゃあもしかして、この映画は本当は全部存在しないんじゃないか、とか思ってたりします?

萩野谷:本当はこのポスターじゃなくて、公開時には全く別のポスターになるんじゃないか、とか。

後藤:山本耕史メインで、萩野谷さんがこんな小っちゃく写ってるポスターに変わってたりして?(笑)

萩野谷:そうそう、僕がこうやって指くわえて遠くから見てるような。だってこんな僕がメインって、申し訳ないですよ。

後藤:いやいや、こっちこそ疑心暗鬼になるような変な病気にかけてしまってすみません(笑)

映画『エキストロ』

映画『エキストロ』

スターを作る映画になったらいいなと思った

――萩野谷さんという、茨城でその地域の演劇をずっと支えて来た方がこうして全国公開の映画の主役になる、というのはとても感動的ですし、演劇や俳優に対する愛をすごく感じられる作品でした。

後藤:これ公開されたら、いずれ大河ドラマとか本当に出てるかもしれないですよ。同じワープステーションで撮影して、監督も村橋くんで。それでまたキョロキョロするんでしょ(笑)

萩野谷:「ホントかな、これ」ってキョロキョロし続けますよ。

後藤:今度、大阪の仕事で萩野谷さんにオファーしてるんですけど、聞いてます?

萩野谷:聞いてますけど、どっかでまだ引っかけられてるんじゃないかとかね、思っちゃうんだよね。

映像『エキストロ』 萩野谷幸三

映像『エキストロ』 萩野谷幸三

――萩野谷さんにとって、今作の撮影中がいかに毎日ドキドキだったかが伝わってきます。

萩野谷:セリフがちゃんとあって、それを記憶力が悪くても覚えて言うっていうことは、ある意味ありがたいことだな、と思いました。昔はよくね、僕は浅草の軽演劇みたいなのが好きで、演出から逸脱して打ち合わせなしで勝手にやったりしてました。でもあの頃は若かったからできたんですけどね。

――撮影中はいろいろドキドキしたり、ご苦労もあったと思いますが、この映画に関わった方々の萩野谷さんに対する愛があるからこそ出来上がった作品だなと思います。

萩野谷:いやもうみんな温かくて優しい人ばかりで、愛情深かったですね。一生懸命やって来てよかったな、っていう。

後藤:今の日本映画って「なんでこの役をこの人がやったんだろう?」みたいに首をひねることが多いんですよ。結局スターは買ってくるものであって、作るもんじゃないんですよね。でも、映画文化のレベルが高いところは、スターを映画で作るじゃないですか。だから『カメラを止めるな!』はその点素晴らしかったと思います。あれは久しぶりにスターを作る映画でしたね。今そういう映画があまりにも少なくて、だから今作も「1人のスターを作る映画」になったらいいな、と思ったんですよ。

映像『エキストロ』 後藤ひろひと

映像『エキストロ』 後藤ひろひと

――この映画に主演したことで、萩野谷さんは演劇を地道にやっている人たちの希望の星ともいうべき存在になるんじゃないでしょうか。

萩野谷:いやいや、どうでしょうね。劇団員たちには演技について、お客さんが見てるちょうど真ん中あたりで芝居を落とす、って説明するんです。お客さんにはそれぞれの人生があっていろいろな見方があるんだから、お客さんの手前で芝居を落として握手するようにする、役者は欲をかかない、という話をするんです。

後藤:ひょっとしたら、生で萩野谷幸三を見られるのは茨城の劇団創造市場しかない、ってなったら茨城以外のところから舞台を見に来る人がいるかもしれない、と思うと演劇の向上にもなるのかなと思いますよね。

――では最後にメッセージをお願いします。

萩野谷:この作品には、後藤さんも含めてかなりの挑戦があると思うんですよね。芝居やってる人間としても、モキュメンタリ―という作られたドキュメンタリーで、よりナチュラルな芝居というものがどのようにして作られるのか、それをより多くの人に見てもらえたらな、と思っています。

後藤:……ちょっと真面目過ぎるなぁ(笑)。ホントにイイ人なんですよ。都会じゃこんなにイイ人は生まれないです。

――このインタビュー通じて、改めて萩野谷さんのお人柄がよく伝わって来ました。では後藤さんからもメッセージをお願いします。

後藤:常に僕は、ストーリーがあってそこで終わり、という作品じゃなく、見終わった後、誰かとちょっと長い時間しゃべっていたいな、と思うような映画なり舞台を作ろうとしています。これもその1個で、見終えた後にいっぱいしゃべりたいことが出てくると思うんですよ。だからぜひ、誰かと一緒に見てください。きっと1人ではこのヘンテコリンな映画を消化しきれないと思います。「あれホントかな?どうなのかな?」とか誰かと話して欲しいですね。

映画『エキストロ』 写真左から萩野谷幸三、後藤ひろひと

映画『エキストロ』 写真左から萩野谷幸三、後藤ひろひと

『エキストロ』は2020年3月13日(金)より新宿シネマカリテ他全国順次ロードショー

取材・文・撮影=久田絢子

映画『エキストロ』 写真左から後藤ひろひと、萩野谷幸三