昨年5位と低迷しながら、ドラフト指名した新人は全球団中最少の4人にとどまり、目立つ戦力補強もなし―。開幕前は多くの評論家が下位予想した千葉ロッテが、“想定外”の快進撃でパ・リーグを盛り上げている。

その大きな要因が、伊東勤つとむ)新監督の手腕にあることは間違いない。昨年までほとんど実績のなかった若手を次々と登用し、主力選手に対しても固定観念を排して役割を再考。限りある戦力を適材適所にズバリ配置する“眼力”の秘密はどこにあるのか?

現役時代にバッテリーを組んだこともある江夏豊氏が、その深層に切り込んだ!

■韓国球界で学んだ“外国人”の苦労

江夏 自分の現役最終年、西武に移籍したのが1984年。もう30年近く前か。あのとき、あなたは何年目だった?

伊東 3年目です。実は僕、江夏さんには特別な思いがあったんですよ。子供の頃、「プロ野球スナック」というのを買いまして。

江夏 スナック?

伊東 カード付きのお菓子です。

江夏 ああ、はいはい

伊東 あるとき、ホームランカードという“当たり”が出たんですが、その写真が江夏さんと田淵(幸一)さんでした。阪神の江夏-田淵の黄金バッテリーといえば、僕らの憧れですよ。そんな僕が西武に入って、まず田淵さんにお会いして、それから江夏さんが来られて。おふたりと一緒に野球をやれたのは、プロに入って一番の感激でした。

江夏 当時、試合でバッテリーを組んだことはあったっけ?

伊東 ありましたよ!

江夏 そうか(笑)。

伊東 覚えておられないでしょうけど、確か西宮(にしのみや)球場で、江夏さんがノーサインで相手のスクイズを外したんですよ。あれは特に印象に残っています。

江夏 覚えているのは、あなたが試合後によくベソかいとったことかな(笑)。当時の監督とコーチにずいぶん厳しくされてな。

伊東 ははは(笑)。



江夏 その男が西武の黄金時代を支え、引退後は監督としても日本一になり、今度はロッテの監督になったんだもんな。まだシーズンの半分も消化していないとはいえ、交流戦終了時点でパ・リーグ首位。これは予想できた?

伊東 いえいえ。開幕前はほとんどの評論家の方も5位、6位と予想していましたしね。「優勝」とか「Aクラス」という明確な目標よりも、とにかく一日一日、選手と一緒に戦えたらいいと思ってスタートしました。

江夏 でも、やる限りはやっぱり勝ちたいだろ?

伊東 もちろんです。そのためにも、飛び抜けた選手がいない今のチームでは、全員にチャンスを与えながら全員で戦っていくしかありません。正直、完成されたチームではないですから。

江夏 今の成績は出来すぎ?

伊東 想定外ですね。

江夏 これはもう、周りの人たちもそう思っているんじゃないかな。2004年から4年間、西武を率いた初めての監督時代と比べて、今回は自分の気持ちの中で何がどう違う?

伊東 西武では現役引退後すぐに監督になって、いろいろな面で若く、イケイケな部分もあったと思います。それから解説者を4年間やって、昨年は韓国プロ野球コーチを経験しました。違う世界の野球を見て、自分なりに勉強できたとは思っています。

江夏 韓国での仕事については、テレビのドキュメンタリー番組で見させてもらったよ。何か監督と合わなかったようだけれど、それは野球観の違い?

伊東 野球観というか……初めて監督をやる方だったので、球団から「伊東さんのノウハウをすべて監督に注入してくれ」とお願いされて引き受けたんですね。最初の頃は話を聞いてくれたんですが、チームの調子が上がってくると、やっぱりプライドもあったのか、「自分の采配で勝っている」という感じであまり他人の話を聞かなくなり、僕とも距離を取るようになってしまって。僕としては、別にチームを……。

江夏 まさか乗っ取るつもりじゃあるまいし。

伊東 ええ、自分の経験を伝えようとしただけなんです。でも、間に通訳が入ると、自分の言いたいことすべてが相手に伝わらない難しさがあって。それも距離が開いてしまった原因ですね。

江夏 そういう苦労は初めてだっただろうね。

伊東 向こうに行って、日本にやって来る外国人選手の気持ちが少しわかりました。こういう苦労をしている選手もいるんだなと。

江夏 なるほど、それもまた勉強というわけだ。



■3人のコンバートでチームが落ち着いた

江夏 そんな経験をした後、ロッテから監督就任要請が来た。まずコーチングスタッフをどうするか、という問題があったと思うけど。

伊東 それが最優先ですし、一番大変でした。西武で一緒にやっていただいたうちの何人かは、他球団でユニフォームを着ていましたし。とにかく、自分で一緒にやりたいと思う人たちには、すぐに連絡を取りました。

江夏 チームの戦力以前に、監督とコーチングスタッフの関係はすごく重要だからね。自分の気持ちをそのまま選手に伝えてくれる人が多ければ、心強いよな。

伊東 そうですね。みんな気心知れているというか、一緒にやった経験はなくとも伊東勤という人間を知っている人ばかりなので、僕の考えを理解してくれていると感じています。

江夏 スタッフが決まれば、次は戦力を見るわけだけど、まず、新人はわずか4人しか獲っていないんだよな。

伊東 昨年のドラフトに関しては、僕は一切タッチしていないんです。監督就任が決まったのはドラフト会議の直前で、途中から編成の方針に口出しするのも申し訳ないと思ったので。

江夏 それ以外の補強に関してはどう? 不満はない?

伊東 それはもちろん、たくさん獲っていただけるのであれば欲しいです(笑)。でも、監督を引き受けて秋季キャンプに行った時点で、「来年はここにいるメンバーで戦わなきゃいけない」というのはある程度、覚悟していました。

江夏 さあ、そしてロッテの監督として迎えた今年の開幕は、いきなり2試合連続の延長12回サヨナラ勝ち。あれがひとつのきっかけだった?

伊東 もう、あれがすべてでしょう。勝てたということが選手たちは自信になったと思います。

江夏 そうだよな。どれだけいい試合でも、やっぱり勝たないと。

伊東 「今年はこれでやれる」と、あらためてチームがひとつになれた2試合だったと思います。

江夏 その後、伊東采配で特に目立ったのがコンバートだよな。例えば、井口(資仁[ただひと])がセカンドからファーストに回ったのは、本人も納得しているのかな?

伊東 もちろんです。そこでわだかまりをつくりたくないですから、春のキャンプのときに「セカンド一本では難しいかもしれない」という話をしました。彼は「試合に出られるならどこでもいいです」と言ってくれましたね。







江夏 それと、4月の終わりからショートを守っている鈴木大地。一番成長した若手と言っていいんじゃない?

伊東 大地は昨年の秋からずっと好調で、春の練習試合、オープン戦でも結果を残していたので、なんとか使いたいなと思っていました。そこで、さすがに昔ほどの守備範囲はなくなってきた井口をファーストに回して、最初は大地をセカンドに入れたんです。

一方、開幕からショートを守っていた根元(俊一)は捕球はいいんですが、スローイングに少し難があり、ミスが失点に絡み始めた。それで守備コーチと話して、一回、大地と根元を入れ替えてみましょうと。チームが落ち着いてきたのはそれからですね。

江夏 コンバートとは違うけれど、打つほうでもうひとり。交流戦から今江(敏晃)が4番を打っているよね。こう言っちゃ失礼だけど、まあ似合わない(笑)。

伊東 はははは(笑)。

江夏 誰の発想なの? どこからどう見たって、タイプとしては7番バッターだよ(笑)。

伊東 でも、ほかに誰が4番を打つのか、と見渡しても該当者がいないんです。開幕4番の井口も責任感の強い男で、負担をかけすぎたくないというのもありましたし、かといって福浦(和也)やサブローをずっと4番に置くのも……。

江夏 そのふたりも、やっぱり4番タイプじゃないよな。

伊東 ですから、もう取っ替え引っ替えしながら、4番もつなぎの感覚でいいかと考えていたんです。でも、交流戦に入る前くらいから今江の状態がすごくよくなってきまして。打撃コーチから一度、4番に置いてみようという意見もあったので、やってみたんです。

江夏 それにしても、今江はずうずうしいよなあ(笑)。今じゃ、すっかり4番の顔してるもんな。

伊東 今江にしても、大地にしても、ハマりましたね。

江夏 本当にうまくハマったよ。



■自分の目を信じて西野を抜擢した

江夏 投手陣のほうも、昨年まで実績のなかった選手たちの活躍が目立つよね。中継ぎの服部(泰卓[やすたか])なんかもそうだし、何より先発の西野(勇士)。ここまでチームトップの7勝だろう(成績は6月26日時点、以下同様)。

伊東 西野は、昨年の秋季キャンプの時点ではまだ育成選手でした。でも、ブルペンで力のある球を投げていたので、この子は面白いなと。その後、支配下登録になったので春の一軍キャンプに連れていったら、やっぱりすごく順調で。練習試合やオープン戦の出来もよかったですからね。

江夏 しかし、育成だったということは、誰もが「すごい!」と太鼓判を押すような素材ではなかったということじゃない? いきなり開幕ローテーションというのは、思い切った決断だと思う。いくらブルペンでいい球を投げていても、いざバッターが立った途端、そのいい球が消えてしまう投手を過去に何人見てきたか……。

伊東 おっしゃるとおりです(笑)。でも、西野に関しては、僕自身の目を信じました。

江夏 自分は試合でのピッチングしか見たことがないんだけれど、すごく強気だよね? あの強気が、彼を今の位置に立たせていると思うんだよ。

伊東 (左胸を拳で叩きながら)ハートが強いんです。育成選手としての4年間には相当な苦労があったと思いますし、そこから這い上がろうともがいていたときの気持ちが、今もそのまま出ているように感じます。

江夏 それから、リーグトップの21セーブを挙げているリリーフの益田(直也)。独特のフォームで打者は差し込まれるんだろうな。昨年はセットアッパーだった彼を抑えに回した理由は?

伊東 昨年、70試合以上に登板した経験もありますし、球の力もチームでは上のほうですから。

江夏 抑えというポジションは、特に監督との信頼関係が大事だよね。例えば2試合続けて打たれたとして、ベンチでイヤな顔をされたら、もう仕事なんかできない。打たれても打たれても、「おまえしかいない」という顔をしてくれないと。言い換えれば、監督のほうが腹をくくらないとできないポジションだと思う。

伊東 当然、そのつもりで益田を抑えにしています。チーム全体に「うちの抑えは益田。あいつでやられたらしょうがない」という意識を浸透させようと。

江夏 5月15日交流戦の対巨人戦で、益田がひとつもアウトを取れずに打たれてサヨナラ負けしたよね。あのときも、ベンチはそういう雰囲気だった?

伊東 もちろんです。それがこのチームの形なんだ、と。



江夏 そうしてくれるとピッチャーは救われるよ。自分もそういう仕事をやっていたからよくわかる。しかし益田にしても、西野の先発にしても、今江の4番にしても……本当に面白いチームだよな。

伊東 ははは(笑)。監督としてもそう思います。

江夏 さて、打つほうでは元阪神のブラゼルという長距離打者を獲ったけれど、今のチームに足りないところはどこだろう?

伊東 若い選手が多いので、経験値がないですよね。ここまでがむしゃらにやってきた分、少し体力的に落ちてきた部分もあるし、ゲーム慣れして油断が生じてきた部分もあります。

江夏 若い選手はとにかく練習だよな。試合は一生懸命やるだろうけれど、疲れているからと練習で手抜きをやると試合に必ず響く。そのあたりはあなたが一番よくわかっていると思うけど。

伊東 今はまだ勝てているので“心地よい疲労”かもしれませんが、みんな、ものすごくきつい思いをしているはずです。おそらく先のことを見る余裕はないでしょう。となると、ここから先はベテラン連中ですね。

江夏 先日復帰したキャッチャーの里崎(智也)しかり、福浦しかり、サブローしかり。

伊東 彼らがこれからチームを救ってくれると思います。

江夏 それを期待したいね。いずれにしても、必ず一度はチームの状態が落ちると思う。そのとき、あなたがどういう態度でいるか。選手もコーチも監督を見ているからね。西武時代の経験も、韓国で苦労したことも全部、肥やしになってくると思う。

伊東 ありがとうございます。これからも全員で戦い抜きます

江夏 ぜひ、残りの試合も頑張ってよ。今日はありがとう。

(構成/高橋安幸 撮影/五十嵐和博)

伊東勤(いとう・つとむ



1962年生まれ、熊本県出身。81年にドラフト1位で西武に入団し、80年代から90年代の黄金時代を正捕手として支えた。実働22年でリーグ優勝14回、日本一8回、ベストナイン10回、ゴールデングラブ賞11回。引退翌年の2004年から即、西武の監督に就任。08年から11年まで野球評論家、昨年は韓国・斗山ベアーズのヘッドコーチを務め、今年から千葉ロッテの監督に就任

江夏豊(えなつ・ゆたか



1948年生まれ。阪神、南海、広島、日本ハム、西武で活躍し、年間401奪三振オールスター9連続奪三振などの記録を持つ、伝説の名投手。通算成績は206勝158敗193セーブ

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