(PanAsiaNews:大塚 智彦)

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 日本の首都東京では、小池百合子都知事に対し、東京の「都市封鎖」でコロナウイルスの感染拡大に断固たる措置を講じるべきとの声が出る一方で、都民生活への深刻な影響や実効性への疑問などから「東京封鎖の是非論」が沸騰している。

 世界第4位の人口(約2億6000万人)を擁する東南アジアの大国インドネシアでも同じようなことが起きている。中央政府と首都ジャカルタの州政府が「都市封鎖」はあくまで最後の手段として発布に躊躇するなか、事態を深刻にとらえる地方都市ではすでに独自に封鎖や準封鎖を実施するなど「地方の反乱」が起きているのだ。

後手後手の政府を見て、地方が独自に拡大防止策

 新型コロナウイルスの感染が急激に拡大しているインドネシアでは、ジョコ・ウィドド大統領による「都市の封鎖や独自の検疫体制などを地方自治体が勝手に実施することはできない」との基本姿勢に反して、独自に都市や地方に事実上の封鎖宣言を行ったり、検疫体制を強化したりするなどの動きが急速に広がっている。

 手ぬるく、後手に回っている政府の対策を見て、事態の深刻さを認識した地方が独自に住民への感染拡大の防止に乗り出しているのだ。

 こうした中央政府と地方自治体とのコロナウイルス感染拡大防止に対する温度差が顕著になっているにもかかわらず、国会は「大統領の指示を遵守していない」と地方を厳しく批判するだけで、なんら有効な手段を講じようとしていない。

 最近になってようやく、政府の中から「地方を批判するだけでは問題解決に結びつかない」として、都市封鎖に関するルールなど、一定の指針を至急作成し、今後はそれに準拠することを求めるような方向転換の兆しも生まれてきた。まさに地方が中央を動かす形となっている。

 インドネシアでは28日現在、感染者が1155人となり、死者も102人に増加した。死亡率東南アジア地域で最も高い8.8%となっている。

 このうち最も感染者が627人と集中している約1000万都市である首都ジャカルタは、「首都封鎖」の必要性が叫ばれながらも、これまでのところ基本的には強制力を伴わない「お願いベース」の緊急対応の発布に留まっている。

ジャカルタの目抜き通りにいつもの大渋滞はないものの・・・

 ジャカルタ中心部を走るタムリン通りとスディルマン通りは、ともに片側3~4車線にバス専用レーンがある大通りなのだが、現在は、いつもより運行本数が少なくなったバス以外に走行する一般車両は極端に少なく、「東南アジア最悪」といわれた交通渋滞も劇的に解消されている。

 この状況をもって地元メディア「テンポ」などは、「市民のコロナウイルス対策への関心の高さを示す例といえる」(27日電子版)と前向きにとらえる報道をしている。

 こうした状況がジャカルタ州のアニス・バスウェダン州知事に「都市封鎖」という最終手段に踏み切ることを躊躇させ、「自宅勤務奨励」「外出自粛」「集会イベント中止」「公共施設・娯楽施設の閉鎖」などという強制力を伴わない「お願いベース」の「緊急対応」に留まらせているともいえる。

 しかし28日現在、営業時間は短縮されているとはいえ、いまだ多くの商店、ショッピングモールは営業しており、レストランや食事処も客が激減していても店を開けているのが実態だ。

 さらに低所得層が暮らす「カンプン」と称される地域では、生活がかかっている屋台や物売り、商店がいつも通りに開かれており、これまでと変わらぬ様子で食事や買い物をする周辺住民で賑わいをみせている。

地方が独自に封鎖を宣言

 新型コロナウイルスの感染は、インドネシア全34州のうちすでに27州で確認されている。こうした国家的危機状況の中でもジョコ・ウィドド大統領は、「現段階では都市封鎖という手段は選択肢として考えていない」とし、「地方自治体は中央政府の方針に従ってほしい」と求めている。

 大統領都市封鎖に消極的な理由は「社会生活や経済活動に与える影響が深刻なため」という。

 しかし地方自治体の中には住民への感染拡大防止に政府の現在までの対応は手ぬるいとして独自に検疫体制強化による「準都市封鎖」や実質的な「都市封鎖」に踏み切るところが出てきた。

 インドネシア東端のニューギニア島西半分を占めるパプア州、西パプア州からなるパプア地方は、陸路では他地域からの出入りができないという地理的条件があるため、空路・海路での出入りを全面的に禁止して、実質的な「地方封鎖」をすでに実施している。

 同じような島嶼部であるマルク州も同様の措置に踏み切った。さらに中部ジャワ州のスラカルタ市長は、全市に独自の検疫体制強化として「準都市封鎖」を3月13日から実施、他の地域からの住民の流入を警戒している。

 さらに中部ジャワ州のトゥガル市は、市民の出入りを厳しく制限する「都市封鎖」にまで踏み切っている。

 首都ジャカルタに隣接する西ジャワ州では、大規模なコロナウイルス検査を約2万人の住民を対象に実施。リドワン・カミル知事は27日、「この検査結果に基づいて“感染者分布地図”を作成し、次の段階の対策を講じたい。次というのは地区を限定した封鎖ということになる」と明らかにした。

 同日までに西ジャワ州では98人の感染と14人の死亡が伝えられているほか、州内のボゴール市長、バンドン副市長、カラワン県知事など公職にある地方自治体幹部の感染も相次いでおり、中央政府の指示を待っていては手遅れになるとの考えが州知事としての独自の対応を急がざるを得ない状況の背景になっている。

都市封鎖に関する規則作成急ぐ政府

 こうした地方自治体による“反乱”が続く状態に、マフド調整相(政治法務治安担当)は27日、記者団に対し「地域別の検疫体制や都市封鎖に関する手続きを明文化する規正法の素案作りに取り組みたい」との意向を示した。

 マフド調整相によると、感染拡大の急速なスペースに効率的な対応が求められる状況となっていることをみて、「ロックダウンと称する封鎖を実施するのに必要な要件、範囲、手続き、期間、人の動きをどう制限するのか、などに関して中央政府が迅速に検討し、速やかにそれを地方自治体に示すことが必要」との見解を明らかにした。

 具体的な検討内容には言及しなかったものの同調整相は「都市封鎖を実行してもオープンアクセスは確保して、必要な医療関係物資や生活必需品の供給、マーケットや食料品店、薬局などは閉鎖することがないよう政府の強い指導で実施することが求められる」としている。

 こうした動きは2018年の厚生検疫法第10条の「疫病の蔓延など公衆衛生上の緊急事態に際して政府が取りうる地方に対する規制の布告」に基づくものであると同調整相はしている。

 こうした「独自の動き」をみせる地方自治体への国会の反発やジョコ・ウィドド大統領ジャカルタ州知事の頑なな姿勢に対し、マフド調整相が示した柔軟な姿勢は「中央政府によるコントロールが必要」との立場ではありながら、都市封鎖などの法的根拠や権限などを明確にしようという動きであり、膠着したインドネシアの感染防止対策に風穴を開けるものとして期待されている。

 実際に感染者の治療や感染検査にあたる医療現場の関係者からは現在大統領ジャカルタ州知事による「外出自粛」「自宅勤務」「他人との安全間隔の保持」などの対策ではもはや不十分であり「さらに思い切った対策、つまり強制力をもった都市封鎖などが必要な段階になっている」との声が高まっている。そうした批判や指摘もマフド調整相の発言の背景にあると思われる。

 感染者や死者が急増している欧州では都市封鎖や国家そのものを封鎖する事例が増えている。東南アジアでは、フィリピンがすでにマニラ首都圏などで夜間外出禁止令も加わった実質的な都市封鎖が実施されている。

 インドネシアでも、「社会生活や経済活動への深刻な影響」を心配するより、なにより重要な国民の命を守るためにも一刻も早いジョコ・ウィドド大統領の英断が待たれている。

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