「もう引退なの? ちょっと早くない? 昔の新幹線って、もっと長く走っていたわよ」

 この発言の主はマツコ・デラックスさんだ。

 レギュラー番組「5時に夢中!TOKYO MXTV)」の放送中(2020年2月24日)だった。夕刊紙の記事をランキング形式で紹介するコーナーで、東海道新幹線から700系が引退という記事がランクインした。「7位で700系ネタとはシャレが効いている」「さすがマツコさん、鉄道にも詳しいな」と思いつつ、マツコさんは多くの人々が思っていることをズバッと言ってくれるから人気がある。

 きっと多くの人々が「700系引退は早い」と思っているはずだ。

4年半前に告知、計画通りだった

 2020年3月1日東海道新幹線から700系新幹線電車が引退した。先頭車が丸みを帯びて「カモノハシ」の通称とともに親しまれた。引退の告知は2015年10月に行われていた。報道資料「N700Aの追加投入について~全ての東海道新幹線が『N700Aタイプ』になります~ 」において、「平成31年度末には700系の置き換えが完了し、すべての車両が快適性、環境性能に優れた『N700Aタイプ』となり、最高速度が285km/hに統一されます」との記述がある。引退の告知から引退まで4年半の期間があった。

 JR東海700系の引退を記念して、2月12日からヘッドマークサイドステッカーによる車体装飾を実施、700系に乗車する旅行商品の展開や700系イラストをあしらったグッズ販売などを展開して盛り上げた。「リニア・鉄道館愛知県名古屋市港区)」も1月8日から700系電車引退記念企画を実施し、保存されている700系先頭車両に東海道新幹線品川駅開業を記念した「AMBITIOUS JAPAN!キャンペーン装飾を実施した。人気グループTOKIO」による同名のキャンペーンソングも懐かしい。

 しかし、コロナウィルス騒動の影響で700系電車の最後は寂しかった。マツコさんの叫びのあと、リニア・鉄道館2月29日から休館となり記念展示も中止。3月8日に運行予定だった「のぞみ315ありがとう東海道新幹線700系」は運休となり、引退記念式典も中止された。サヨナラ列車の中止の告知が定期列車運行終了の翌日だったから、サヨナラするつもりの日には去った後。なんとも呆気ない形で終わってしまった。

初代0系電車の運行期間は35年。たしかに長い

 さて、マツコさんの言うとおり、700系新幹線の引退は早かったか。歴代の東海道新幹線車両の運行期間を比較してみよう。

 後に「ダンゴ鼻」と呼ばれた初代0系電車は、1964年東海道新幹線開業とともに走り始めた。東海道新幹線からの引退は1999年だ。運行期間は35年。たしかに長い。

 2代目100系電車は顔つきがややシャープになり、2階建て車両が連結された。営業運転開始は1985年東海道新幹線からの引退は2003年だ。運行期間は18年。約半分。

 3代目、初の「のぞみ」運行のために作られた300系電車は、左右のヘッドライトの間に飾り帯がつき、横一文字入りで引き締まった顔つき。営業運転開始は1992年で、東海道新幹線からの引退は2012年だ。運行期間は20年。

 4代目の500系電車は、鋭角な先頭車とグレーを基調とした車体色。文字通り異色の存在だった。営業運行開始は1997年で、東海道新幹線からの引退は2010年だ。運行期間は13年で、歴代東海道新幹線車両の中でもっとも短い。シャープな外観は現在も人気が高いけれども、すぐに消えたな、という印象だ。

21年間も東海道新幹線を走った

 5代目700系電車だ。運行開始は1999年東海道新幹線からの引退は2020年だから21年間も東海道新幹線を走った。300系よりも長い間走ったことになる。

 6代目のN700系電車は、2007年に運行開始。現在も東海道新幹線で運行中。ただし、N700Aが登場した後、N700A相当の動力性能に改造された。全80編成の改造終了は2015年だから、N700系時代は2007年から2015年にかけての8年間といえる。

 N700Aを7代目とするか否かは意見が分かれる。外観はほとんど変わらないし、N700Aはそもそも形式名ではない。各車両の形式名は700系のまま、製造番号を1000番台として区別するに留まる。ただし、ブレーキの強化、定速走行装置、車体傾斜システム使用区間の拡大、普通車に吸音床を採用など変更点が多い。インパクトは大きいので、本稿では7代目と数える。

N700Sが第6世代、7代目などと表現が異なる理由

 東海道新幹線では、2020年7月から最新型のN700Sが運行を開始する。これは完全な新形式だ。その証拠に製造番号が1から始まる。これを8代目とするかは前述のN700Aを含めるか否かで変わる。

 じつは東海道新幹線車両の「世代観」については諸説あって、JR東海の世代観では500系を含めない。500系JR西日本山陽新幹線向けに作った車両、という認識だ。この考え方だと700系は第4世代、N700系は第5世代、N700Sは第6世代となる。500系を勘定するとN700Sは7代目。N700Aを勘定するとN700Sは8代目。N700Sニュースで第6世代、7代目などと表現が異なる理由でもある。

0系は「新0系」と交代していた

 本題に戻すと、東海道新幹線700系は21年間、0系は35年間走った。マツコさんの感想「700系の引退は早い、0系はもっと長く走った」は間違っていない。しかし、0系は長持ちだったわけではない。むしろ700系より耐用年数は短かった。

 0系の現役期間が長かった本当の理由は、「古くなった0系を、新たに作った同形式の0系と交代させたから」だ。1964年東海道新幹線開業時にデビューした0系電車は、1976年から順次引退し、1978年に全車が新しい0系と交代した。つまり0系の運用期間は最短で12年だった。

 0系電車は20年間使用すると想定していた。税制上で電車の減価償却期間は13年だ。しかし、丁寧に扱えばもっと長い間走行できる。30年、40年も使われる電車もあるくらいだ。電車の寿命は、修理コストや時代に見合う性能か否かで決まる。新幹線電車の20年は、前例なき高速運転で酷使されると想定したからだ。

 ところが、実際に走らせてみると、走行機器や車体の劣化が予想より早く進行し、12年目の全般検査を通さずに廃車することになった。全般検査はクルマでいうところの車検だ。想定より早い廃車で、新形式の開発は間に合わない。

当時の国鉄は赤字で開発予算もなかった

 新形式を開発しようにも、当時の国鉄は赤字で開発予算もなく、技術の大きな進展はなかった。また、東海道新幹線は12両編成で運行を開始し、増発用として毎年60~80両が追加され、1969年には16両編成にするため180両が作られるなど、製造年にばらつきが多かった。岡山延伸、博多延伸による新規製造もあり、長きにわたって製造された。ひかり用編成、こだま用編成でグリーン車の数が異なり、ビュッフェと食堂車の変更などで車両の組み替えも発生した。新形式に置き換えるより、同形式の0系の製造を継続したほうが好都合だった。

 ただし、0系とはいえ、全く同じ車両ではない。初代0系を置き換えるために1976年から作られた0系は、窓が小さくなり、ブレーキ、制御器などの走行系を変更し、座席指定表示を板から字幕にするなど大幅に改良され、製造番号を1000番台にするなど区別された。1981年から製造された0系はさらに改良され2000番台となっている。

 こうして、0系は1985年まで21年にわたって製造された。100系電車は1980年頃から開発を進めて、1985年に量産先行試作車が完成して営業運転が始まった。それでもまだ0系の製造が続けられていた。100系を「ひかり」に充当する一方で、「こだま」の旧0系の引退が進み、0系で補完する必要があった。

引退した700系新大阪駅で再会できる

 100系の誕生後、東海道新幹線は次世代車両の誕生と入れ替わりに旧世代車両が引退していく。路線の延伸もないため、計画的な次世代車両開発と新旧車両の入れ替えができるようになった。700系の運用期間は21年と書いたけれども、数年間にわたって製造されたから、編成単位の運用期間は13~15年だ。

 なお、東海道新幹線で引退しても、山陽新幹線では運行継続する形式が多い。300系だけが東海道・山陽新幹線同時引退となったけれども、0系、100系東海道新幹線で引退した後、山陽新幹線でしばらく走り、そこでもう一度引退セレモニーが行われた。すでに東海道新幹線を去った500系山陽新幹線で活躍中だ。少し前まではエヴァンゲリオン仕様、現在はハローキティ仕様になって話題となった。

 700系も同様で、山陽新幹線ではしばらく運行を継続するという。そして山陽新幹線では700系を使った「ひかりレールスター」という特別仕様車も健在だ。東海道新幹線から引退した700系も、当分の間は新大阪駅で再会できるだろう。

(杉山 淳一)

東海道新幹線から引退した700系 ©iStock.com