サッカーキング No.002(2019年5月号)掲載]

進化とは進歩ではない。変化であり適応である。ヒトが尾を失ったことを退化と言うが、これも進化の一種だ。つまり、ここに名を挙げる者たちの間に、優劣はない。等しく時代の要請に応え、独自の進化を遂げたのだから。

文=西部謙司
写真=ゲッティ イメージ

オフサイドルール変更がセンターバックを生んだ

 現代のセンターバックには、ありとあらゆる資質が求められている。高さやパワーは必須だが、そこにスピードが加わり、後方からゲームを作る能力も要求されている。つまり、長身で力強く速いフィジカル・エリートで、ボール扱いが巧みで長短のパスを正確につなぎ、戦況を読むインテリジェンスも備えているプレーヤーということになる。

 このスーパーマンのようなセンターバックの祖型はルイスモンティだろう。アルゼンチン代表として出場した1930年の第1回ワールドカップは準優勝。4年後の第2回W杯はイタリア代表として優勝している。モンティポジションは2バックシステムセンターハーフなので今日のディフェンシブハーフに近いが、守備では相手のセンターフォワードマークし、攻撃では深いところからゲームを作るプレーメーカーだった。

 1925年に現行のオフサイドルールに変わるまでは2バックが主流で、ルール改定後にセンターハーフを下げた3バックが普及している。そのため、英国では3バックセンターバックを「センターハーフ」と以前のポジション名で呼ぶ習慣があった。余談だが、のちにオランダが4バックから3バックに変化したときには、アンカーの選手をセンターバックと呼んでいる。オランダ人のハンス・オフト(元日本代表監督)はジョゼップ・グアルディオラセンターバックと呼んでいた。

 2バック時代には存在しなかったセンターバックは、新しいポジションだった。 モンティプレーしたイタリアシステム(2バックだった)では、センターハーフの役割を残しながらセンターバック的な任務が追加されていた。次第に相手のセンターフォワードマークするだけの役割にシフトしていくのだが、その出自からするとセンターバックはもともと万能型のポジションだったとも言える。

 1950年代には攻撃的センターバックセンターハーフ)として名を馳せたオーストリア人のエルンスト・ハッペル(むしろ監督としてのほうが有名かもしれない)、1960年代はレアル・マドリード黄金期を支えたホセ・サンタマリアウルグアイ)がいる。1966年のW杯で初優勝したボビー・ムーアイングランド)は現代風のセンターバックだった。そして1970年代にはセンターバックの性格を大きく変えた「リベロ」が登場する。

 リベロ発生の時期は3バックの出現とそれほど変わらない。3バックからではなく2バックからの移行なのだ。2バックシステムの両サイドハーフが守備時に後退し、2人のDFのうち1人がカバーリング専門職となる可変式だった。「ヴェルー」(かんぬき)と呼ばれた新ポジションの発明者は、オーストリア人のカール・ラパン。ラパンはのちにスイス代表監督としてヴェルー・システムを取り入れ、これが1950~1960年代にイタリアで「カテ ナチオ」として定着していった。イタリア語自由人リベロ)は当初カバーリングが主な役割だったのだが、次第に“本物の自由人”が現れる。ヴェリボル・ヴァソヴィッチやウィリー・シュルツという先駆はあったが、決定的なのはフランツ・ベッケンバウアーだ。

◆世界中に影響を与えたベッケンバウアーの出現

 西ドイツ代表でシュルツの後継者となったベッケンバウアーは、「攻撃するリベロ」という新しい概念を作った。マンマークカバーが任務だったリベロは、それだけに攻撃時にはマークされにくい。後方でフリーマンとしてボールの預けどころになれた。もともとMFだったベッケンバウアーは、後方でのビルドアップから中盤へ進出してプレーメーカーとして振る舞い、さらに敵陣へ入ってラストパスやフィニッシュまでこなすオールラウンドなプレーを見せつける。その大成功を目の当たりにして、攻撃的MFのリベロへの転向は一つの流行になっていった。

 スペインでは、レアル・マドリードで10番をつけ、フェレンツ・プスカシュの後継者と目されていたピリがリベロへ転向している。実は日本もこの影響を受けていて、日本リーグで釜本邦茂を制して得点王を取った落合弘が、二宮寛監督(三菱)のもとでリベロに転向している。数試合ながら釜本までもがリベロプレーしたこともあるぐらいで、フリーマンのゲームメークは戦術上の柱だった。本来はプレーメーカーである森孝慈(三菱)、前田秀樹(古河)などがリベロプレーし、風間八宏もサンフレッチェ広島で一時期3バックセンターをやっている。

 守備システムはやがて「マンツーマン&リベロ」から、ゾーンの4バックへ移行していくのだが、ドイツには2000年代初めまでリベロシステムが根強く残った。ドイツ人のバロンドール受賞者はベッケンバウアー(2回)のほか、センターフォワードゲルト・ミュラーカール・ハインツ・ルンメニゲ、ローター・マテウス、マティアス・ザマーだが、ザマーもリベロだった。マテウスは受賞時こそMFだったが、すぐにリベロに転向している。DFの受賞すらめずらしいのに、リベロが2人ないし3人いるというのは、ドイツにおけるリベロの重要性を物語っている。

 そしてリベロの登場は、ストッパーの出現でもあった。

 ストッパーはマンマークスペシャリストだ。リベロというカバーリング専門職の登場は、センターバックの相棒がマーク専門となることを意味していた。マークカバーの両立から、より専門性の高いポジションに分化したと言える。センターフォワードとのバトルを制するのがストッパー最大の任務。空中戦に強く、パワーのある人材が重視されていく。

 イタリアの“殺し屋”としてディエゴ・マラドーナジーコマークしたクラウディオ・ジェンティーレ、西ドイツカールハインツ・フェルスターやユルゲン・コーラーなどが活躍した。ゾーンの4バックへ移行してからも、2人のセンターバックのうち1人はリベロ的、もう1人がストッパー的な選手という組み合わせだった。1998年のW杯で優勝したフランス代表なら、リベロ型がローランブランストッパー型がマルセル・デサイーといった具合である。ゾーン流行の決定打とも言えるミランは、アレッサンドロ・コスタクルタがストッパー型、フランコ・バレージがリベロ型だった。

 もともと「4バックゾーン」のブラジルでも、ポジション的には左右に振り分けているだけだが、やはりカバーリング系とバトル系の組み合わせが主流だった。ただ、ゾーンディフェンスの性質上、2人のセンターバックマークカバーの両方を担当しなければならない。次第にリベロ型とストッパー型が統合され、この2つの資質を併せ持つセンターバック2人が並ぶようになっていく。ゾーンの普及とともに専門職の時代が終わり、 かつての万能型へ近づいたと言える。

◆時代を問わず求められるセンターバックの能力

 フットボールでは、得点の8割ぐらいがペナルティエリアの中、ゴールエリアの幅で記録されている。およそどの大会でも同じ傾向なので、守備側にとってはこのエリアが最重要守備エリアになる。この真正面のエリアをドリブルやスルーパスで割られない、一対一の強さやシュートブロックの技術が求められる。サイドからのクロスに対する守備力はさらに重要だ。センターバックに高さ、強さが常に求められてきた理由である。

 1920年代のイングランド代表は圧倒的に強かった。2ケタ近い得点で勝つこともめずらしくなく、その後も長く強豪として君臨するのだが、1950年代あたりから急速に力を失っていく。母国の地位低下にはいくつかの要因があるとはいえ、対戦国のGKとセンターバックが空中戦を強化したことは大きい。ヨーロッパ大陸のプレースタイルは「GKまで抜かないとシュートしない」と英国人から揶揄されていたぐらいで、ハイクロスをヘディングでたたき込む英国風の攻撃に慣れていなかった。しかし、GKとセンターバックによる空中戦対策ができてからはイングランドの優位性が削り取られた。

 かつてのイングランド風ではないが、現代でもハイクロスが攻撃方法の一つであることに変わりはない。センターバックには高さと強さが求められる。体格は絶対ではないが、かなり重要な資質ではある。セルヒオ・ラモスマッツ・フンメルスヴァンサン・コンパニなどは、空中戦迎撃能力を含む自陣ゴール前の守備力が高いセンターバックの代表だ。一方でビルドアップの中心としての攻撃力も問われていて、フランクフルトでの長谷部誠は“ベッケンバウアー型のリベロ”という現代ではめずらしタイプとして活躍している。もう少し前方でのプレーを増やせば、ベッケンバウアー、ザマー、マテウスの系譜に連なるかもしれない。

 総合力ではフィルジル・ファン・ダイク素晴らしい。高さ、うまさ、強さだけでなく、速さも魅力だ。高さとパワーがあるセンターバックスピードに欠けるきらいがあるが、リヴァプールのようにラインの高いチームでは、相手のスピードスターに負けない速さも求められる。その点でファン・ダイクバランスのいい万能型のセンターバックと言える。

 ちなみに筆者が見た中でセンターバックの完成形といえるのがフランクライカールトだった。1988年ユーロではリベロのロナルド・クーマンと組んでオランダ代表を優勝に導いている。クーマンはロングパスの名手で、空中戦や一対一に強かったが鈍足で有名だった。ただ、ライカールトはカバーする必要のない選手で、クーマンの前方にいるにもかかわらずスペースカバーできるスピードがあった。パワースピード、高さ、テクニックビジョンのすべてに秀でたオールラウンダー。ライカールトを超えるセンターバックは現れていないと思うが、そのライカールト自身がセンターバックを本職としていないというところに、このポジションのおもしろさがある。

※この記事はサッカーキング No.002(2019年5月号)に掲載された記事を再編集したものです。

高さ、強さ、スピード、技術を高いレベルで兼ね備えた万能型CBのファン・ダイク [写真]=Getty Images