2016年、安倍内閣は『ニッポン一億総活躍プラン』を閣議決定しました。この閣議決定では「同一労働同一賃金の実現に向けて、我が国の雇用慣行には十分に留意しつつ、躊躇なく法改正の準備を進める」ことが明記されました。そして大企業を対象にした「同一労働同一賃金」の適用が、いよいよこの4月1日から開始されます。正規・非正規を問わず待遇格差の是正が期待されていますが、果たしてどうなるでしょうか。

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コロナの影響で春闘は不調に

 2020年の春闘は、労働側にとって厳しいものになりました。日本型雇用制度の見直しがテーマとなりベアに逆風が吹いたのです。さらに、新型コロナウイルスの感染拡大による景気悪化が避けられないため、経営側がベアとの決別を鮮明にすることが確実です。

 トヨタ自動車の豊田章男社長は「これからの競争の厳しさを考えれば、既に高い水準にある賃金を引き上げ続けるべきではない」として、労働側のベア要求に「ゼロ回答」しながらも、「トヨタで働く人たちの雇用は何としても守り抜く」と発言。賞与については要求に満額回答したのでした。

 もはや一律の賃上げではなく、成果に応じた処遇へと転換する時期に来ているのかもしれません。

 個別組合の関心も、単なる給与のベースアップから、同一労働同一賃金、60歳以上の雇用及び処遇改善、女性の活用などに移っているとされています。今後は、職務や能力に応じたジョブの報酬制度の整備が必要となるでしょう。

ジョブ型雇用」とは、仕事に人を割り当てる雇用の形。これに対し、「メンバーシップ型雇用」は人に仕事を割り当てる雇用のこと。日本の伝統的な雇用スタイルメンバーシップ雇用が主流とされる。

 では、労使ともに関心はベアから「同一労働同一賃金」に移るのでしょうか。

 そうスムーズにはいかないのでしょう。というのも、企業にとって報酬制度の改定は簡単ではないからです。

 現在、派遣労働者は3年を超えて同じ職場で働くことができません。3年過ぎれば、派遣先には直接雇用に切りかえる必要が生じます。パートタイムを含む有期雇用労働者も5年経過して労働者が申し入れれば、企業は無期雇用に切りかえなければいけません。

 直接雇用、無期雇用になれば、企業側にとっては解雇が難しくなります。現在は、業績をにらみながら総人件費を調整する際に非正規労働者の増減で対応している面が記号にはあります。それが出来なくなるのであれば、多くの企業では3年や5年で雇止めにしたり、部署を異動させたりするなどの対処にならざるを得ないと予想されます。

 ただ、この法律が制定されたのは、民主党政権時でした。民主党はもともと派遣労働の自由化に賛成していました。ところが世論の反発を見て方針を転換。2009年総選挙の際には、菅直人民主党代表代行(当時)が派遣法の見直しを、政権取りに向けた戦略の中心に位置づけました。マニフェストにも「常用雇用を拡大し、製造現場への派遣を原則禁止します」と明記し、狙い通り、政権交代を実現させました。

 しかし、民主党政権は、製造業派遣・登録型派遣を原則容認に変えてしまいました。現在、非正規の雇用危機が叫ばれていますが、元々は民主党政権の政策だったのです。

 正規に関しては、65歳までの雇用期間が設定されています。正社員は事業の中心となる仕事を任せられます。理由は、期間の定めがない社員だからです。

 一方、アドミ業務など、比較的引き継ぎが簡単そうな仕事は、数年で入れかわる非正規に任せる。それが現状です。

 これが、正社員と非正規の賃金格差の理由です。正社員と非正規は賃金支払い基準が異なります。正社員を除く、派遣、アルバイトなどは、職務(仕事内容)に対して賃金が支払われています。正社員は職務以外の部分に対価がついているので、「同一労働同一賃金」を実現するには、正社員の職務以外の部分(役職、年功、各種手当て等)を廃止する以外にはありません。

 さらに、正社員の解雇規制緩和、非正規の雇用期間の上限を撤廃しなければいけません。ここが改善されない限り、正社員と非正規の乖離は埋まることはありません。

同一賃金で起こりうること

 同一労働同一賃金を、コストの側面からも見てみましょう。

 国税庁の「平成29年分民間給与実態統計調査結果」によれば、正規、非正規の平均給与格差は319万円(年間)になっています。賃金格差是正を目的に、同一労働同一賃金の議論がはじまりましたが仕事の線引きは難しい問題です。

 同一労働同一賃金が実施されると、非正規の賃金が正社員並みにアップすることになるのでしょうか。しかし、それは現実的にはかなり難しい話になります。A社という、売上高20億円、経常利益6000万円の架空の会社を元に考えてみましょう。組織構成員は、正社員100名、非正規20名とします。

A社(正社員100名、非正規20名)
売上高20億円、経常利益6000万円
正社員460万円/1人(年額:4億6000万円)
非正規170万円/1人(年額:3400万円)
合計:4億9400万円

 このA社の非正規の報酬を正社員と同レベルに引き上げるとこうなります。

A社(正社員100名、非正規20名)
売上高20億円、経常利益200万円
正社員460万円/1人(年額4億6000万円)
非正規460万円/1人(年額9200万円)
合計5億5200万円

 非正規の賃金を正社員に合わせると、単純計算で約11%の総人件費のアップになります。A社の場合、経常利益が6000万円ありますが、非正規の賃金を正社員にあわせた時点で、経常利益は実質ゼロになります。これでは経営がひっ迫します。逆に、経常利益6000万円を維持しようと思えば、社員を13名減らさなくてはいけなくなります。

 これまで企業は従業員の数を増やしたいと思っても、正社員を採用する余力が無い場合は非正規を採用してきました。非正規の能力が正社員と同一であっても、正社員より賃金が安くてすむから採用するのです。賃金に差があることで採用しているものが差がなくなるなら採用するメリットは消失します。

 それが今後、非正規の賃金を正社員に合わせるようになれば、既存の労働力を減らさなくてはいけなくなります。人件費を削減しなければいけないからです。そうなると、一人あたりの抱える業務量が増えて過重労働に陥ります。過重労働を容認すれば、次々にブラック企業が増えていくでしょう。

 逆に、社員を減らさず、非正規の賃金を正社員と同レベルにしようとするなら、義業側は、全体の給与水準を引き下げることを考えるでしょう。それは正社員の人にとってありたい話ではありません。

 正社員の方は、4月以降、不当に報酬が減らされていないか、あるいは社員削減の煽りでを受け膨大な仕事を押し付けられていないか、注意する必要が出てくるでしょう。

非正規はどのように身を守るべきか

 一方、非正規の人は4月以降、どう臨むべきなのでしょうか。

 政治家公務員は休職になっても報酬は補償されます。しかし、会社員はそうはいきません。期末を前にリストラの嵐が吹き荒れることを筆者は心配しています。

 過去の判例では「非正規社員は正社員より先行して解雇される」ことが明示されています。正社員を整理解雇するためには、非正規従業員の解雇を先行させなければ解雇権の濫用にあたるとする判断が示されているのです。ですから、同一労働同一賃金で企業の総人件費が上昇するようなことになれば、人件費抑制のため、非正規の方の解雇に乗り出す企業が増える可能性があります。非正規の人は、まずはそこに十分注意することが必要です。

 また、気づかないうちに処遇が悪くなる可能性も増えてくることが予想されますから、ここでも改めて注意が必要です。仕事内容、採用時のやりとり、契約更新の回数、更新手続きが形骸化していないかなど確認する必要があるでしょう。また、上司との条件面でのやり取りがあればそれを残しておく必要があります。

 日本人は、仕事に関するお金や諸条件の話を「阿吽(あうん)の呼吸」ですすめる慣習があります。しかし、本来はあなたが会社との関係においてトラブルを起こさないように準備しなければなりません。「相手を信頼しているから阿吽の呼吸で」という理屈もこれまでなら通用したかもしれませんが、大切な契約の内容ですから書面や記録を残す習慣をつけておくべきです。書面がなければメールや音声でも構いません。

 コロナショックの影響度がこれ以上大きくなれば、非正規のみならず正社員も身分を失うかもしれません。不当な人事異動や処遇の変更なども増える可能性があります。正社員の方、非正規の方ともに、自身の現状の処遇・労働契約の内容を再確認し、不当な扱いを受けていることが分かったら、声を上げたり組合に相談したりする行動も必要になってくるでしょう。

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*写真はイメージです