もっとも純粋なノースコースト500
冬に旅するノースコースト500(NC500)はまさに冒険行だが、それも今回と比べれば大したことはないかも知れない。
気象警報に相応しい荒れた天候のなか、はるか北に位置するスコットランドのインヴァネスに辿り着いただけでも十分だろう。
今回の旅はポルシェ・ボクスターTとブレンダンの名を与えられた嵐との闘いになりそうだ。
ドライビングの楽しみに季節など関係なく、何故多くの魅力的なモデルが冬場にはガレージに仕舞い込まれるのだろうと思っていた。
思い出に残る旅の多くが悪天候に見舞われており、それがクルマとコースにとっての新たな挑戦となっていたのだ。
300psを発揮するベーシックな2.0L水平対向エンジンに6速マニュアルギアボックスを組み合わせ、オプションによってシャシーを締め上げたミニマルなボクスターTであれば、こうした禁欲的な旅にはまさにぴったりのモデルだと言える。
今回この旅を決意したもうひとつの理由が、もっとも純粋なノースコースト500(NC500)を体験してみたいという思いだった。
2015年にノースコースト500と呼ばれるようになったことで、ロスとサザランド、ケイスネスというスコットランドの歴史あるエリアを周回するこの全長512マイル(824km)の海岸線ルートは大変な人気となり、いまでは多くのクルマ好きが死ぬまでに一度はここでのドライビングを経験したいと思っている。
だが、夏場は多くのドライバーやライダーが殺到するため、ほとんどが狭い1車線のこのルートでは、地元のひとびとを苛立たせるほどの渋滞が頻繁に起こるようにもなっているのだ。
1月の警報が出ているような天気であれば、こうした渋滞に見舞われる心配もないだろう。
嵐の前の静けさ
インヴァネスを出発したのは早朝だった。
カメラマンのリュック・レーシーはすでにNC500を経験しており、2017年、リチャード・ウェバーとふたりでフィアット500に乗って3日間でこのルートを走破した彼は、この日数ですら非常に厳しいスケジュールだったと話している。
そして、今回われわれに与えられた時間はわずか1日半しかないのだから、間違いなくタフなチャレンジになるだろう。
天候はルーフを下ろしたまま出発できるほど穏やかで、外気温は5℃と表示されているものの、ボクスターのシートヒーターとウインドディフレクター、そしてよく効くヒーターの組み合わせのお陰で、キャビンは十分に暖かい。
さらに、荒々しいというよりも起伏が続くと表現したほうが相応しい穏やかな景色のなか、雨もなく微風だけを感じていると、ボクスターのタイヤを冬用に交換してはどうかというポルシェからの提案を受け入れたのは、大げさだったかも知れないと思ったほどだった。
だが、ミュアー・オブ・オードから天気は大きく変化している。
A835線で西へと向かうとすぐに交通量は激減し、5分以上他のクルマに出会わないこともしばしばだった。
さらに高度を上げると道路脇の木々が少なくなり始め、ハイランド地方を象徴するような景色が広がるが、進路を維持するにはしっかりとステアリングを握っておく必要があるほどの突風に見舞われている。
天候は急激に悪化
寒々としたスカベン湖の畔でボクスターを停車させると改めて風の強さを思い知らされた。
カメラ機材を持って見晴らしの良い地点まで行こうとするレーシーは真っ直ぐ立つのにも苦労しているほどだ。
撮影のため前進と後退を繰り返すと、時速80km/hの追い風を受けつつ、同じ速度で走行するボクスターのルーフを閉じたキャビンは完ぺきな静けさを保っている。
まさに台風の目のいるようなものだが、逆であれば時速160km/hの逆風にさらされていることになるのだ。
最近ポルシェが4.0Lエンジンを搭載した718 GTSの登場を発表したことによって、改めてこのフラット4が失敗作だったこと明白になったかも知れないが、それでもこのエンジンには依然として多くのファンがいる。
まさにターボらしいそのパワーデリバリーによって、実際よりも活発で速いエンジンであるかのように感じられるのだ。
さらに、中回転域でも余裕を感じさせるこのエンジンはNC500のようなルートにはピッタリであり、6速で巡航していてもドライバーの求めに応じて見事なレスポンスを返してくる。
ストラスカーロンを過ぎて所々に待避所を備えた狭い1車線道路となっても、まだそれなりのペースを維持することは可能だったが、そんな状態も長くは続かなかった。
天候は急激に悪化し、ワイパーを最高速で動かしても視界がかすむ程の激しい雨とともに、午前11時前だと言うのに空はすでに夕方のような暗さだ。
「冬季通行不可」
トーナプレスからはA896号線を離れ、幹線道路というよりもまるで高速道路のような道を進むと、「冬季通行不可」と書かれた標識の前を通過している。
その標識の意味を思い知らせるかのように対向車線から除雪車が姿を現したが、運転手はわれわれの乗る明るいイエローのボクスターの登場に驚いたようだった。
ここは「牛の通り道」と呼ばれる、アップルクロス半島の山々を横断して海岸線へと抜けるルートであり、19世紀に開通した英国でもっとも急峻な道路として、623mの最高到達点まで峠道らしいヘアピンカーブが続いている。
普段であればカメラマンが何日でも過ごしたいと思う様な場所だが、ボクスターが高度を上げるにつれ、まるでわれわれを迎え撃つかのように激しい雨雲が覆いかぶさり、粘り気を感じさせる灰色の雲の中の視界は100mにも満たない。
頂上へと辿り着く頃には両側を高い雪の壁に囲まれ、冬用のコンチネンタル・ウインター・コンタクトでさえグリップを確保するのに苦労する状態で、スタビリティー・コントロールの作動を示す警告灯が頻繁に点灯を繰り返している。
長い下り坂では特に注意しながら慎重にボクスターを前へと進めたが、日没まであと4時間半しかないことに気付いたわれわれには、アップルクロスでのランチを諦めるしかなかった。
それでも、今日ここにいるもっとも勇気ある存在はわれわれのボクスターではなかった。
ドライバーが誰かは分からなかったが、ホテルの外で延長コードを繋いで充電を行っていたテスラ・モデル3のオーナーには最大限の敬意を払いたい。
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