(数多 久遠:小説家・軍事評論家

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 自衛隊新型コロナウイルス対策のため、チャーター機で帰国した邦人の支援、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」(以下「DP号」)に対する支援などを行ってきましたが、3月16日をもって活動は終結しました。

 この間、厚労省職員などの間で感染者が発生する中、延べ約4900名が活動した防衛省自衛隊では1人の感染者も出なかったことは、自衛隊の優秀さを示したものと言えるでしょう。

もしも船内で暴動が発生していたら

 しかし筆者は、かつて自衛官として災害派遣などに携わってきた者として、今回の活動にはある懸念を抱いていました。特にDP号における活動においては、その懸念が大きく、問題が発生しないことを祈りながら、日々のニュースチェックしていました。

 その懸念とは、自衛隊の活動根拠と権限に関してでした。

 たとえば、船内で暴動が発生した場合、自衛隊は、当然それを抑えることを期待されるでしょう。しかし、現在の自衛隊にはそのための十分な権限がないのです。

 もし暴動が発生し、暴徒が感染を広めるようなことになれば自衛隊が非難されますし、権限を越える行為、いわゆる超法規的活動を行って暴動を抑えれば、これまた非難されます。

 幸いにして、そのような事態には至りませんでしたが、新型コロナの世界的拡散は継続しており、再度、自衛隊の活動が求められる可能性は消えていません。今般の活動が無事に集結した今こそ、この問題を考えるべき時です。

 以下では、この問題について、防衛省に問い合わせた結果を含めて解説します。

自衛隊が実施した3つの活動

 本題に入る前に、今回の防衛省自衛隊の活動について整理しておきましょう。

 自衛隊の災害派遣は、1月31日に始まり3月16日をもって終結しています。参加部隊は、陸上自衛隊の陸上総隊、東北方面隊、東部方面隊、海上自衛隊自衛艦隊、横須賀地方隊、大湊地方隊および教育航空集団、航空自衛隊の航空総隊および航空自衛隊補給本部の各部隊等でした。

 自衛隊の今回の活動内容は、次の3つに大別されます。

(1)DP号での活動(2月6日から3月1日まで)

 延べ約2700名の隊員により、DP号乗客等に対する医療支援、生活物品等の搬入や仕分け、船内の消毒活動、輸送支援等を実施。

(2)一時宿泊施設での活動(1月31日から3月8日まで)

 延べ約2200名の隊員により、税務大学校(埼玉県和光市)等の一時宿泊施設において、チャーター便により帰国した邦人等やDP号の下船者に対して、物資の配布や問診票の回収等の生活支援や、医官等による回診や診療等の健康管理支援を実施。

(3)自衛隊病院等での活動

 自衛隊病院等において、PCR検査陽性者等を治療。

 なお、以上の3つの活動のため、自衛隊では2月13日に医師や看護師資格を有する者や通訳対応できる予備自衛官を招集しています。

「汚染された衣服」の扱いに長けていた自衛隊

 これらの活動において、自衛隊員は防護装備としてタイベックスーツ(デュポン社が開発した簡易防護服)を着用するなどしましたが、特別な装備は使用していなかったとのことです。それでも、自衛隊は1人の感染者を出すこともなく、円滑に活動することができました。

 その理由としては、活動に当たって衛生担当の隊員から再教育が行われていたことなどが挙げられます。また、多くの隊員がNBC防護装備の着脱要領について教育・訓練を受けていたことも大きかったと思われます。

 特に重要なのは、装備の”脱ぎ方”です。汚染された表面に触れないよう、つまり汚染を広げないように脱ぐためには、決められた順序要領を守らなければないのです。脱いだ後の汚染された衣服の扱いも重要です。こうした順序要領は、ウイルス汚染に限らず対NBC(核・生物・化学)兵器で共通しているので(装備によって多少異なりますが)、ガスマスクや防護衣の着脱要領について教育・訓練を受けた隊員は、ウイルス対処においても基本的な知識技能をあらかじめ持っていました。

 自衛隊は、今回の活動を振り返り、課題等があれば改善するとのことですが、今後、再び活動が求められる可能性もあるため、タイベックスーツなどを確保することが必要となるでしょう。また、新型コロナのように粘膜への付着さえ防げば十分に防護できるウイルスでしたら、NBC防護用に確保している防護衣やガスマスクで十分以上の効果があります。これらを繰り返し使用できるよう、オートクレーブ(低温高圧でウイルスを死滅させられる装置)を一般部隊にも装備させるとか、ガスマスクフィルター部分(吸収缶)に装着できる対ウイルス用の簡易フィルターを装備化することなども、必要かもしれません。

当初の活動根拠は「省庁間協力」だった

 さて、以上で今回の自衛隊の主な活動を3つ挙げましたが、実はこれが活動の全てではありませんでした。この点こそが、自衛隊の活動権限不足という問題に直結しています。

 1月中旬、中国での感染が拡大する中で、私は、自衛隊が活動を求められる可能性があるだろうと予想しました。そして同時に、どのような活動根拠で自衛隊を動かすことになるのだろうかと考えました。私は自衛官であった時、そうしたことを検討するポジションに配置されることが多かったため、自衛隊が権限が不足する状態のまま現場に出されることになるのではないかと懸念したのです。

 マスコミ報道ではこの点に全く言及がなく、DP号での大々的な活動が始まると、当たり前のように「災害派遣」として報じられていました。

 今回、活動の終結に伴い、その点について防衛省に問い合わせてみました。すると上記の情報から洩れていた活動が確認できました。

 それは、災害派遣ではなく「省庁間協力」という根拠で実施された活動でした。

 省庁間協力によって実施された活動は、武漢から帰国したチャーター便に搭乗していた邦人の検疫支援です。これは、自衛隊中央病院から派遣された看護官2名により実施されました。

 この省庁間協力は、1月29日に実施されています。この後は、1月31日に災害派遣命令が発令されたため、自衛隊の活動は「災害派遣」を根拠としています。

なぜ「災害派遣」に切り替えたのか

 省庁間協力は、国家行政組織法第2条に基づいて実施される活動です。国家行政組織法第2条にはこう記されています。

(国家行政組織法第2条)「国家行政組織は、内閣の統轄の下に、内閣府の組織とともに、任務およびこれを達成するため必要となる明確な範囲の所掌事務を有する行政機関の全体によつて、系統的に構成されなければならない。」

 この条文を根拠とし、他省庁からの依頼に基づいて実施するのが省庁間協力です。防衛省だけでなく、他省庁でも実施可能です。今回は、厚生労働省からの依頼に基いて、自衛隊が活動しました。

 今回、防衛省が実施した活動は、回診や診療等の医療・健康管理支援、生活物品等の搬入・仕分け、問診票の回収等の生活支援、船内の消毒活動、輸送支援などでした。本来は、厚労省が行うべき活動です。対象人員が少なく厚労省のリソースが足りていたなら、厚労省だけで実施したでしょう。

 ですから、今回の自衛隊の活動は、全てが省庁間協力という位置づけでも、根拠という点では問題ありませんでした。当初は、省庁間協力として実施した以上、そのまま全ての活動を省庁間協力として実施しても良かったのです。

 ですが、防衛省は、活動根拠を省庁間協力から災害派遣に切り替えました。

 その理由には、矢面に立たなければならない厚労省の負担を減らすといったこともあったかもしれません。ですが、活動する部隊・隊員の権限不足だった可能性が高いと私は考えています。

 自衛官でも、厚生労働省に出向すれば、立場は厚生労働省の職員に変わります。ですが、省庁間協力では身分まで変わりません。そのため、身分はあくまで自衛官であり、その際の権限は、自衛隊法など自衛官が普段から付与されている権限に留まります。災害派遣時に付与される権限は、当然持っていません。

 チャーター機で帰国した邦人の中には、厚労省が求めた検査を拒否して帰宅した人が2名ほどいました。新型インフルエンザ等対策特別措置法が改正されたことにより、政府の権限も強化される形になりましたが、この時点では改正前でした。それに、権限が強化されていても、省庁間協力では自衛隊員の権限は厚労省職員と変わりません。もしも暴動が起こった際に、それを押しとどめるような強制的な行動は全くもって不可能だったのです。

 一方、根拠を災害派遣に切り替えれば、活動する部隊・隊員には、災害派遣時の権限が付与され、十分とは言えないながら多少はマシになります。

災害派遣時の権限では対処できないこと

 災害派遣時の権限は自衛隊法第94条に定められています。94条によると、被災地に派遣された自衛隊員は、警察官がその場にいない時に限り、避難指示等の措置や私有地(船舶も含む)等への強制的な立ち入り(ただし、駅、飲食店など多数の人が集まる場所は除外)ができることになっています。

 ただし、この権限も、今回の災害派遣での実際の効力を考えると、決して十分なものとは言えません。

 そもそも避難等の措置を行使できる事態は、「天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等」となっているのですが、「天災」に感染症の発生が含まれるのかは微妙でしょう。

 また、もしもDP号で暴動等が発生していたとしたら、災害派遣時の権限であっても対処することができなかったはずです。

 自衛隊の活動根拠が省庁間協力のままだったら、「落ち着いて下さい」と注意する程度のことしかできませんでした。実際には災害派遣に切り替えられていたため、「ここから先は立ち入り禁止です!」等の強い指示はできたと思われます。チャーター機で帰国し検査拒否して自宅に戻った人がいたことを考えれば、この程度の応対は、実際に発生していたかもしれません。しかし、暴動にまで至っていたとしたら、この避難指示等の措置では、どう考えても不十分です。

 自衛隊法に規定されている災害派遣時の権限は、実は警察官職務執行法(以下、「警職法」)を準用したものです。上に挙げた避難指示等の措置は、警職法4条の準用です。ところが警職法5条に規定される「犯罪の予防及び制止」や7条で規定される「武器の使用」は、災害派遣時に準用されることにはなっていません。

 つまり、災害派遣で活動していたDP号内の自衛官は、たとえ暴動が起きても武器の使用はおろか、暴動の制止さえも、法令上はできなかったのです。

自衛隊は「暴動」に対して何ができたのか

 防衛省が、DP号等における暴動をどの程度まで警戒していたかははっきりとは分かりません。この点も問い合わせましたが、現時点ではノーコメントでした。

 では、仮に現行法制下で、DP号等において暴動の危険性が高かったとしたら、防衛省自衛隊には何ができたのでしょうか?

 法令に違反しないという観点だけなら、武器の携行は可能でした。これは、自衛官の一般的な権限として可能だからです。

 ですが、基本的に、自衛隊は災害派遣の際に武器を携行しません。“天災地変その他の災害に際して、人命又は財産の保護のため必要”な時に実施するのが災害派遣であり、武器は必要ないからです。

 暴動が起こる可能性があるのなら、治安出動を発令することは可能かもしれません。ただし、それは“一般の警察力をもつては、治安を維持することができないと認められる場合”に限られます。今回も、暴動が懸念されていたとすれば、目に付かない場所で機動隊が待機していたかもしれません。

 また、最悪の事態を想定して、治安出動の発令を予期し、DP号の近辺に武器を持った隊員を待機させることも不可能ではありませんでした。しかし、そうした噂は耳にしていませんし、ここまでの措置はとられていなかったと思います。

再び活動する日に向けて

 冒頭で述べたように、新型コロナウイルス感染症は世界で拡散の一途をたどっています。自衛隊の活動が、再び必要になる可能性は高いと言わざるを得ません。

 その活動が、武漢の“都市封鎖”のような活動ではないことを祈るばかりですが、そうした活動は警察だけで対応できるとは考えられません。必要になれば、自衛隊が駆り出されるでしょう。

 しかし、その活動根拠が省庁間協力では、権限が全く足りません。災害派遣であっても、はなはだ不足しています。災害の現場で暴動の発生が予期されるような場面では、警職法5条の「犯罪の予防及び制止」、7条の「武器の使用」が必要になるでしょう。

 現行法制のまま、そのような事態が発生してしまった場合には、かなり、というかほとんど真っ黒なグレーになりますが、私的な素案として、次のような方策は可能なのではないかと思います。

 根拠としては災害派遣で活動させながら、自衛官としての一般的な権限で武器を携行させます。そして、暴動が発生した際には、武器を携行した隊員を、暴動の正面に出します。警告射撃でも、武器の使用にあたるため、武器を携行していても、隊員は武器の所持を見せることしかできません。しかし、もし、暴徒が押し寄せてくるようならば、自衛隊法第95条の武器等防護という法令を根拠として、警告射撃等が可能になります。

(第95条)「自衛官は、自衛隊の武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備又は液体燃料(以下「武器等」という。)を職務上警護するに当たり、人又は武器等を防護するため必要であると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。」(一部抜粋)

 とはいえ、こんな真っ黒なグレー対応を、隊員にさせてはなりません。現実的に可能なのは、警棒や木銃(銃剣の扱いを習熟する際に使用する模擬銃剣)を持たせる程度でしょう。しかし、疫病に感染している暴徒は、腕を振るう以上に、彼らがばらまくウイルスが脅威です。タイベックスーツなどは簡単に破れてしまいます。もみ合いになっただけでも、対応した隊員には感染者が発生するはずです。

 災害派遣時の権限を拡大するため、早急な議論が必要だと思われます。

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