連日、大統領自身がブリーフィング

 新型コロナウイルス感染拡大を前に右往左往するドナルド・トランプ大統領

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 連日のようにホワイトハウス会見室で自ら感染状況をブリーフィングし、泥縄式としかいいようのない緊急対策を読み上げている。

 左右には米疾病対策センター(CDC)のアン・シュチャット首席局次長(医学博士)や米国立アレルギー感染症病研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長(医学博士)を従えて書いたメモを読む。

 せっかく新型コロナウイルス感染対策チームの最高責任者に選んだマイク・ペンス副大統領は最初から最後まで無言で横に立っているだけだ。

 ところが23日のブリーフィングにはファウチ博士の姿はなかった。

 当初から新型ウイルスを矮小化し、国家非常事態宣言を出した後もできるだけ早期に解除したいトランプ大統領にとって、慎重論を繰り返すファウチ博士は目障りになり、「排除した」という憶測がワシントンでは流れている。

 ホワイトハウス詰めベテラン記者は筆者にこう囁いた。

「トランプ氏は就任以来、記者会見室に姿を見せたのはほんの数回。報道官の定例記者会見すら頻繁にやらないように厳命した」

「それが今は連日のように姿をみせる」

「トランプ氏は中国・武漢市で新型ウイルスが発生した直後は高を括っていた。中国の習近平国家主席の対応を激賛し、感染拡大は終局に向かっているかのような発言を繰り返していた」

「ところが3月に入って慌て出した。新型ウイルス禍が米本土に上陸し、一気に蔓延し始めたからだ」

「自らを『戦時大統領』だと意気込んだ。ブリーフィングで自分自身が記者団の質問に答えている」

「すべては名誉を挽回して支持率上昇を狙った『トランプ・ショー』だ」

 それだけではない。3月26日に筆者に届いた新型ウイルス感染防止策を箇条書きにしたポストカードには「President Trump's Coronavirus Guidelines for America」(米国のためのトランプ大統領コロナウイルス・ガイドライン)と書かれている。

 その横に小さく「米疾病対策センター」(CDC)と該当の役所の名。すべてはトランプ氏の「再選対策」のような気がしてならない。

GDP10%の経済支援策で民主党に譲歩

 新型ウイルスの感染拡大でトランプ氏の“楽観論”はすっ飛び、全米各地では外出禁止令が出された。

 旅客の激減に見舞われた航空業界は悲鳴を上げた。中小企業は瀕死寸前の状態。失業者が溢れ始めている。

 当初総額1兆ドル規模の経済支援策を議会に提示したが、議会民主党は「大企業救済策だ」とこれを一蹴。

 結局、個人への現金給付(大人1人当たり約1200ドル)、大企業に対する支援条件の厳格化や議会による監視、雇用を維持するための中小企業向け支援、病院や失業者に対する支援拡充など民主党の主張を大幅に受け入れる形で総額2兆ドル規模の大型経済対策法案を可決・成立させた。

 2兆ドルという財政支出の規模は米国内総生産(GDP)の約10%。年間の政策経費予算、1兆4000億ドルを超える過去最大となった。

トランプ大統領:
イースターまでには自粛指針を撤回

 これで一息ついたのか、トランプ大統領3月24日ホワイトハウスローズガーデンに親トランプ系のフォックス・ニュース記者たち数人を招いて開いた単独会見の席上、こう言い放った。

「(新型ウイルス感染拡大を恐れて)工場の操業停止や店舗の休業が長引けば、失業者が増えて国が壊れる。GDPを左右する航空機大手ボーイングを倒産させるつもりはない」

「トランプ政権がとった経済活動再開への期待から株式市場は上昇している」

「(3月16日に国民向けに活動の自粛や他人と一定の距離を置く『ソーシャル・ディスタンス』(社会的距離)を求めた)『15日間の行動方針』をイースター(復活祭休日、4月10日から4日間)までにオープンしたい」

 オープンしたいとは指針の緩和、修正、あるいは廃止を意味する。

 米メディアは、この発言を「イースター・プロミス」(Easter Promise)と名づけた。プロミスはしばしば破られる、との皮肉を込めてのことだ。

 感染拡大沈静化のメドも立たない段階で経済活動を再開するというトランプ大統領の意向に異議を申し立てたのは、前述のファウチ所長だった。

 全米病院協会、全米医師会、全米看護師協会は「不要不急の外出禁止」の継続を要求する共同公開書簡を発表。

 新型ウイルス感染を第一線で阻止するのに不眠不休の医療活動を行っている医師、看護師、医療関係者たちは激しく反発した。

 さらに「冗談じゃない」と怒り出したのは、全米感染者の半数以上(3万811人、3月25日現在)が集中するニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事(民主党)。

 同知事は2兆ドルの経済対策についても「(感染拡大阻止こそ優先課題なのに)無責任で無謀だ」と批判している。

 ギャビン・ニューサム・カリフォルニア州知事(民主党)、ジェイ・インスレー・ワシントン州知事(民主党)、マイク・デワイン・オハイオ州知事(共和党)も「15日間の行動方針」の緩和・修正には異議を唱えている。

トランプ支持率は思惑通りに急上昇

 ところが一日も早くこの息苦しい状況から脱出したいと切望する米国民の反応は違っていた。

 最新のギャラップ世論調査によると、米国民の6割がトランプ大統領の新型ウイルス感染対応を支持しているのだ。

 民主党支持層でも27%が支持している。

 それに伴い政策全般にわたって3月上旬には支持率が35%だった無党派層では43%に上昇、民主党支持層でも7%から13%にアップしている。

 これをどう見るか。

 民主党系の世論調査専門家、アンナ・グリーンバーグ氏はこう分析している。

「国家が危機に直面すると、現職大統領に対する支持率は跳ね上がる。政権にある者しか、具体的な政策を決定することはできないからだ」

「さらに現職大統領は米国民が聞きたい見通しを言う。希望的観測を流す。それで支持率はまた上がる」

「今回はその典型だ。具体的な根拠もないままにイースター4月12日)までには新型感染禍は収まることを予想すれば、皆ありがたいと思う。そこで支持率は上がるというわけだ」

 だが新型ウイルス感染が4月中旬前に完全に収まるという保証は全くない。それ以降も今のような状況が続く可能性は大きい。

イースター・プロミス」は支持率上昇狙いの「ひらめき」発言だったことがバレるのか。事態は劇的に好転するのか――。

 こうしたトランプ大統領の衝動的な「ひらめき」は実は今に始まったことではない。

ベテラン記者が語る「トランプの実像」

 トランプ大統領の周辺はこれまでにも何度も大統領の「ひらめき」に振り回されてきた。

 3月31日に発売されるABCテレビのホワトハウス詰め記者、ジョナソン・カール氏の新著、「Front Row at the Trump Show」(トランプ芝居をかぶりつきで見る)。

 この中にトランプ氏の衝動的な「ひらめき」に振り回される側近たちの姿が臨場感をもって描かれている。

 著者のカール氏はホワイトハウス詰め記者の中でもベテラン中のベテラン。ホワイトハウス記者会会長を務めている。

 同氏はトランプ氏が大統領になるずっと以前から25年以上、取材対象にしてきた。トランプ氏の裏も表も熟知している。

 その本の中に興味深いエピソードが出てくる。

 2017年2月に行政管理予算局長に就任したミック・マルバニー*1(元下院議員、サウスカロライナ州選出)にまつわる話だ。

*1=2019年2月には大統領首席補佐官代行兼務となり、2020年3月には北アイルランド問題担当特別代表に指名されている。

「そのマルバニー氏が週末、ホワイトハウスの上級スタッフたちをメリーランド州にある大統領別荘キャンプデービッドに招いて労を癒したことがある」

「その時に推薦した本がある。2012年に出たタフト大学医学部教授のナセル・ギミ博士が書いた『A First-Rate Madness: Uncovering the Links Between Leadership and Mental Illness』2(一級の狂気:リーダーシップと精神病との関連を探る)だった」

*2=ギミ博士はイラン出身の精神医学の権威でタフト大学医学部の気分障害プログラム部長を務めている。同博士の著者は2012年発売と同時に大反響を呼んだ。

https://www.amazon.com/dp/B005IGF9KC

 ギミ博士はエイブラハム・リンカーン第16代、ジョン・F・ケネディ第35代各大統領ウィンストン・チャーチル英首相ら20世紀の「偉人」たちの精神状態を膨大な資料から分析した。

 これら偉大な指導者に共通する①気分障害的現実主義(Mood disorders realism)②感情移入能力(Empathy)③回復力(Resilience)④創造力(Creativity)が厳しい状況下で素晴らしいリーダーシップを発揮すると結論づけた。

 逆にネビル・チェンバレン英首相やジョージ・W・ブッシュ第43代大統領のような「真人間」(Sane man)が危機に直面した際にはリーダーシップを発揮できなかったか点についても言及している。

 マルバニー氏がなぜホワイトハウスで働くスタッフにギミ博士の本を読むように勧めたのか。カール氏はこう記述している。

大統領首席補佐官に就任したばかりのマルバニー氏は大統領精神疾患(Mentally ill)に罹っているということをスタッフに伝えようとしたのだろう。そしてそれは良いことだと言おうとしたのだろう」

「マルバニー氏は、『ギミ博士の論理から引き出せる結論として、君たちは大統領をコントロールしてはならない。君たちが狂気だと思ったことは実は大統領の非凡な才能なのだ』と言おうとしていたのだ」

金正恩氏あて「書簡」に政治的意味なし

 裏を返せば、マルバニー氏はトランプ大統領は側近やブレーンの助言など一切受けつけないことをスタッフたちに改めて強調したかったのだ。

 大統領の「ひらめき」は今回も北朝鮮金正恩朝鮮労働党委員長に送ったメッセージの一件でも分かるような気がする。

 米朝関係をフォローしている米シンクタンクの上級研究員C氏はこう指摘している。

トランプ大統領は昨年31日には記者団に『私と金正恩委員長とは良い関係にある』と述べ、1月には金正恩委員長に誕生祝いの書簡を送っている」

金正恩委員長との個人的信頼関係は堅持するというジェスチャーだ。この辺は大統領自身の『ひらめき』的行動だ」

「ところが2月4日の一般教書演説では北朝鮮には一切触れていない(2019年の一般教書では第2回米朝首脳会談開催予定を明言していた)」

「これはトランプ再選本部が米朝関係は秋の大統領選の再選にとって主要なアジェンダにはならないと判断したためだ」

ミサイル発射は軍内部の引き締め狙い

「今回の『ウイルス対策支援』のメッセージは北朝鮮が短距離弾頭ミサイル発射実験を行った直後に出された」

北朝鮮は2月初めから30日間軍事活動を停止していた。新型ウイルスの感染拡大が背景にある可能性が高い」

「米国防総省関係者は、今回のミサイル実験は対米向けというよりも北朝鮮指導部,特に軍内部の引き締めを図るのが狙いだと見ている」

「つまり新型ウイルスは北朝鮮軍部にも感染拡大していると見るべきだろう。軍内部に感染者が出る中で金正恩委員長自身が指揮を執って行うミサイル発射実験。何とも悲壮感が漂っている」

「そうした事情を知ったトランプ大統領新型コロナを巡って協力を申し出たわけだが、プライドの高い金正恩委員長がそれを受け入れるとは最初から考えていなかったはずだ」

「案の定、金正恩委員長の妹、金与正・党第1副部長は3月22日に談話を発表し、謝意を示したが、行間には『言葉より実行』を強く求めているのが分かる」

「『北朝鮮は米国が与えている残虐な環境の中で自らを守るために一生懸命働いている』とも述べている」

「つまり新型ウイルス感染拡大に必要な検査テスト機器やマスクよりも米国主導の経済制裁を緩和してくれ、という悲痛な声が聞こえてくる」

「だからと言ってトランプ大統領が今の段階で経済制裁緩和に踏み切るような決断はするはずもない」

 トランプ大統領書簡はあくまでも「ひらめき」から出たもので外交政策的にはあまり意味がないということになる。

 トランプ氏の上から目線金正恩委員長に対する外交辞令でしかない。

 それはともかくとして、「抑鬱病的現実主義者は厳しい状況下で素晴らしいリーダーシップを発揮する」というギミ博士のセオリー

 マルバニー氏が判断するようにトランプ大統領にも適用されるとすれば、トランプ氏の「狂気」は新型ウイルスの脅威から米国を、世界を救うウルトラCになるかもしれない。

 むろんニューヨークタイムズをはじめ米主要メディアはそんな話など歯牙にもかけないだろうが・・・。

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